第9話 予期せぬ真実
「ヴィンセント様・・・」
ローズの思い詰めたような視線に不安になる。
一瞬ふわっと薔薇の香りを感じた次の瞬間。
「凄いですわ〜!!」
抱きつかれた。
「大袈裟だって」
「大袈裟なものですか! あなたはとんでもないことをしたのですよ! 自覚を持ってくださいまし!」
あの時と同じ。
マナの流れが早くなるのを感じ、脳裏にイメージがフラッシュバックした。
いけると思った。
「エレメントのあなたが
「さっきの? ああ、光る剣ね。ローズのマナの流れを見て同じような動きに変えてみた。頭の中に浮かんだイメージをそのまま具現化したというか」
「それだけではありません!」
目力がすごい。
すごくテンション上がっていらっしゃる。
「あなたが使った魔法は
「あ、ありがとう。まぁ支援魔法の後、剣を作り出すのに少し手間取った感があるのは否めないが・・・」
助けを求めフランに目配せする。
「どうよ見た?! カッコいいでしょ私のヴィンセントは!」
こっちも興奮していた。
というかいつから俺はフランのものになったんだ。
「大賢者ガブリエル・・・ なるほど。フランチェスカさんの言うことも一理あるかもしれませんわね」
「い、いやそれはないって。買い被りすぎだ」
「あなた様はあまり気にしていないようですけれど、これは魔導士にとっては相当イレギュラーな事なのです。この目で見たからこそ信じられますが、噂話なら確実に笑い飛ばしていたでしょう」
まあ・・・ 確かに。
魔法の型というのは生まれながらに決まっているんだ。
自分の型以外の魔法を使うことは相当難しいことは十分理解している。
というよりほぼ不可能だ。
でも正直、当事者としてはよく分からないっていうのが本音なんだよな。
発動に時間が掛かったり、ものすごく負荷がかかるならいざ知らず、こんな風にわりと簡単に使えてしまってはどうしても実感が湧きにくい。
「アルバートはどう見ます?」
「ヴィンセント様が使った支援魔法・アクアヴェイルは、水属性を得意とする魔導士にしか使えない高難易度の魔法。それを詠唱も無しに発動するなんて普通は無理です。僕が使ったプロテクションも相当魔力を使いますが、アクアヴェイルはその数倍上。それでいて息一つ切らしていないというのは本当に信じがたい」
フランが得意気な顔で俺の横に立った。
「彼、炎魔法も凄いんだよ! さすがガブリエル様の子孫Gランク魔導士でしょ? ねっ♪」
よく他人事でそんなに誇れるもんだ。
でも、不思議と嫌な気にはならない。
「何ですかそのGランク魔導士とは」
「ヴィンセントの階級だよ。あり得ない魔法ばかり使うから伝説級のG」
「なるほど! それは納得ですわ!!」
納得するんだ。
「たとえヴィンセント様が何者であろうとわたくしたちの愛には全く関係ありませんけど」
背中にべっとりとまとわりつくような悪寒が走る。
「へぇ? いつから愛し合っているのか詳しく聞かせてもらえるかしら? てか、いい加減離れなさいよ女狐」
フランの目つきが尋常じゃなく怖い。
「そんなの最初からに決まっています。そう。ヴィンセント様に美しいと言われたあの日から・・・」
「昨日の話じゃない! なに盛ってんのよ! 恋人が出会った頃を振り返ってお互い手を取り合って愛を再確認する時みたいに言うな!」
例えが具体的だ。
「あら。愛に年月は関係なくてよ。悔しいならわたくしのように彼を振り向かせて見なさいな」
「ぐ・・・ この女っ!!」
「うふふ。あなたのようなお子様には到底無理でしょうけれどっ♪」
「なんですってぇ?!」
一応、ローズに振り向いているわけではないということを付け加えておこう。
「ほら、早いとこ飛煌石を採集してシルフィードへ戻るぞ」
「わ、分かってるわよ」
こいつ絶対忘れてたな。
一悶着あったが俺たちは無事に採掘を終えゲイル山脈を後にしたーーー。
シルフィード城は緑を基調とした煉瓦造りで、節々に見られる風を思わせる滑らかな装飾が城の雰囲気をより一層豪華にしている。
基本的に屋根が吹き抜けた構造をしていて城内の風通しが非常に良く、こうして歩いているだけでも頬を撫でるそよ風が気持ちいい。
「何だかリフレッシュされるな」
「本当。心が洗われていくみたい」
フランと揃って息を吸い込む。
「アルバートは一緒に来なくて良かったのか?」
「彼にはわたくしの代わりにギルドへ報告に行ってもらっています。ああ見えて『金色の薔薇』の副リーダーですから」
「ああ見えてって。十分立派に見えたけどな」
「アルバートはわたくしにとって子供の頃からよく知る弟のようなものですから、そのせいかもしれませんわね」
目の前に立派な装飾の白く大きな扉が目に入る。
「ここが王の間ですわ。中でノーランド王がお待ちです」
ローズはゆっくりと扉を開ける。
「ローズ・レイノルズ。ただいま戻りました」
「おお! おかえりローズ! その顔、無事にクエストを達成してくれたみたいだな」
玉座に堂々と腰掛ける男性がこちらに向かいひらひらと手を振る。
その周りをエレメントが元気いっぱいに走り回っている。
反射的にフードを深く被り顔を隠す。
「『金色の薔薇』にこなせないクエストなどありませんわ。もっとも、今回に限っては彼らの助力がなければ難しかったと思いますが」
「ほう。ローズが他人をそのように言うのは珍しいな。名乗るがよい」
ノーランド王は必死に目を逸らす俺の顔を覗き込んでくる。
「お〜! 誰かと思えばヴィンセント王子じゃないか! 久しぶりだなぁ! 公務でサラマンドへ訪れた時以来か?」
「ちょ、声が大きいですってノーランド王!」
「はっはっはっ! 照れるなって! 何を隠す必要がある?」
背中を叩く力に加減がない。
痛い。
「まぁ! ヴィンセント様はサラマンドの王子様だったのですか?! 道理で魅力的なはずですわ!」
「そうだぞ〜。ヴィンセント王子は小さな頃から周りに気を配れる出来た子だった。少し達観し過ぎていた節もあったが、それはそれで可愛かったんだ。それにしてもあんなに小さかった王子が立派に成長したもんだなぁ」
子供の頃の話をベラベラ話さないでくれ! 恥ずかしい!
ふとフランの方を見る。
彼女は大きく目を見開き、ただ立ち尽くしていた。
「ど、どうしたんだ・・・?」
「あなた・・・ サラマンドの王子だったの・・・?」
なぜか鼓動が早くなる。
「あ、ああ。隠していて悪かった。事情があって話したくなかった。いずれ話すつもりではいたんだ」
「つまり、あなたはヴェルブレイズの・・・」
「お、おい? 急にどうしたんだよ」
フランの視線が胸に突き刺さる。
今までとは違う失望したような表情。
軽蔑するかのような視線に心臓を鷲掴みにされたように胸が痛む。
「・・・・・・最低」
そう呟きフランは何も言わずに背を向けた。
「・・・あなたとこれ以上一緒に居たくない」
「お、おい。せめて理由くらい・・・」
「一人にして」
俺の手を振り解き、フランは走って行ってしまった。
「王の御前で何なのですか。あの態度は」
ローズは呆れたように息を吐いた。
「むぅ。何か怒らせるような事を言ったかな」
「い、いえ。ノーランド王が気にされることでは・・・」
空気が重い。
いきなりどうしたんだよフランのやつ。
「それにしてもヴィンセント王子がわざわざ単独で訪れるなんて珍しいな。何か用事か?」
「実はですね・・・」
ノーランド国王に全てを話した。
魔導士として覚醒しなかった事。
それが理由でサラマンドから追放された事。
「なるほどな。サラマンドの儀式については知っていたが、まさかそんな事になっていたとは。それは苦労したな」
「全部、俺に才能がなかった事が原因ですから・・・」
「他国の事情に口出しするつもりはないが、俺個人としては魔法が使えるかどうかだけで人の価値は決まらないと思うがな。俺にも、ローズにも、こいつらエレメントにも、それぞれの役割がある。もちろんヴィンセント王子にもな。世界はそういった己の役割を果たしながら互いに支え合っているんだ。卑下されていい命などない」
「ノーランド王・・・」
ノーランド王の心遣いが胸に沁みる。
みんながノーランド王みたいな人なら平和なのに。
「一応聞いておく。戻る気はあるのか?」
「父上は俺ではなくヴィゴーを選びました。そのヴィゴーに殺されそうにもなりました。そんな場所に戻る気なんてありません。戻ったところで死刑は免れない。ですので身を寄せる場所はシルフィードしかないと思い、覚悟を決めこうして訪問した次第です」
フードを取り服を整えお辞儀する。
「わたくしからもお願いしますわ。今回のクエストはヴィンセント様がいなければとても達成できませんでした。その功績を考慮して頂ければと思います」
ローズも一緒になって頭を下げてくれた。
ノーランド王個人としての思いと国王としての思いはまた別だ。
やっぱり、全てを失い身分の証明が出来ない俺が簡単に滞在できるわけないよな。
むしろ俺を匿ったことがサラマンドに知れればシルフィードとの関係も悪化する事態になりかねない。
そんな迷惑は掛けられない。
他をあたろう。
「うむ。事情はよく分かった。滞在を許可しよう」
そうだよな。
そんな都合のいい話が・・・
「 え・・・?」
「移民として受け入れる。王子の気の済むまでシルフィードで過ごすといい」
「よ、良いのですか?!」
「当たり前だろう。息子のように可愛がっていた王子からと、他でもないローズからの頼みだ。それに、クエストを達成できたのはお前たちの協力があってこそのものだったのだ。滞っていたこの国の経済の生命線である飛行石の採掘が再開できるんだ。この功績は大きい。国の恩人の頼みを断る理由などあるものか」
一気に肩の力が抜ける。
ふぅ。こんなに緊張したのはいつ以来だろう。
ローズもまた、自分の事のように嬉しそうに微笑んでくれた。
「ここ最近世界的に魔物討伐に関するクエストが増加傾向にあるのを知っているか?」
「いえ・・・」
「ここ数年、世界中で魔物の数が増えているのだ。我が国も例外ではない。調査にギルドや兵を派遣しているんだが、今のところ有力な情報はない。そういうわけで人手が足りず困っていたんだ。代わりと言っちゃなんだが、俺の補佐をしてくれると助かる」
国王の表情から真剣さが伝わってくる。
思いの外深刻な状況なのかも知れない。
「お、お役に立てるか分かりませんが俺にできることがあるなら」
「S級クエストをこなすその実力、当てにさせてもらおう」
ノーランドのお茶目なウインクに思わず苦笑いで返した。
「良かったですわね。ヴィンセント様」
「ローズのおかげだよ。本当にありがとう」
「わたくしは取り繋いだだけですわ」
良かった。これでしばらく落ち着ける。
ローズには頭が上がらないな。
「可愛らしいとんがり帽子の子にも後で伝えてあげてくれ」
「は、はい。ありがとうございます」
その言葉に再び心が重くなる。
「では、わたくしたちも参りましょうか」
「そうだな・・・」
拭えない不安を抱いたまま俺たちは王の間を後にした。
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