第8話 四つの型


すごく洗練された剣筋だ。


サラマンドでもここまでキレのある剣術を持つ兵は多くない。


「うふふ。惚れ直しましたか?」

「い、いやそういうわけでは・・・ 痛った?! 」


思い切り頭を叩かれた。


「フン。ただの攻撃特化型バトルメイジじゃない。珍しくも何ともないよ」


それはいいけど何も本気で叩かなくてもいいだろ・・・


攻撃特化型バトルメイジ


文字通り攻撃魔法に特化したタイプで、自身の持つ魔導書を様々な形の武具に変換して戦うという、魔導士としては少し変わった性質を持つ。


「どうです? そこのメイジさんより魅力的でしょう?」


ローズの手が頬に触れる。


言葉にできない包容力。


あんしんする・・・


「人のことメイジ呼ばわりすんな」


フランの手刀がローズの手を叩き落とした。


「魔法には大きく分けて四つの型があります。広範型メイジ攻撃特化型バトルメイジ支援特化型エンチャンター。そして召喚型サモナー。中でも召喚型サモナーはその希少性から希少型とも呼ばれていますわ」


確かに召喚型サモナーの割合は四つの型で一番人口割合が少ないレアタイプだ。


サラマンドで有名な召喚型サモナーといえば『神焔の駒インフェルノ』のゼノンくらいしか知らない。


「わたくしのような攻撃特化型バトルメイジ最大の特徴は、己の魔導書を直接武器に変換する事にあります。術者によって形状は様々で、これにより魔法の威力を何倍にも引き上げています。その特性から、他の魔導士よりも武術や体術といった物理的な技術が秀でている魔導士が多い傾向にあるのも特徴の一つですわ」

「ここにいるメンバーで言うと、フランチェスカさんは広範型メイジ。アルバートは支援特化型エンチャンターに分類されます」


すでに知っている知識ではあるけど、せっかく説明してくれているのに腰を折るのも申し訳ない。


一生懸命教えてくれてる感じがちょっと可愛いし。


それはともかく、使用者の実体験に基づく話は勉強になる。


「ふふん! じゃあこれは知っているかしら?」


フランは得意気にふんぞり返る。


「聞いて驚け! 四つの型にはそれぞれ限界を超えた魔導士だけが到達できる『聖化しょうか』と呼ばれる現象が起こることがあるのよ!」


凍りついた空気に気付かぬまま彼女は続ける。


「『聖化しょうか』は階級の理を軽々と超えるようね。たとえB級魔導士だったとしても、聖化しょうかしたらSランク魔導士とも渡り合えるくらい魔法の質が向上するらしいわ。おまけに階級が一つ上がるという特典付き。ま、そんな人見たことないからどうせ低階級の魔導士が流した都市伝説でしょうけど」


一生懸命熱を込めて語ってくれたのに済まないフラン。


そのことは五歳ですでに学び終えている。


「何を言い出すかと思えば。そんなの常識ですわよメイジさん」

「え?! そうなの?!」


助けを求めるような目で見つめられてもなぁ・・・


「悪い。ローズの言う通りだと思う」

「そんなぁ?!」


フランは膝から崩れ落ちた。


聖化しょうか』は一種の突然変異みたいなもので、階級を一つ上げるその特性と滅多に起こらない珍しさから魔導士たちの間で憧れの的となっている。


俺もそんな裏技が欲しいもんだ。


まったく。この世界はなんて理不尽なんだ。


「わたくしは一人知っていますわよ。『聖化しょうか』した人物を。それも階級を三つも駆け上がった超天才」

「はぁ?! 三つも?! あり得ない!!」


あれ?


どこかでそんな噂を聞いたことあったような・・・


「落ち着きなさいな。とんがりメイジさんには逆立ちしても縁のない話でしてよ♪」

「誰がとんがりメイジだっ! ふん。どっちだっていいわよ。誰が相手でも私は負けないもん」

「うふふ。負け犬の遠吠えは見苦しいですわね」

「うっさい!」


フランさん。


足がガチガチに震えてますよ?


「話が逸れました。説明した通り、魔導士として覚醒した者は四つの型に振り分けられるのですが、自分の型を超えた範疇の魔法を習得する事は極めて難しく、適性と噛み合わない魔法を習得しても本来の力を100%引き出す事はできません。体感的にせいぜい20%くらいでしょうか。その上得意とする属性も細かく分かれます」

「ですので、魔導士は自分の最も得意とする型・属性の鍛錬をするのが一般的かつセオリーですの」


ローズは良く知っているな。


例えば、フランが炎系の魔法ばかり使っているというのはこれで説明できる。


得意とする属性の魔法だからというのもあるけど、彼女の場合はただ単純なだけという可能性もある。


直情的で分かりやすいし。


「あなた、今ものすごく失礼な事考えてたでしょ」

「そんな事ないぞ」


しかし、だ。


まぐれで魔法が使えた俺が言えた立場じゃないけど、そんなに難しいとは思えないんだよなぁ。


「グオオオオオ!!」


ゼファリオンの激しい咆哮が空気を揺るがす。


どうやら山脈のヌシはご立腹のようだ。


のけ者にされたのがそんなに寂しかったのか?


次第にゼファリオンの体がオーラに包まれていき、やがて燃え盛る緑の炎を纏った。


そして巨大な翼を羽ばたかせると同時に一直線にこちらへ向かい突撃を仕掛ける。


「皆さん下がってください! 風舞かざまい!!」


一本の細い斬撃がゼファリオンめがけて飛んでいく。


しかし、斬撃はゼファリオンに触れた瞬間に弾かれ霧散した。


「何ですって?!」


『燃え盛る地獄の業火よ 断罪の矢となりて かの者を貫き灰燼に帰せ』


『フレイム・アロー!!』


フランの掌から激しく燃え盛る無数の炎の矢が飛んでいく。


しかし、ローズ同様炎の矢は弾き飛ばされ、こちらの攻撃をものともせずゼファリオンの勢いはさらに加速する。


「うそっ?!」


ゼファリオンの太い爪が振り下ろされる。


「危ない!!」


フラン達をまとめて抱え飛び退くと同時に空気を裂く生暖かい風に押された。


後方を振り返ると、僅か数十センチ後ろの地面が岩肌ごとごっそり削り取られた。


ゼリーをスプーンで掬ったような綺麗な断面。


「ありがとう」

「申し訳ございません。油断しましたわ」

「ふぅ。ケガはなさそうだな」


こんなところで全員仲良くミンチになるのはごめんだ。


「だいたい、格好つけてたわりに魔法の威力が弱いんだよ。攻撃特化型バトルメイジが聞いて呆れるわ」

「よく言いますわ。あなたの魔法もさして変わらないでしょうに」

「仕方ないじゃん! 想像以上にその・・・ 固かったんだからっ!」

「今更何を恥ずかしがっていますの? まあ、固いというのは同意ですけれど」


この期に及んで懲りない二人だなぁ。


それはさておき、みんなの魔法を間近で見れたおかげで魔法のイメージがだいぶ固まった。


幸いこいつは無駄に頑丈そうだし、いい実験ができそうだ。


少し試してみるか。


「ゴアアアア!!」


ゼファリオンの口から緑色の激しい炎が吐かれる。


「くっ! みんな下がってください! ここは僕が!」

「アルバート。ここは俺に任せてくれないか?」

「ヴィンセント様?! 危険です!!」


目を閉じ、深く大きく深呼吸する。


やっぱり。


保護地区の森の時と同じだ。はっきりと情景が浮かぶ。


荒々しい激流ではなく。


そう。


例えるなら下流を流れる川の心地良いせせらぎ。


自然と調和する、一日の始まりを告げる小鳥たちの調べ。


そして子猫を包み込むように優しく流水を掬い上げる。


そんなイメージ。


かざした手をゆっくりと振り上げると、虹色に輝く水玉が発生し上空に飛んでいった。


その瞬間、水玉はドーム状の薄いヴェールとなって皆の周りを囲った。


ゼファリオンの炎と水のヴェールが激しく衝突し、弾けるように蒸発した水が飛び散る。


爆発にも似た衝撃が発生し拡散した水蒸気で視界が覆われる。


水のヴェールが消えると、燃え盛る炎は完全になくなっていた。


よし。


ここまでは想定通り。


ここからが本番だ。


失敗すればみんなオダブツ。


頼むぞ俺。


ローズの魔法をよく思い出すんだ。


目を閉じ両手を目の前にまっすぐ伸ばす。


自分の内側に流れるマナの流動を細部まで感じ取るんだ。


そしてそれを掌に集める。素早くかつ丁寧に。


集めたマナをゆっくりと体外へ放出し、一本の細い糸でそれらを繋ぎ止めていくイメージ。


集中を切らさず、肉体と繋がる薄っすらと伸びるそれを維持しつつ、繊細さを保ちながらこの動作を繰り返す。


思い描いた情景とマナが混ざり合うのを感じたら・・・


一気に解放する!!


目を開くと、目の前に虹色に光り輝く美しい五本の剣が宙に浮いていた。


「わたくしは・・・ 夢を見ているのでしょうか・・・」

「すごい。綺麗・・・」


うまくいったようだ。


でも安心するのはまだ早い。


見た目だけで豪華でナマクラでした、では話にならないからな。


「さて。どこまでいけるか」

「グオオオオオ!!」


ゼファリオンの腕が振り下ろされ鋭利な爪が眼前に迫る。


遅い。


ユリウスに比べれば遅すぎてあくびが出るな。


図体が大きい分、隙間も見つけやすい。


攻撃をひらりと躱し空中へ飛ぶ。


両手を振り宙を浮く虹の剣を操作し皮膚を覆った鱗の隙間、腕の関節めがけて一本の剣を差しこむ。


剣はゼファリオンの腕を軽々と貫通し血しぶきをあげる。


「グオオオオ!」


ゼファリオンの悲鳴が響く間に、もう片方の腕と両足の関節も剣で差し込み、釘を打ち込む要領でゼファリオンの体を地面に固定させた。


もがき暴れるゼファリオンを前に、残った最後の一本の剣を構え胸部に狙いを定める。


「あとは、思い切りねじ込む!!」


ゼファリオンの胸部目掛けて神速で飛び出す。


突き出した虹の剣は瞬く間にゼファリオンの心臓を貫いた。


空気を割るようなゼファリオンの断末魔が響き渡り、周囲を揺るがす。


「安らかに眠ってくれ」


剣を引き抜くと同時にゼファリオンの巨体が崩れ落ち、激しく地面を揺らした。


「ふぅ。何とか成功した・・・ 」

「・・・・・・」

「あ、あれ?」


気付けばその場にいた全員が、よく出来た人形のように物言わずただ立ち尽くしこちらを眺めていた。

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