第5話 フランはギルドを作りたい
町の至る所から顔を覗かせ、雲ひとつない青空に向かい自由に伸びる木々。
黄色や緑色で彩られた石造りの家々。
賑わうシルフィードの城下町はどこか懐かしくも自然と調和し壮大に広がる景観は美しく、言葉を失わせるには十分だった。
馬車の軽快な蹄の音が響く砂利道に敷かれた赤褐色のレンガに青々と生い茂る芝生の上を駆ける子供たち。
よく見るとエレメントの子供たちも数人混ざっていた。
契約したであろう家庭の子供とエレメントたちが仲良く遊んでいる姿がそこらじゅうで目にする。
街中でエレメントを見かけること自体はそれほど珍しいことではない。
ただ、一つだけサラマンドとは決定的な違いがあった。
この国のエレメントたちは皆
この国が特別なのかも知れないが、少なくともサラマンドより遥かに好感が持てるのは確かだ。
サラマンドのエレメントたちは誰一人として笑っていなかった。
エレメントの扱いはどこの国でも同じだと聞かされていたけど、聞いていた様子と随分違うようだ。
もしもこの景色が本来あるべき姿だとしたらサラマンドは・・・
「すご〜い! 広すぎて迷っちゃいそうだね!」
俺の中に生まれた疑問を打ち消すようにフランが声を上げる。
切り替えが早いヤツだな。すっかり元通りだ。
まぁ、ずっと重苦しい空気でいるよりは全然マシだけど。
「ねぇねぇ! あれは何?」
空に向かい指を差すフランの視線を追う。
赤や緑といったカラフルな雲のようなものがいくつも空に線を引いている。
これまた青空とのコントラストが見事に映える。
「ああ、あれは飛行艇の通った跡だよ。この光景もシルフィードの名物だな」
「ひこうてい?」
「飛行艇を飛ばすには
「そうなんだ! じゃあ色が違うのは?」
だから顔が近い。
とはいえ、これだけ熱心に聞いてくれると話し甲斐があるってもんだ。
「あれはそれぞれの飛煌石に含まれる物質濃度と水分含有量に関係するんだ」
「う〜ん・・・?」
「簡単に言うと使用する飛煌石によって色が変わるってこと。密度が濃ければ濃い緑色に、水分が多ければ濃い紫色といった具合にな。そのおかげでどんな質の石を使っているかある程度判別できるんだよ。成分の含有量なんて石ごとに違って際限がないから、あくまで参考程度だけどな」
「へぇ〜! ヴィンセントって物知りなんだね!」
「ふっ。この程度どうという事はない」
飛行艇は操縦できるようになるくらい好きだからな。
このくらいは基本だ。
「ね、ヴィンセント。あそこ寄って行かない?」
指差された方向に目を向けると、一際大きな木造の建物が目を引いた。
石造りの家々の中ではかなり目立つ。
上の真ん中にはギルドハウスと書かれている。
突然フランは建物のドアの前に立ち腕を高らかに空に掲げた。
何か嫌な予感・・・
「ギルドを立ち上げます!!」
「・・・はい?」
「実は私、自分のギルドを作るのが夢だったんだ。ほら。私たちが組んだら面白いと思うのよね。絶対に有名になれるし。あなたもそう思うでしょ?」
「却下。何でわざわざそんな目立つ事しなきゃならないんだよ。それは全部フランの願望じゃないか。前から俺も組みたがっていたみたいに言うな」
「ふふん。この私に誘われるなんて有り難いと思いなさい。ハイウィザードなんて滅多にいないんだから」
残念ながら目の前でSランクの覚醒を見てるんだよなぁ。
「とにかくダメだ。必要以上に目立ちたくない」
「いいじゃないのよ〜。目立つ目立つって、あなたそればっかりね。そんなんで人生楽しいの?」
「無理なものは無理。面倒ごとはごめんなんだ。サラマンドのシステムは知ってるだろ?」
「優秀なギルドはレギオンの傘下に入るってアレよね。いいじゃない。むしろ好都合だよ。ていうかシルフィードで結成してもその規律は適用されるの?」
「有名になれば必ず素性を明かす事になる。そうなれば呼び戻されてしまうかもしれない。それは絶対に避けなければならない」
魔導士は自分で立ち上げるにしろ、どこかに加入するにしろ、どこかしらのギルドに所属するのが一般的だ。
というのも、この実力階級社会で魔法の実力だけで食っていける魔導士は実はそんなに多くない。
Aランク以上の魔導士のように食いっぱぐれない階級の実力者なんてほんの一握りで、人口の大半はCランクやBランクの普通の魔導士だ。
魔導士とはいえCランク・Bランク止まりの人はギルドに属し、その活動報酬で生活を賄っていることが多いというのが現状だ。
その傾向は階級制度が堅固かつ独裁的な政策により国民を支配するサラマンドでは特に顕著で、同じ魔導士であっても貧富の差は意外と大きいと聞く。
冒険者などによる民間ギルドが大半だが、中には現役の魔導兵やその経験のあるプロフェッショナルなものもある。
ギルドには様々なクエストの依頼があり、気楽に受注できるものから命の危険が伴うものまで難易度にも幅がある。
基本的にギルド活動は自由だが、国やレギオンからの直々の依頼もあり実績を積み名が売れればレギオンのお眼鏡にかない、直接レギオンメンバーとして迎えられる事もあったりする。
レギオンというのは国内で数多に存在するギルドをまとめている元締めみたいなもので、サラマンド特有の文化だ。
国王に代わり政の舵取りを行う事が多く、実質国王の次に権力を持つため皆の憧れの対象であり、レギオンメンバーになる事を目標にする魔導士も少なくない。
階級により人生を決められてしまう運命にある魔導士でも、生活の苦しい一般的な魔導士にとってギルド活動で有名になることは階級とは別に用意された成り上がるための数少ない機会なのだ。
サラマンドでは、それほどギルドやレギオンで成果を出すことは重要視されている。
とはいえ、一見誰にでも平等にチャンスがあるように見えるが恐らく違う。
父上のことだ。
国民をレギオンという名誉と報酬で釣り、縛り付け、あくまで国の戦力・駒を増やすための制度といったところだろう。
いずれにしても、ギルド活動をするということはレギオンの目に留まる確率が高くなるということ。
今の俺にとってそれは自殺行為に他ならない。
そして当然、エレメントにギルドを結成する権利も加入する権利もない。
俺の事が他人に知れれば、父上の耳に入るのもそう時間は掛からないはずだ。
下手なリスクは負いたくない。
「じゃあさ、いっその事みんなにバラしちゃおうよ。おれは大賢者ガブリエルの子孫だ。敬うがよいって」
「だから違うって言ってるだろ。あと俺はそんな品のない冗談を言うキャラじゃない」
「実際すごい事したんだから少しくらいいいんじゃない?」
「そんな軽率な。損するのは俺なんだぞ」
「器が小さいとモテないぞ〜♪」
実はヴェルブレイズ家ですなんて誰が言えるか。
王族だったのにエレメントになりましたなんて失墜物語、笑い話にもならないし語りたくもない。
それに何となくフランには父上やヴィゴーと血の繋がりがあるのを知られたくない。
それはいいとして。
何よりも重要なことが一つある。
モテないは余計なお世話だ。
「失礼。入らないのなら退いて下さる?」
「あ、ああ。すみません」
透き通るような綺麗な声に振り向くと、純白の貴族服に身を包んだ女の子が上品な仕草で髪を押さえ立っていた。
橙色のマントが風になびき、束ねる真っ赤なリボンが丸みを帯びふんわりと輝く金髪を際立たせていて、全身から優雅さが溢れている。
まさにお嬢様。
一目で上流階級なのが分かった。
フランには申し訳ないが格が違いすぎる。
「可愛い・・・」
はっ?! つい本音が漏れてしまった!!
「まぁ!! 情熱的な殿方ですわね!! 気に入りましたわ♪」
女の子は勢いよく腕を絡めてきた。
な、んだと?!
「ちょっとあんた!! いきなりしゃしゃり出てきて何なのよ!!」
フランの声で現実に引き戻される。
「あなたも鼻の下伸ばしてんじゃないの!!」
ちっ。
いいところだったのに余計なことを。
ていうかこの子、同性には厳しいのね。
「あらごめんなさい。全然気付きませんでしたわ」
「ヴィンセントは私と一緒にギルドを作るの。さっさとどこかへ行ってよね」
気づけばフランにも腕を絡められていた。
両手に花?!
「まあまあ野蛮ですこと! それでは殿方に振り向いてもらえなくてよ♪」
「どうやら喧嘩を売っているようね? 望むところよ」
「望まんでいい・・・」
もう少し堪能したかったが、どうやらそんな事言っている場合ではないらしい。
「二人とも落ち着いてくれ。腕がなくなる」
「も、申し訳ありません!」
金髪の女の子は慌てて手を離した。
「あら? その頬のアザ・・・」
「あ、ああ。これは・・・」
「フン! 聞いて驚きなさい! ヴィンセントはね。あの大賢者・・・むぐぅっ?!」
「余計な事は言わんでいい」
女の子は不思議そうに首を傾げている。
「俺は最底辺階級のGランク魔導士のエレメントだ。気にしないでくれ」
「あはは。開き直ってる」
「うるさい」
「Gランクなんて階級は初耳ですわ。それにエレメントって・・・ おかしいですわね。彼らは確か」
「ア、アザの形のことか? ほら、それは人それぞれっていうか! 俺のもたまたまこういう形というか」
「は、はぁ・・・」
ふぅ。フランのせいで面倒事になるところだった。
「ウフフ。それもそうですわね。それに、恋に階級は関係ありませんもの♪」
いや、階級社会でそのセリフは危険だと思うぞ・・・
フランはおもちゃを抱え込む子供のように腕を絡めたままだ。
獣のように喉を鳴らし敵意を剥き出しにしている。
「そういえば自己紹介がまだだったな。俺はヴィンセント。こっちは・・・」
「フランチェスカよ」
素っ気ない。
まったく。子供じゃないんだから。
「申し遅れました。私はローズ。ローズ・レイノルズと申します。ギルド『金色の薔薇』のリーダーを務めていますわ」
咲き誇る薔薇のように微笑む彼女に思わず見惚れてしまっていた。
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