第4話 星護教団


小鳥の囀る音で目を覚ます。


「もう朝か・・・」


緑に囲まれて朝を迎えるのはとても気持ちよく、新鮮な気分だ。


あの後、急に疲労感に襲われ動く元気がなくなった俺たちは森で一夜を過ごした。


フランの炎魔法で焚き火を焚いたのだが、加減が上手くいかずあわや大惨事に発展するところだった。


本当にハイ・ウィザードなのか疑いたくなる天然ぶりだ。


燻る残火を消し呑気に寝息を立てるフランの体を揺する。


「おーい。起きてくれフラン」

「う〜ん。もうちょっとだけ〜。むにゃむにゃ」


よくこんな所で熟睡できるな。


少しは警戒した方がいいと思うぞ。色々と。


「気持ち良さそうに寝ているところ悪いが起きてもらわないと困るんだ」

「よしよ〜し。ほらこっちよシオン。良い子ね〜。えへへ」


いいご身分だな。


さすが自分で令嬢というだけはある。


「おーい。このままシルフィードまで行こうって話しただろ。いつまでもサラマンドにいるわけにはいかないんだ」

「ふわぁ〜。あ、おはよヴィンセント」


やれやれ。


こいつはのんきでいいよなぁ。



この世界、アークランドには四つの大陸がある。


北の大陸に構えるサラマンド。南西側へ陸続きに広がる水の国オンディーヌ。東に構える風の国シルフィード。そして深緑の孤島ノームズ。


風の国シルフィードを治めるノーランド・ノルドヴィスト王はその優れた手腕で他国との交友関係がとてもうまいことで有名だ。


サラマンドとの関係も例外ではなく、政治的にも商業的にも交流が盛んであり両国民は頻繁に行き来している。


そんな事情もあって、公務としてノーランド国王とも何度か顔を合わせたことがある。


国王ノーランドはその気さくな性格から臣下だけでなく民からも絶大な信頼を得ている人格者。


そんなノーランド王に子供ながらに親しみやすさを感じていた。


彼なら俺の事情を理解してくれるかもしれない。


国境を渡ってオンディーヌへ逃れる方法もあったが、オンディーヌとは長年睨み合いを続けているくらい関係が悪いし、ノームズはここからだと遠すぎる。


シルフィードを目指すのは今選択できる最善の策だと言える。


ノーランド国王も俺のことは覚えているはず。


問題はどうやって追放されたことを誤魔化すかだ。


「いい天気だね〜。旅日和って感じ♪」


フランのとんがり帽子が左右に揺れる。


なんか生き物みたいでちょっと怖い。


よく見ると彼女の歩き方や振る舞いの節々に優雅さを感じる。


令嬢ってのもあながち冗談ではないのかも?


「フランて振る舞いだけは綺麗だよな。育ちが良いというかさ。さっきまで寝言を垂れ流していたとは思えないよ」

「そりゃあフェルノスカイ家の令嬢だもん。当たり前だよって・・・ 寝言?!」

「良い子ね〜とか何とか言ってたぞ。だらしない顔でヨダレを垂らしながらな。子供でもいるのか?」

「い、いるわけないじゃん! 何言ってるの?!」


フランは顔を真っ赤にして口元をゴシゴシ擦る。


「そうなのか。子供を相手にしているような感じだったからさ」

「まぁ子供は欲しいけど」


何だこの気まずい空気。


なんかまずいことでも言ってしまったか? 


うーん。分からん。


「ま、無理に言う必要はないさ。事情があるのはお互い様だからな」

「シオンはフェルノスカイ家と契約していたエレメントなの」

「そうなのか」

「私の大切な家族で弟。私は・・・ ううん私達はそう思ってる」


・・・ん? 確か魔導士がエレメントを家族として認めてはいけないという規律があったはずだ。


おおかた魔導士としての威厳が保てないとか、父上のそんな下らないプライドのためなのだろうけど。


人には色々事情がある。


これ以上プライベートに首を突っ込まないほうがいいな。


「おまえ、いいやつだったんだな」

「それ、だいぶ失礼だからね?」

「ごめんごめん。でもさ、適当に嘘言ってはぐらかす事だってできただろ? それを会って間もない人間によく話せるなって感心したんだ」

「わ、私はただ自分に正直でいたいだけだよ」


耳が真っ赤だ。


きっと嘘をつくのが苦手なんだろうな。


「とにかく話してくれてありがとう」

「大袈裟ね。別にお礼を言われるほどの事じゃないよ」


澄んだ空に向かって深呼吸する。


俺もいつか。心の準備ができたらちゃんと自分のことを打ち明けられるかな。


「さあ、まずはミッドウィルに向かおう。そこからシルフィード行きの船が出ているはずだ」

「そうね!」



小一時間ほど草原を歩き、俺たちはようやくミッドウィルに到着した。


大陸の東端に位置する港町で、サラマンドとシルフィードを繋ぐ役割を担っている。


地理上ではサラマンド領だが、シルフィードとの貿易の拠点ということもあり双方の国民が行き交う活気のある町だ。


ここから船で渡るのだが・・・


「うわぁ〜! 見て見て! 向こうに立派な船がたくさんあるよ!」

「お、おう」


入念に周囲を見渡す。


「よし。サラマンドの連中はいないな。早いとこ乗船手続きを済ませよう」

「ほらヴィンセント! 海が綺麗! 見て見てカモメも!」

「分かったから落ち着けって」


う、うるさい。


気持ちは分かるけど今はやめてくれ。


こっちは追手がいないかヒヤヒヤしてるんだ。


「ほら! あっちに美味しそうなお店があるよ!」


満面の笑みが眩しい。


目をキラキラさせちゃってまぁ・・・


フランの笑顔は不思議と元気になるんだよな。心が温かくなるっていうか。


もう少しお淑やかにしてくれれば文句ないんだが。


いかんいかん。


またこいつのペースに呑まれるところだった。


「あのさ、確認だけど俺の言った事忘れてないよな?」

「何か言ってたっけ?」


ポカンとするフラン。


自慢のとんがり帽子が斜めに傾いている。


「おまえな。目立つ行動はしないでくれってあれほど言っただろ」

「そうそう! 今思い出した♪」

「ったく勘弁しろよ」

「あはは! ちょっとくらい大丈夫だって!」


それを決めるのは俺だっての。


一番端にあるシルフィード行きの船乗り場には順番待ちの人々が列を成していた。


「あら?」


フランは遠目に何かを見つけたようだ。


つられて彼女の視線を追う。


人々の列から少し離れたところにいかにも怪しそうな集団が群がっていた。


ボロボロの布を羽織った俺が言うのもなんだが少し見窄らしく見える。


背丈からして年端も行かない子供たちばかりのようだ。


「何だあいつら?」

「星護教団よ。まさか知らないの?」

「それくらい知ってる。実際に見るのは初めてだけど」


存在は知っているけど、実際彼らが何をしているのかは知らない。


「むぅ。怪しい」

「何だよその疑った顔は」

「まあいいわ。星護教団はエレメント差別に異を唱え彼らを保護し匿うために世界中を回る集団。魔導士の家を直接訪問して連れて行く事もあるの。選定基準は分からないけどね」


要は慈善事業のようなものなんだけど、放浪者のような見た目は完全に不審者だ。


とてもエレメントを保護する集団には見えない。


・・・人のこと言えないけど。


「どうしてわざわざそんな回りくどいやり方なんだろうな。家を一見一見回るよりエレメント保護地区から連れて行った方が早いだろうに」

「元々エレメントのマナは量が多いけど、魔導士に選ばれるようなエレメントは桁が違うのよ。魔導士にとってマナの保有量は重要。より保有量が多い子と契約することで魔法の力が強くなるから、そういう子の解放と保護も目的の一つなんでしょうね」

「なるほど」


魔導士ってのはつくづく自分勝手な奴らだな。


だから階級制度なんて嫌なんだ。


「厄介なのは国が彼らの行動を黙認しているということ」

「・・・・・・」


ふと父上の顔が浮かぶ。


考えてみればおかしな話だ。


星護教団はエレメントを保護する組織。それはいわば魔導士から魔力増幅器を奪う行為に他ならない。


階級主義の父上がそれを認めるはずがないと思うのだが。


「私は絶対に許さない。星護教団も。それを容認するサラマンドも」


低い声。


悲しみや怒りが入り混じった、あまりにも深く重い感情に背筋が凍る。


普段の彼女の姿からは想像できないほど険しい表情。


過去に星護教団と何かあったのだろうか。


「・・・シオン?」


言葉を探していると、フランは急に走り出した。


「お、おい! どうしたんだ?!」


急いで彼女の後を追う。


「フラン!!」


やっとの思いで追いつくと、フランに抱かれた一人の少年が目に入った。


頬には引っ掻かれたような三本線のアザが見える。


「無事だったのね。良かった・・・ シオン」


シオンって確かフランが寝言で言ってた名前だ。


エレメントの事だったのか。


「さぁ。帰りましょ」


少年はぼーっとしたままフランを見上げている。


「・・・・・・」

「どうしたのシオン? 私の事忘れちゃったの?」


突然現れた男がフランの腕を掴み上げた。


「勝手な事をされては困るな」


真っ黒のフードから覗く褐色の肌が印象的だ。切れ長の瞳が威圧的で近寄り難い雰囲気を持っている。


この男がリーダーか。


少年は震える手で男の脚にしがみついた。


フランを怖がっているように見える。


「ナバル・・・」


聞いたことのない名前だ。


だが、知り合いというほど穏やかな関係じゃないのはフランの顔を見れば分かる。


「こいつに何かされたか個体番号5000。いや、6000だったか?」

「その呼び方をやめなさい。エレメントは物じゃない」


フランはナバルの胸ぐらを掴む。


「物だなんてとんでもない。彼らは選ばれし存在だ。彼らのおかげで我々は活動できていると言ってもいい。残念ながら、その性質上番号をつけないと覚えきれないのだよ。不本意だがね」

「よくもぬけぬけと」


ナバルは気味の悪い笑みを浮かべた。


「こいつはすでに星護教団の一員だ。許可なく接触する事は控えてもらおう。これ以上騒ぎ立てるのなら兵を呼ぶが?」

「あなたどこまでっ!!」


咄嗟に手を上げるフランの腕を掴む。


「これ以上はダメだ」


兵を呼ばれたら面倒だ。


ここで騒ぎを起こすわけにはいかない。


「お前、エレメントにしては随分成熟しているな。天啓もない。それにそのマナ・・・ 何者だ?」

「少々事情があってね。話してやれないんだ」

「フッ・・・ まあいい。また会う事になる」

「どういう意味だ」


ナバルはそれ以上何も言わず、笑みを浮かべたままシオンを連れ船に乗り込んでいった。


「放して! シオンを取り戻さないと!」

「落ち着けって。兵を呼ばれたら大事になる」

「やっとシオンを見つけたのよ! あいつを殺してでも連れ戻すわ!!」

「いい加減にしろ!!」


フランの体は強張り、怯えるような瞳で俺を見つめた。


「ご、ごめん。怒鳴るつもりはなかった」


フランは直情的で感情で動くタイプだ。


放っておいたら本当に襲いかかっていた可能性もあった。


それくらい取り乱していた。


一旦冷静にさせないといけない。


手を離すと、フランはゆっくりと膝から崩れ落ちた。


小さな肩が微かに震えている。


「シオン・・・」


涙を流し、抜け殻のように少年の背中を見送るフランはあまりにも痛々しかった。

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