第3話
馬車での旅を始めて1週間、本来なら馬車で進む道中の半分は進んでいる予定であった。だが実際はあまり順調には進んでいない。
必ずと言って良いほど立ち寄った町や村で、緊急の魔物討伐の依頼が舞い込んでくる。もちろん全て請け負った。それが民を助けるということだ。そしてそれもまた国が民を手助けしてくれる宣伝になると聞いていた。
そして依頼を終えると、断ってはいても「路銀に」といくばくかの金銭と食料も差し出してきた。食料は収納にたっぷりと入っている。それでも金銭だけは少しだけ受け取った。そうすることでその者たちの心が救われるのだ。
自分たちの感謝が伝わっているのだと確認する作業なのだと実感した。
ある日この進みの遅い状況に、ルーナが少しだけ苦言を述べた。
「一日でも早く魔王を倒し、国に平和を!それがここの民たちの助けにもなるのではないでしょうか?」
確かに俺もそう思う。だが目の前に困っている民がいるのであれば、それには手を差し伸べたい。それが俺の生きる意味だった。
貧しい家で育った俺は、住んでいた村を野盗に襲われた。
その際に両親も、幼い妹も、すべてを失った。
両親に守られながら。ああ自分もここで死ぬのだと悟った。すでに守れなかった妹は盗賊により切り捨てられていた。しかしそれもで俺の前に必死に立ち守ってくれた両親。
そして最後まで俺を守り続けていた。死してもまだ野盗の攻撃を防ぐ盾となってくれた両親。そしてその時間が俺の命をつなぎとめた。盗賊退治にきた兵士たちに助けられたのだ。あの瞬間は今でも忘れられない。
そこから私の兵士への憧れとともに、激しい訓練を貫き通す力となった。ゆえに困った民がいるなら、その全てを助けることは、今の俺の存在意義でもあった。
ルーナには「これが王族への感謝にもつながるのだから……」と伝えた。渋々了承するように頷き「アレースは優し過ぎます……それがまた魅力でもありますけどね……」そう言って頬を染めていた。
対してディアーナの方はというと、今の状況に全く不満はないようであった。苦言を呈するルーナに少し反論することすらあったぐらいで、俺の言葉を肯定してくれている。同じ戦うものとして通じるものもあるようだ。
それが好意に代わってしまいそうになり困惑してしまう。俺にはルーナがいる……たとえ「魔王を倒すまでは」と手を握ることさえしていないとしても……
◆◇◆◇◆
「はー、あの男は融通がきかないったらないわ!」
宿の一室で愚痴るルーナ。隣にはディアーナもいる。別に同室というわけではない。男爵の娘が王族の姫と同室なんてありえない。今日はルーナから部屋に寄れと呼ばれていたのだ。
「し、しかしルーナ様……民を助けることも予定に入っていたはずで……」
「そんなの建前にきまってるじゃない!」
ディアーナの反論に睨みつけるルーナ。
「私は早く魔王を倒しでこの旅を終わらせたいの!そして……わかってるわよね!あんたも手伝うのよ!」
「わ、わかってはいます……でも本当に必要なのでしょうか……」
ディアーナは眉を下げならが、姫様の機嫌を損ねない程度に疑問を呈する。
「まだそんなことを言ってるの?すんなり首輪をつけれれば良し。もしも抵抗されたなら……あんたが全力で押さえつけなさい!それがこの国のためになるのよ!」
「しかし……はい、かしこまりました……」
そしてルーナは「もう話は終わりよ」と手でディアーナに部屋から出ていくよう命じていた。
ディアーナは何か言いたそうな顔をしながらも、黙って自分に与えられた部屋までたどり着き……そしてその先にあるアレースの泊る部屋へと向かうのであった。
◆◇◆◇◆
そろそろ寝ようか。俺がそう思っていた時に部屋のドアが小さくノックされる。
こんな時間に誰だろうか?そう思いながらも頭の中にはルーナの顔が思い出される。まさかな……そう思ってドアを開けると、そこにはディアーナが顔を赤らめて立っていた。
少し予想外の訪問者に、戸惑いながらも部屋へ入るよう促した。
「こんな時間にどうした?」
「も、申し訳ありません……考えてみたら非常識ですよね。こんな時間に男性の部屋に……」
そう言ってから気づいたようにディアーナは顔を下に向けた。顔の熱を下げたいのか両手でパタパタと仰いでいる。
俺も、このような状況になんだか気恥ずかしくなって無言になってしまう。
暫くの沈黙後、ディアーナが意を決して話を始める。
「あの!ルーナ様のことなのですが……この旅は危険です……それで、その……いっそ二人で魔王を倒しませんか?」
何を言っているのか理解するまで時間がかかった。
「何を言っているんだ!確かにお前は強い。もしかしたら俺と二人なら倒せるかもしれない……だが相手は魔王だ!万が一があってはいかんのだ!確実に屠って民の平和を守らなければならない……ルーナだってその覚悟を持っているはずだ!……そしてそれはおまえも、同じだろ?」
「しかし……姫は王族です……万が一があっては困るのは姫の方では……」
俺は反論ができなかった。それでも声を絞り出す。
「ルーナは俺が必ず守り抜く……もちろんお前も……全て守って、そして魔王を倒すのだ!この俺が!」
その言葉にディアーナは治まりかけた顔の赤みを再び染める。
「私なんかのことも……嬉しいです……」
そう言って気づけばディアーナは、俺の胸にゆっくりと顔をうずめていた。
突然のことに自分の両手の置き場に困ってしまう。それなりに好意を持った相手からの接触……ドキドキと緊張してしまうのは仕方がないことだろう。このまま流れに任せて抱いてしまいたい……
そんなあってはならない思いを、首を横に振りかき消した。そしてディアーナの肩に手を置いて体を離す。
「まずは、三人で魔王を倒し生きて帰ろう!」
「それは……そう、ですね……」
何か言いたげな表情を見せたディアーナだったが、すぐに「夜分に失礼しました」と頭を下げると部屋から出ていってしまった。少しだけ後悔を感じながら悶々とした夜を過ごすことになった俺を残して……
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