アイドル気質(かたぎ)
三礼采果(さんらい・ことか)
第1話 アイドルはふと思いついたらしい
ここで修正しておこう。無瑕はアイドルを職業でやっているのではない。ファンがいるかいないか関係なく、アイドルのように振る舞うしかない人間だ。従来、アイドルは存在そのものに魅力がある者のことを指すという。ただし、無瑕は崇拝される者ではなく偶像であり、悪く言えば木や土で作られた中身のない像だ。
幼い頃の無瑕は、人に好かれていた。少なくとも自身はそう思っている。芸能人の如く、人に良い顔をするのが得意だった。中学生になっても同じ顔をし続けた。だが、無瑕は人心を察する性質から苦悩した。相手の表情がわずかに暗くなれば、なにか傷つけたと思い込んだ。扉を閉める音がいつもより大きければ、怒っているのだと思って悲しくなった。言葉の刃で人を傷つけているのではと感じはじめ、どう人と接してよいか分からなくなった。人間不信によって仲の良かった友を信じられなくなり、それが原因で親友とも仲違いした。無瑕は不登校になった。
現在、通信制の学校に入学して高校生になった無瑕は、自分が分からなくなってしまった。ただただ同級生という集団のいる学校が嫌に感じられて、初日を除いて学校には行かず、ほとんどを家で過ごしていた。
いつもは朝十時に起きる。両親は仕事に行って不在で、一人で昼のニュース番組を見て笑った。昼を自炊し、午後はゲームをしてレポートをやる。トイレに行くたび、誰もいないのに誰かいる気がしてビクビクしながら、自室に駆け込んだ。夜になると、両親と団らんをする。
「無瑕が元気なら、私達はそれで大丈夫」
「今度、三人で旅行でも行こうか」
両親の温かさにはいつも感謝していた。それでも、二人の学校に行ってほしいという気持ちを無瑕は察してしまった。二人には迷惑をかけていると分かっていて、期待に答えたいと思っていても、この生活をなかなか変えられない。
だが、無瑕にもチャレンジしたことがあった。夏休み前、気合をいれてコンビニでバイトを始めた。本気で社会で生きていくために、自分と向き合った。最初こそ、一生懸命に働いた。しかし、高校のレポートで忙しく、徹夜したために寝坊で遅刻してしまったことがあった。店長には大声で叱られる始末。それは当たり前のことだと、無瑕は必死に謝った。だが、「高校生なのに、こんなこともできないのか」と小さな声で愚弄された時は、心が刃物で突き刺されたようだった。また、同僚と仲良くなろうとしたが、いつものように顔色を伺っていい人間で接していたら、「無瑕さんって、わざとらしいし上から目線だね」という一言がきっかけで、ついには働くことが耐えられなくなった。試用期間中だったこともあって、二週間ほどですぐにやめてしまった。
無瑕は仕事と割り切れず、対人関係のせいで行けなくなった自分に、心の底から失望した。何をしても上手くいかないことに嫌気がさして、この夏は己自身と向き合うことを誓った。しかし、口からでまかせで夏休みも家に引きこもって、なんら変わらない日々を過ごしている。
ある晩、無瑕は歯磨きをしながらこの迷路のような日々を抜け出すには、どうしたら良いかと鏡に写る自分と向き合っていた。昔の愛嬌のある顔を満開の花とするならば、今はしおれた花のようだ。無瑕の目は一重で少し垂れていて、同じように垂れた眉はボサボサだった。鼻や口は大きく、整っているわけでもない。しかも、にきびがおでこや頬にちらばっていた。このさえない顔で、唯一の長所はまつげが長いことだ。
無瑕は自分の顔に大きなため息をつき、自室に向かった。ベットに積まれた教科書を椅子にどかして、勢いよく寝転がった。枕の両側に並べられている動物のぬいぐるみが、無瑕が転がった振動に合わせて揺れた。スマホを顔の前に持ってきて、インターネットを開いた。すると、ネットニュースに占いの宣伝があった。本当の自分を知れます、今すぐチェック! とどこかで見かけたことがあるようなありふれた宣伝だった。
「占いでもするか」
無瑕は当然そう思い至った。占いは自分を知れる一つの手段だ。無瑕は当てになるか分からないネットより、実際にお金を払って人間に占ってもらった方が良いと考えた。過去に母と横浜中華街に行った時の誕生日占いで、「無瑕さんには、お金を表す金の文字がたくさんついてます!」と言われたのを思い出した。また金運がありますねって言われて、自尊心を上げようと呑気に考え、明日に備えて眠りにつこうとした。スマホを充電器に繋いで電気を消すと、辺りは真っ暗になり自然と気持ちも沈んできた。夜の恐怖に打ち勝つため、ハリネズミのぬいぐるみを抱きしめ、タオルケットを頭から被って静かに目を閉じた。無瑕が自分の正体に気づくのは、自分を受け入れることの重さが心に引っかかり、行くのを躊躇したため、伸びに伸びて一週間後の話となった。
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