第2話

 夜、テディは静かに目を開けた。その横ではヒルダがスヤスヤと寝ており、二人は生まれたままの姿になっていた。



「まったく……夜の合図を送ってきたから覚悟はしてたけど、疲れてる俺に対してどれだけ頑張らせるんだよ、コイツは」



 呆れたように言うテディだったが、その顔は穏やかであり、テディは自分に抱きつきながら安心した顔で眠るヒルダの髪を優しくすいた。そして窓の向こうに見える月を軽く見上げると、鋭い視線を向け始めた。



「……ちょっとその辺歩いてくるか」



 独り言ちると、ヒルダを静かに引き剥がしたテディはベッドから体を出し、ベッド脇に置かれた水桶の中の生温い水にタオルを軽く浸してそれで自分の体の至るところを拭き始めた。


 それが終わると、テディは脱ぎ散らかされた比較的清潔な衣服を身に付け部屋を出た。そして月明かり以外には何も光源のない廊下を歩き、台所にある裏口に着くと、そのまま外へ出て歩き始めた。


 時間の関係もあって薄暗く静かな夜の城下町がテディは好きであり、貧民である自分が表を歩いていても何かを言われたり嫌そうな視線を向けられたりしないのがテディの気持ちを安らげていたのだ。



「……良い夜だな。下水道もそうだし、裏路地もそうだけど、やっぱり俺は暗いところが落ち着くみたいだ。でも、ヒルダやヒルダの両親は違う。アイツらは俺とは違って本当に明るいところを歩いてて良い奴らだ。だから、やっぱり俺とはあまり関わらない方が良い気がするんだよな……」



 憂いに満ちた表情で呟く中、テディはそのまま夜の町を歩いた。そして日中は行商人などで賑わう広場を通り、夜でも営業をしている酒場や娼館がかる通りを避けながら歩いていくと、テディはいつの間にか日中にヒルダと出会った裏路地まで来ていた。



「結局、ここまで来たか。ボス達は……この時間なら酒飲みながらバカ騒ぎしてそうだな。俺が帰らない時はヒルダの家に世話になってるって考えてるはずだし、ちょっと顔を出しに行ったら流石に驚くかな。よし……試しに行ってみるかな」



 年相応な子供らしい表情を浮かべたテディはそのまま裏路地へと足を踏み入れた。自分の登場に驚くであろう仲間達の表情を思い浮かべ、それに対してクスクス笑いながらテディが歩き続けていたその時、反対側から駆けてくる足音と荒い息遣いが聞こえ、テディは静かに足を止めた。



「……誰だ? だいぶ急いでいるようだけど……」



 その音に対して不思議そうな顔をしながらテディが立ち止まっていると、暗闇の中から同じくらいの背丈の人物が飛び出してきた。その人物はフードがついたローブで顔を隠しており、突然出てきた事で避け損なったテディはその人物とぶつかってしまった。



「いたっ!」

「ぐうっ!?」



 二人の声がシンクロし、揃って尻餅をつく中、ローブの人物のフードが衝撃で捲れた。そして尻を擦りながら文句を言おうと顔を上げた瞬間、テディは信じられないといった顔をした。



「え……お、俺……!?」



 目の前にいる人物は自分と同じ顔をしている事にテディは驚いた。栄養のある物を多く食べていたりあまり運動をしない生活をしたりしているのかその人物の顔はテディよりも少しふっくらとしていたが、顔つきや痛そうにする素振りはテディと寸分違わず、テディは自分の身に起きている出来事が現実なのか疑っていた。



「お、お前……何者だ?」

「何者だ、だと? 無礼者め! 俺はこの王国の王子にして次期国王のテッド・チャンドラーだぞ! 貴様こそ名をなの……れ……」



 テッドは怒りを露にしていたが、テディが自分と同じ顔を持っている事に気づくと、怒りで赤くなっていた顔は途端に恐怖で青ざめた。



「な、何だお前は……!? どうして俺と同じ顔をしている……!?」

「それは俺が聞きたい。というか……今、王子とか言ったか?」

「そうだ、無礼な下民よ。俺はテッド・チャンドラー、将来はこの国を治め、お前達のような平民や貧民を仕方なく従えてやる男だ!」

「……傲岸不遜ごうがんふそんな上に厚顔無恥こうがんむちという言葉が服を着て歩いてるような奴だな。やっぱり王族なんて全員そんなもんか」

「王族と貴族はこの世界を創りし神に選ばれた者達だからな! お前達、選ばれなかった者達をこき使い、最後には使い潰してやるのが使命なのだ!」

「お前……何を勝手な事を!」



 テディは怒りで我を忘れると、テッドはその迫力に小さく悲鳴を上げた。その間にテディはテッドに近づくと、その胸倉を掴んで軽く持ち上げた。



「謝れ……毎日を精いっぱい生きてる平民や貧民達に謝れ!」

「だ、誰が謝るか! 俺は間違っていない……父上や母上がそう言っていたのだから間違っているわけがないだろう!」

「その国王達が間違っているんだ! 自分達の生活のために誰かを犠牲にして良い? そんなわけがあるか! 誰もがいつか来る未来のために精いっぱい生きているんだ! そんな人達の人生を、希望を踏みにじるような事を言うな!」

「うるさい……うるさいうるさい! 不敬だぞ! 俺は王子なんだ! お前達のような平民や貧民の言葉などに耳を貸してたまるか!」

「お前……まだそんな事を!」



 テッドの発言によってテディの怒りの炎は更に燃え上がると、テディはもう片方の手で服の中からの小型のナイフを取り出した。



「こんな奴……生かしておけない! 今ここで、お前を殺す!」

「ま、待て! 俺を殺してみろ! その時はお前だけじゃなく、お前の家族も──」

「俺に家族なんていない。物心ついた時から親なんて俺にはいなかった。だから問題はない!」

「貴様……!」



 テディの手に更に力がこもり、ナイフの刃先がテッドに近づいていったその時だった。



「テッド王子ー! どこですかー!」



 そんな声が聞こえ、テディの手が一瞬緩んだ。



「……なんだ?」

「ちっ、もうバレたか」

「お前、城を抜け出してきたのか?」

「当然だ。あんな退屈なところにいてもつまらないからな。だから、夜に抜け出して下民達がバカのように騒ぐ姿を見に来たんだ」

「お前……!」

「おっと、良いのか? 今困るのはお前だぞ?」



 その言葉にテディは不思議そうな顔をする。



「どういう事だ?」

「兵士達が来たらどうなる? お前が何を言っても聞き入れられず、そのまま処刑されて終わりだ。次期国王たる俺に不敬を働いた上に殺そうとしたんだからな!」

「お前……!」

「まあ待て。そんな貴様を助けてやろう」

「助けるだと?」



 テディの言葉に頷いた後、テッドはニヤリと笑いながら口を開いた。



「お前、この俺と入れ代わって生活をしろ」

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