入れ替わり王子の一生
九戸政景
第1話
「はあ……今日もしんどいな」
活気もなくどこか薄汚れた裏路地。そんな裏路地の隅で一人の少年が座っていた。短い茶髪の少年は簡素な衣服を身に付けていたが、その衣服や顔は煤や埃で汚れており、首にかけていたタオルも汚れていたため清潔とは言えなかった。
「まったく……王族は何を考えてるんだよ。俺達のような平民や貧民の生活は捨て置いて、自分達だけ豪勢な暮らしをしやがって。おまけに王様だって普段から俺達の目の前に出る時は仮面をつけて、王子や姫は悪漢に襲われないためとかで俺達の目の前には出てこないし……自分達さえ良かったら何でも良いのかよ、くそっ……!」
少年は近くの石段を殴り付ける。その瞬間、少年の手にはじんわりとした痛みが広がり、殴り付けた箇所からは血が滲み始めた。
「いたたっ……くそ、怒りに任せて殴るんじゃなかった……」
患部を擦りながら少年が呟いていたその時、その目の前に一人の人物が立った。
「テディ、何をしてるの?」
「……ヒルダか」
目の前のブロンドのポニーテールの少女、ヒルダ・ロイドを見上げながらテディ・チェンバーズは呟く。テディのように質素な衣服を身に付けているヒルダだったが、その仕立て具合などは少し違っており、ヒルダが多少テディよりも裕福な暮らしをしているのは明らかだった。
「親無し子で朝から晩まで働いてばかりの貧民の俺にこうやってわざわざ声をかけてくる平民はお前くらいだよ、ヒルダ。今日は何の用だ?」
「何の用だとはご挨拶ね。どうせお腹空いてるんでしょ? お母さんがテディを晩御飯に連れてきなさいって言ってたから探しにきたのよ」
「おばさんが……いつも飯を食べさせてもらったり読み書きを教わったりしてる身でこう言うのもなんだけど、お前の親も大概変わってるよな。お前が偶然見つけてきた俺を世話して、何回も拒んでもそれには負けずにこうやって飯の時に呼んでくれるんだからさ」
「二人とも世話好きだし、テディの事をただの貧民の子としては見てないのよ。良い加減根なし草は止めて、ウチの家族にでもなれば? お母さん達だってそれは望んでるし、私だって別にそれを拒む気はないから」
「……それは出来ない。只でさえ、多少魔力が強いだけで仕事にありつけてる俺が平民のお前達に目をかけてもらっていて他の貧民達から煙たがられてるのにそんな事をしたら貧民達がこぞってお前達のところに来たり俺の生活を羨んだ奴らから命だって狙われかねない。それを避けるためにも俺は今のままで良いんだよ」
「テディ……」
ヒルダが心配そうにテディを見る中、テディは軽く立ち上がってから体を上に伸ばした。
「さて……腹減ったし、そろそろ晩飯を食べさせてもらいに行くか。その後はすぐにかえ──」
「だーめ。今日も身体を洗ってあげるし、部屋だって掃除したんだから、ご飯の後もウチにいるの」
「あまり気乗りはしないんだよ。この前、そうやって夜も世話になってたら、何か荒い息遣いが聞こえて目覚めた時に裸のお前が俺の胸に両手を置いて、腰の辺りに股がって上下に動いてたのを見た時は血の気が引いたんだからな。おまけに俺もいつの間にか服を全部脱がされてたし、その後は朝までずっとお前の相手をさせられたし……」
「べ、別に良いでしょ……もしかしてき、気持ち良くなかった?」
「いや、そんな事はない。それに、今生で女を抱く機会なんてないと思ってたし、相手がお前だったから悪い気はしなかった。俺はお前の事を異性だとちゃんと思ってるしな」
「テディ……」
ヒルダがどこか嬉しそうな様子を見せる中、テディは小さくため息をついた。
「だが、そう何日もお前のとこにも行ってられない。お前達の生活にも関わるし、ウチのボス達が何度もからかってくるんだよ。また抱いたのかとかそろそろ娶るかとか……まったく、俺達はまだ11歳の年端もいかないガキだっていうのに」
「けど、王族や貴族だったら本当に早いところで生まれた時には婚約者は見つけるらしいし、そういう行為の手解きも子供の頃から受けるらしいよ? ま、まあ……子供を授かるのは体の成長具合的にまだだろうけど……」
「正直、俺達も授かってられないからな。今の状態でそんな事になったらもっとお前達のところに負担をかけるし、ろくな学習だってさせてやれない。世間の小金持ち達は娼婦や男娼相手に好き勝手やって、作らせた子供は外聞が悪いからって堕胎させてるらしいけどな」
「本当に酷いよね。相手の事を何も考えずにただ自分の事だけ考えてるわけだし……」
「そういうもんなんだろ。さて、それじゃあそろそろ行くか」
「うん」
ヒルダが頷いた後、テディは人差し指を軽く立てた。すると、その先には小さな炎が点り、その炎をヒルダは羨ましそうに見つめた。
「ほんとにスゴいね、テディは。生まれた時からここまでは出来たんでしょ?」
「ああ。だから、ボス達もそれに気づいた時にはどこかの魔導師にでも売りつけるかって話にはなったそうだけど、その頃にはもうすっかり俺がいる事に慣れたから、そうするのも何だかもったいない気がして結局手元に置いておく事にしたらしい。まあそのお陰で俺は下水掃除とモンスター狩りの両方をやれて、ウチのごろつき集団の中でも稼ぎ頭みたいな扱いにはなってるんだけどな」
「でも、稼いだお金は全部ボスさんにあげてるんだよね? 少しくらい自分の手元に残せば良いのに」
「良いんだよ、別に。飯が食えて毎日を生きられたらそれで十分だ。それに、その辺を我が物顔で歩く小金持ちや成金みたいになりたくはない。俺みたいな奴には無理だけど、やれるならこの国を大きく変えてやりたいからな。貧富の差を無くして、俺みたいな親無し子でもしっかりとした教育を受けられて、ちゃんとした職に就けるような国に」
「テディ……うん、テディならきっと出来るよ。ただまあ、この国の政治は王様達がやってるし、私達のような貧民や平民から政治に関わる人材は採らないみたいだけど」
「そんなもんだろ。ほら、さっさと行くぞ。早く行かないと飯が冷めちまう」
テディの言葉にヒルダは頷いた後、二人は裏路地を出た。そしてヒルダがテディの腰に手を回しながら軽く叩くと、テディは小さくため息をついてから静かに頷き、ヒルダがそれに対して嬉しそうな顔をする中で二人は道行く人々の視線を集めながらヒルダの家へ向けて歩いていった。
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