第一章 最弱の強者が目醒める

第4話 鬼人族との交渉

 かくして、幕を開けた4人の旅。

 目指すは、遥か北東の【黒天宮こくてんきゅう】。現実的な例を出すならば、東京から北海道までを歩くのに匹敵するような長い長い冒険の旅だ。

 直線的に向かうのは現実的でないという判断の元、彼らが最初の目的地に選んだのは承影の故郷だ。

 幸いにも進路上で、尚且つそう遠くない場所にあるということもあり承影から提案されたこの案は、全会一致で可決された。

 しかし、いざ歩み始めると新たな世界への興味がレオンを襲う。

 日本生まれ日本育ちだった武田ことレオンにとっては、初めて見る異世界の景色はやはりどれも目新しく興味感心が尽きない。

 空に浮かぶあの太陽のような眩い星は一体なんというのか、夜の大地を優しく照らすあの星は月と同じようなものなのか、一見すれば見知っているようで知らないこの草花は一体何か……あげればキリがないほどの関心に幾度も心を奪われそうになるが、外界に於いて彼は絶対的強者でなくてはならない。

「どこで誰が見ているかもわからない」とは承影の教えだ。故にレオンは片時もそれらに関心を示すことを許されない。それに歯痒さを覚えながらも、強者として振る舞うことに徐々に楽しさを覚え始めたレオンは今日も意気揚々と歩みを進める。


(水○黄門の黄○様になったような気分だ)


 道中襲って来た野生生物や、はぐれの魔族を承影やゼンゼが斬り捨て、ねじ伏せているのを見て、レオンが内心で悠長なことを考えていたことは本人以外知る由もない。

 そうしてこの世界でも月(と仮定して呼称)が満ちて半分ほど欠けた頃、ようやく彼らは目的の鬼人の里へあと少しという場所までたどり着いた。

 しかし、そこで承影が異変を察知する。


「閣下、お待ちください」


 突如として右斜め一歩前を歩いていた承影が歩みを止める。

 この半月でレオンだけでなく、他の3人もこの演技にすっかり慣れ、びっくりするほど馴染んでいた。


「ほう? 一体どうし……なるほど、そういうことか」


 一拍遅れてレオンもそれを理解する。

 そもそも鬼人の里と言うのは、周囲を山脈に囲まれた盆地に密かに存在している。故にその存在すら知られずに密かに彼らは繁栄して来た。

 本来なら鳥の声が響く穏やかな山道を越える道行のはずだったが、この時ばかりは違ったようだ。


「何やら里の方が騒がしい……一体何が……」


「分からん。何であれこの目で見定める他あるまい。卿ら、不測の事態に備えよ」


 レオンの号令一つで、各々の放つオーラが研ぎ澄まされる。

 警戒心を一層強めて、4人は足早に里を目指す。


 ————————————————————


 タイミングの悪いことに、今の時期の鬼人の里はかつて無い動乱に見舞われていた。

 これまで、領土や食糧を巡って度々小競り合いを繰り返していた人狼族じんろうぞくが、1ヶ月ほど前に鬼人族の主要戦闘部隊が里を離れたのを知り、本格的な侵攻を開始したのだ。

 これまで両種族の実力は拮抗状態にあり、どちらも押すに押しきれない状況が続いていた。

 そんな均衡が崩れればどうなるかは、火を見るより明らかだろう。

 しかし、主要戦力の大多数がいないからと言って逃げ惑わねばならないほど、鬼人という種は弱くない。

 彼らはすぐに対策本部を設立し、対抗戦力をかき集めて即席の軍隊を完成させた。

 中でも、本部と軍の総司令を兼任している華奢で小柄な、額から2本の短い角を生やした銀髪の少女は、各方面から寄せられる数多の報告の全てに目を通し、休む間もなく円卓の議長席で次の手立てを考え続ける。

 しかし、疲労も溜まる4徹目の脳ではもはや良い案は中々浮かばない。


「ごめんなさい、2時間だけ仮眠をとります。その間、本部をよろs……」


 言い切る前に机に突っ伏して眠ってしまった少女。

 故に直後、本部に駆け込んてきた伝令役によってもたらされた報告を聞き逃してしまった。


「伝令! 先刻、若がお仲間を連れてご生還なさいました!!」


 ————————————————————


 時は僅かに遡る——


 急ぎ足で里まで辿り着いたレオン一向は、里の入り口を警備する守衛によって足を止められていた。

 しかし、後ろにいた承影が前に出て彼らを静止する。


「待て、この御方を誰と心得る?」


(本当に水戸○門みたいなセリフきた!?)


「わっ、若!!」


「ご無事で何よりです!」


 (は……? 若?)


 承影を見た守衛の反応は、想定の斜め上をいくものだった。

 呆気に取られ咄嗟に言葉を発せず、その場で余裕の笑みを浮かべたまま固まっている間にも、話はどんどん進んでいく。


「して若、こちらの方々は……」


「新たに我が主君となられた御方、レオン様だ。そこに控える精霊とスライムも俺と同じく閣下の忠臣である。お前たち、無礼のないように」


 紹介に合わせてにこやかにヒラヒラと小さな手を振るピクシーと、レオンの頭上で身を震わせて挨拶と思しき意思を示すゼンゼ。

 それを目にした守衛たちは、より一層引き締まった表情で胸に手を当て最敬礼。


「「はっ!!」」


「ところで、里が騒がしいが何があった?」


「はい、先の戦で主力が出払った折に人狼族が侵攻して来まして……詳しいことは本部に姫がいらっしゃいますので、そちらで。どうぞお入りください」


 そう言って、門上へ開門の指示を出す守衛。

 程なくして重々しい木製の扉がギィッと音を立てて開いていく。


「わかった。恐れながら閣下、ご足労いただいてもよろしいでしょうか?」


「構わん、案内は任せて良いな?」


「はっ、ありがとうございます!」


 承影の案内で鬼の里へ足を踏み入れる。街並みは、やはりというべきか和風。似通った趣の木造民家が等間隔に連なり、その上では漆塗りの瓦が波打ち、チラと見える茶屋には暖簾がかかる。さながら江戸時代にやってきたかのような光景に、レオンは生前に訪れた京都旅行の時と同じ感慨を抱く。

 しかしそんな郷愁感や感動も次第に薄れ、やがて活気を失い、時間が停滞しているような静寂の街並みに不気味さだけでなく寂寥感すら覚えた。視界の隅に映った食べかけのまま放置された団子に虫が群がっている。


「この辺りの住人の気配がないということは、中心部へ人が集結しているということですね。行きましょう」


 案内されるがままに、奥へ奥へと進んでいく。

「若!」「ご無事で何よりです!」「若がお戻りになったぞ!!」「これで奴らも返り討ちだ!」

 奥へ入っていくほど人口密度は増えていき、承影を見た鬼人たちが希望を見出したように次々と歓喜の声を上げる。

 それに手を上げて堪える承影、そして本部へ辿り着いた。


「お待ちしておりました。どうぞこちらへ、姫の元へご案内いたします」


 本部で4人を迎えた案内役の初老の男に連れられ、かつては公民館のような施設だったろう建物の中へ入っていく。

 奥の部屋には、幾人もの鬼人が忙しなく行き来しており、中央の大きな円卓では10人以上の老若男女がアレやコレやと意見を出しあっては議論を白熱させていた。

 しかし彼らも、承影の存在に気づくと皆一様に歓喜の声をあげ、中には嬉しそうに駆け寄ってくるものもいた。その光景に承影の人望の厚さを感じながら、奥へ歩みを進める。

 部屋に入ったレオンの目を一層引いたのは、上座の議長席で机に突っ伏してスヤスヤと静かな寝息を立てる銀髪の若い少女だった。


「姫、お目覚めください。若がご帰還なさいました」


 案内役が少女を揺り起こす。


「んぅ、もう時間ですか。おはよう、ございま……ふぁ〜」


 目を覚ました少女は、目を擦りながらゆっくり上体を起こすと大きく欠伸して伸びをする。しかし、傍らに立っているレオン一行、中でも承影の姿を認めると、眠気も疲労も何もかも吹き飛んだ様子で飛ぶように立ち上がり、承影に抱きついた。


兄様にいさまっ! ご無事だったのですね、伝令のものから舞台の壊滅を聞いた時はっ……ぐずっ。兄様がっ、死んでしまったのかとっ!」


「心配をかけてすまなかったな、流石の俺も死を覚悟したんだが……運良く、そちらにいらっしゃるレオン様に出会い、命を救って頂いたのだ」


 承影に強く抱きつき胸板に顔を埋めると、次第に声を震わせて子供のように泣きじゃくる少女。

 承影はそんな妹を抱き返して優しく頭を撫で、少女が泣き止むまで彼女を優しく慰めていた。


「うぐっ。ぐすっ……失礼、大変お恥ずかしいところをお見せいたしました。兄を救って頂き、誠にありがとうございます」


 ようやく泣き止んだ少女は、真っ赤に腫れた目元を袖で拭うと、レオンの方へ深く頭を下げた。

 咄嗟にレオンは、前世のような丁寧な口調で応対しようとしてしまうが、それをすんでの所でピクシーに指摘される。


「構わん、面を上げよ。俺も承影には助けられてばかりだ。むしろ礼を言うべきはこちらだろうよ」


 口はあくまで偉そうに、しかし子を慈愛の眼差しで見つめる親の顔をしながら柔らかに微笑みかける。

 レオンだけではない、この場の全員が皆一様に、兄妹の再会を温かい目で見守っていた。


「ふふっ、レオン様は優しいお方なのですね」


 そんな不遜な態度を受けても、少女は口元を優雅に袖で隠しながら咲き誇る花のように可愛らしい微笑みを浮かべる。


「そうだろう。そして閣下は優しいだけでなく、とても強いお方なのだ」


 そうさりげなく、レオンを持ち上げる承影。

 すると、それに乗っかるようにピクシーも口を開いた。


「そうだよ! 閣下が本気を出せば、どんな奴でもみーんな瞬殺なんだから!」


 その2人の評価(大嘘)を聞いた周囲の鬼たちは、口々に感嘆の声を上げ、次第に期待を含んだ希望の眼差しを向け始める。


「嘘だろ!?」「でも遠征部隊が壊滅する戦場から若を救ったって事は……」「もしかしてもしかするの!?」「ああ! あの方がいればきっと奴らも!」


 そして、それを聞いた承影の妹がその場に両膝をついて正座し、綺麗な姿勢で三つ指をついてレオンに土下座する。


「レオン様。兄を救って頂いた御恩を未だ返せていない無礼を承知で、お願いがございます! どうか、お聞き届けいただけないでしょうか」


 直後、彼女に続いて周囲の30人以上の鬼たちも、一様にその場でレオンに土下座する。


い、発言を許す。言ってみろ」


 おおよそ内容に検討は付いていたが、レオンはあくまで尊大な姿勢は崩さずに形式的に尋ねる。恐縮した様子で少女が話し始めた。

 話の内容はこうだ。


 承影が主力を引き連れて里を離れた隙に、人狼族が攻めてきた。

 最初は地の利もあり、ある程度対応できていたが、人狼側が数の有利を活かして繰り返し里に攻めてくるだけでなく、兵糧攻めも始めた事で、畑は荒らされ、狩りに出ることもできなくなり、次第に食糧が底をつき始め絶滅の危機に瀕していた。

 最後の力を振り絞り、一族総出で反撃を企てていた所へ、承影を連れたレオンたちが現れた。


 その話を聞いたレオンは、内心全力で力を貸してあげたい衝動に襲われていた。

 しかし、「はい、わかりました」などと二つ返事はできない。


「——敵との戦力差はどのくらいだ?」


「こちらの戦える鬼人、およそ70人。対する人狼族は130体以上です。そして人狼は、1体でこちらの兵士1体と互角以上に渡り合います」


 それを聞いたレオンは、内心歯噛みした。戦争において数の不利は致命的だ。それが同格以上で60にもなれば殊更に。


(率直に言って心許ないな……)


 人狼と鬼人がこの世界基準でどのくらい強い種族かをレオンはまだ知らないが、少なくとも自分が知恵を出し、戦力としてゼンゼ、承影、ピクシーが加わっても勝てる気はしなかった。

 一方、レオンが思考する視界の端で、承影が跪いた。


「閣下、俺からもどうかお願いいたします。同胞を救いたいのです」


(承影がそう言うって事は、何か策があるのか? あると思っていいんだな!?)


 内心の動揺をポーカーフェイスで押し殺し、承影に視線を送る。

 その視線を受け止めた承影は、レオンにだけ見えるようにパチンッとウインク。

 数秒の沈黙が辺りを支配する。その場にいるレオン以外の誰もが緊張し、固唾を呑んで彼の言葉を待っている。

 そして数秒の思考の後、レオンが口を開いた。


「では、答えを出す前に1つ問おう。俺がその願いを叶えたとして、お前たちは何を差し出せる?」


 もし自分が本当に強かったなら、対価なんてなくても承影の仲間達を助けてやりたいと、レオンは本心から思う。

 しかし、レオンにその力はない。増して60に及ぶ戦力差がある相手、決して安請け合いしていい話ではないのだ。


「全てを。我が一族の全てを貴方様に捧げます。どうか我らに守護をお与えください。さすれば我らは、貴方様に忠誠を誓いましょう」


「「「「お願いいたします!!」」」」


 より一層低く、地に額を擦り付けんばかりの勢いで頭を下げる少女に続くように、周囲の鬼たちも声を合わせる。


(そういえば、生前も後輩からの頼み事には弱かったっけ……)


 かつての部下たちの事を思い出し、少し懐かしさを覚える。

 それを聞いたレオンは、大仰に頷き、道を共にする臣下に問いかける。


「良かろう。お前たちの覚悟、確かに聞き届けた。ならば、俺と我が爪牙そうがたちが力を貸そう。良いな? お前たち」


「寛大な御心、感謝いたします」


「閣下の御心のままに〜」


「(プルルル‼︎ プリュップリュッ‼︎)」


 こうしてレオンは、魔族の中でも上位種族と呼ばれる鬼人族の主となった。


 ————————————————————


 その日の晩——


 里の宿を借りた一行は、早速会議を始める。

 宿には人払いをしたこともあり、レオンも久方ぶりに素の話し方ができていた。


「で、受けたはいいけど、アテはあるの?」


 最初に口を開いたのはもちろんレオン。


「ああ。人狼族とは何度か俺も殺り合ったことがあるんだが、俺1人でも十数体は対処可能だ。そこにピクシーの魔法、ゼンゼの援護が加われば、俺たち3人でも殆どの雑兵は倒せると見ている」


 事も無げにそう言ってのける承影に、レオンは開いた口が塞がらなかった。

 一方ピクシーとゼンゼは、やる気満々と言った様子だ。

 事実、彼ら3人の相性は素晴らしい。ゼンゼが壁役兼スピードアタッカーとして敵の攻撃を引きつけながら、承影が中衛で火力支援、後衛でピクシーが魔法支援と、バランスが取れていた。

 だからこそ承影も確信を持ってこう言えたのだ。


「承影が強いのは道中で知ってたけど……単純計算でも並の鬼人10体分以上だったの!?」


「あぁ、そのくらいでなければ、鬼の頭目など務まらんからな。幸い、里の守衛部隊と防衛兵装もある。戦略次第では勝算は十分にあると思っているぞ」


「だってさ〜。戦略指揮はいつも通りレオンが適任だよね♪」


「(プニョン♪ プニョ~ン♪)」


 自信たっぷりにそう言ってのける承影と、その隣で楽しそうにクルクル空中で回転しながら宙を泳ぐピクシー、そしてレオンの腕の中で、気持ちよさそうに伸びるゼンゼ。

 そして最後に、レオンが諦めたようなため息をつく。


「まぁわかったよ。もう受けちゃった話だし、勝機があるなら全力でそれを掴みに行こう。確か予想される襲撃の日は4日後、って話よな?」


「あぁ、その通りだ」


「なら……幾つか作戦を立ててみるか。なぁピクシー、俺の袖に隠れて誰にもバレずにこっそり魔法を使ったりできるか?」


 顎に手を当て思考した後、何か思いついたらしいレオンが、変わらずに宙を泳ぎ続けるピクシーへ視線を向ける。


「うん? まぁ、できるけど……」


「よし。なら俺が前線に立つ時、俺が指を鳴らしたら魔法を使って欲しいんだ。状況に応じて使う魔法は一任する」


「でも、レオンが前に出る必要ってある?」


「鬼人たちや人狼族に、俺が口だけじゃないって誤認させたいんだ。じゃないと、そのうち実力がないんじゃないかって怪しまれるだろうしな」


「なるほど〜そういうことなら、承知しました。閣下〜♪」


 ピクシーは必要ないにも関わらず、揶揄うように閣下呼びをして、クスリと愛らしく笑う。


「後はそうだな、明日早速動ける人員を集めて——」


 前世でのシュミレーションゲームやストラテジーの知識に加え、50年の経験と知恵がレオンを知将と呼ぶに相応しいレベルに押し上げる。

 その晩は、レオンが少し楽しくなってきた様子で色々な作戦を立案し、3人がそれをブラッシュアップする作業が続いた。


 ————————————————————


 人狼族——

 東の草原を支配する一族。

 彼らは、四足歩行の狼の姿と、二足歩行の狼人の姿を使い分ける。

 単体でもB+ランク相当の実力を誇り、帝国基準でもBランク以上の聖遺物アーティファクトユーザー数名で対応しなければならない、人類にとっても決して無視できない存在だ。

 しかし、その真価は群れでの行動にある。

 優れたボスに率いられる群れは、A+ランク相当の実力を有する。

 言葉を発さずとも、彼らは思考を共有して連携を取る。

 草原、森、岩場、山岳などなど、戦場に左右されない実力を有する人狼族は、これまで最北の雪原を駆け抜け、徐々にここまで進撃してきた。

 目指すは人類国家。そのための拠点として鬼人の里を確保し、この一帯を支配する——予定だったが、鬼人族が想定以上に強く、数年にわたり一進一退の攻防を繰り返していた。

 群れも徐々に数を減らしてしまい、300以上いた群れも今では130程度まで縮小。

 このままでは種の滅亡も近いと焦りが滲み始め、撤退も視野に入れ始めた頃、厄介な鬼人の頭目と主力軍が出払ったと情報が入った。

 今なら忌まわしき鬼どもを討ち取れる、そう確信した人狼のボスは歓喜に打ち震えた。

 そして攻撃を繰り返し、少しずつ鬼人たちを疲弊させた。削りも十分……その日、新月の夜。ボスは満を辞して、進軍の合図である遠吠えをした。


 ————————————————————


 時を同じくして4日後、新月の夜。

 レオン率いる鬼人軍は、里で守りを固め——なかった。

 彼らが陣を敷いたのは山を下った平原。

 山道に続く道の前に武装した70人の鬼が立ち並ぶ。

 彼らの視線の先には、肩まで伸びた月ごと光を閉じ込めたような銀髪を夜風にたなびかせ、空よりも蒼く薄く透き通った瞳で彼らを見つめる一体のハーフエルフ、レオンの姿があった。

 姿勢を正して主の言葉を待つ彼らを見渡すと、レオンは口を開いた。


「諸君、ついにこの時が来た」


 彼の言葉に、その場の全員が跪いて耳を傾ける。


「先程の遠吠え。間もなく奴らが攻めてくるだろう。しかし怯える必要はない。忘れるな、諸君らは強い。諸君らにはこの俺がついている。故に、震え慄くのをやめよ。戦意を満たせ、殺意を研ぎ澄ませ。その先に、追い求めた勝利がある!」


 レオンが力強く宣言して締め括る。その瞬間、

 うおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ——————

 と、鼓膜が破れそうになるほどの大歓声が起こった。

 レオンの演説を聞いた者は、みな士気が向上し、熱狂の中にあった。

 承影は、自分自身をも鼓舞されてる事実に、レオンに詐欺師の才能があるのではないか、と疑いすらした。

 そして、直後大地を鳴らす無数の足音。

 人狼の群れが平原を駆けてくる。


「さぁ征こう、勇敢なる諸君! 我らが誇りを、武を示せ! これが我が覇道の第一歩である!!」


 大胆不敵、傲岸不遜に構え、右腕を真っ直ぐ前に突き出し進軍を指示する。

 たちまち、武器を構えた鬼達が怒号と共に敵へ向かって駆け出してゆく。

 生き残りを掛けた殺し合いが始まった。



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