ルナ(5)

 四方八方からの熱線を乱数機動と直感を駆使して、キース達は航空型フレスヴェルク猟狼型ハティの攻撃を躱し、時には同士討ちを誘発させて逃れ続ける。

 二人ともルナ程ではないとはいえ、過酷な戦場を戦い生き抜いてきた精鋭だ。容易にやられたりなどはしない。

 ……とはいえ。圧倒的な物量相手に、二人はかつてない苦境に立たされていた。


下三した3!」

「了解!」


 短い応答と共に、迫り来る三機の猟狼型ハティを二人は撃ち貫く。直後。散開。

 爆炎のとばりから残る一機が尚も突撃を敢行し、二人の元いた場所を口元のブレードで斬り裂く。無防備な背中にすかさず弾丸を叩き込み、撃破。

 爆発の音が鳴り響く中、キースは苦く歯噛みしていた。

 どうやら、〈スタストール〉の連中に上手く誘い込まれたらしい。キースとレイラの戦域はいつの間にか重なり、上空には航空型フレスヴェルクが、下部からは猟狼型ハティによる急襲がひっきりなしに襲いかかってきていた。

 現状、全方位三六〇度が警戒対象だ。それに加えてこの数だ。早急にどうにかしないと、二人とも死にかねない。


「そっちに突破できそうなのは!?」

『こっちは全然ダメ! キースの方は!?』

「俺の方も駄目だ!」 


 どうにか突破できそうなルートはある。……だが。

 そこへと逃げてしまえば、あの白鉄の竜――確か、指揮管制型ニーズヘッグだったか。と対峙している二人へと航空型フレスヴェルクの大群を引き合わせることになってしまう。あれを落とさなければコイツらは撤退しないし、戦闘も終わらないのだ。

 だから。それだけは、絶対にできない。

 驟雨しゅううのように降り注ぐ熱線を綱渡りのように回避し続けながら、キースは思考を必死に巡らせる。

 何とかしてこの包囲を抜け出さないと。でなければ、今度こそルナに本当の絶望を与えてしまう。それだけは。


『キース!?』


 悲鳴の様な声が聞こえてきて、キースの思考は霧散する。直後、視界の端に見えた火球に総毛立った。

 航空型フレスヴェルクの熱線の前兆だ。この状況では、 回避も反撃も間に合わない至近距離での。

 凍り付くような死の感覚が全身に走った、その時だった。

 突然その航空型フレスヴェルクが自壊の爆炎を巻き起こすのを、キースは呆気にとられた表情で見る。 


『な、なに……!?』


 通信機から聞こえてくるのはレイラの驚嘆の声だ。どうやら、これをやったのは彼女ではないらしい。

 では、誰が? 

 その問いは、直後に聞こえてきた通信の声に掻き消された。


『こちら第三独立魔術特科戦隊。戦闘に参加す!』


 聞いたことのある声と部隊名に、キースは目を剥く。

 第三独立魔術特科戦隊。数週間前にここシェーンガーデンで共闘した、連邦軍の魔術特科兵部隊だ。


『そこの二人! とっとと退がれ! また囲まれるぞ!』


 怒鳴りつける様な声が通信機に叩き付けられる。従わない理由もないので、キースとレイラは言われるがままに一旦その戦域を離脱した。

 退却するキース達に向かってくるのは、連邦軍の制式コートを着た黒髪黒瞳こくどうの少年だ。

 小銃を片手で巧みに撃つのを、キースは問いかける。


「お前ら、なんでこんなところに……!?」


 ルナといい、彼女と共に戦う少年といい。何故、揃いも揃ってこんな人類圏から遠い所に来ているんだ。

 どこか硬い声音で、彼は淡々と返してくる。


「俺達はフォースター大尉が撃ち漏らした〈スタストール〉を撃破しろとの命令を受けてここに来てる。……二人は、」

「奥だ」


 ふっと彼の視線が向くのを見ながら、キースはそれを告げた。


「……俺らの隊長ルナと共闘して、指揮管制型ニーズヘッグと戦ってる」





 指揮管制型ニーズヘッグが熱線を放つのを合図にして、レヴとルナは同時に左右に散開する。それぞれの方向へと回り込み、手に持つ剣に魔力付与エンチャントを付与。躑躅つつじ色に煌めく刃を全速力で突き立てた。

 直後。目を灼くような蒼白の閃光が瞬き、紫色の障壁がうっすらとその周囲に姿を顕現させる。雷鳴の如き大音響が耳をつんざく傍ら、レヴは短く舌打ちする。


「……やっぱりか!」


 何となく予想はしていたが。やはり、この障壁は全方向に向けて発生しているものらしい。……となると。指揮管制型ニーズヘッグを討つには、これを正面から突破する以外に術はない。

 障壁から一旦離れる傍ら、レヴは通信機へと叫ぶ。


「正面から突撃する! ルナ、やれるな!?」

『ええ!』


 即答されたのに少し複雑な気持ちが沸き立つのを押し殺して、レヴは指揮管制型ニーズヘッグを隔てた対岸から向かってくるルナを見据える。

 その一瞬を視界に捉えるだけでも、彼女が既に限界に近い事は明白だった。今にも倒れそうなのを、気力だけで何とか押し留めているかのような蒼白の顔。

 恐らく、これが最初で最後のチャンスだ。逃したり外したりすれば、この戦闘でレヴ達は負ける。圧倒的物量の前に、全員が死に絶える。

 指揮管制型ニーズヘッグの上空で互いの進路が交錯し、そのまま二人は間を開けて正面へと離脱する。十分に距離をとったところで、再び指揮管制型ニーズヘッグへと突撃を開始した。


 並走の最中、二人は指揮管制型ニーズヘッグが熱線を放とうとしているのを見る。左右に散開した直後、その間を極太の熱線が切り裂いた。

 熱を伴った衝撃波が頬を撫でるのを感じながらも、二人は突撃の手を緩めない。更なる加速をもってして、二人は指揮管制型ニーズヘッグへと吶喊していく。

 魔力翼フォースアヴィスの速力は、全速力ではレヴの方が圧倒的に速い。

 障壁に最初に刃を突き立てたのはレヴだった。激突の衝撃が全身を打ち、大音響と共に青白い閃光が視界を明滅させる。けれど、決してその手は緩めない。


「ルナ!」


 叫んだ直後に。ルナの剣が同じ箇所に突き立った。微かに剣が進む感覚。最後に〈ルイン〉の斉射が叩き込まれ、刹那視界が真っ白に漂白される。

 瞬間。眼前に阻んでいた障壁が

 すっと身体が進む感覚と同時に、視界が回復する。見えたのは指揮管制型ニーズヘッグの腹部だ。堅牢極まりない指揮管制型ニーズヘッグの装甲は、ここからしか貫けない。


「レヴ!」


 ルナの絶叫が耳を衝く。振り返らない。

 声の限りに叫んで、魔力の刃を白鉄竜の腹部へと突き立てる。機械のような、それでいて血肉のような感覚と、その先にある確かな核の感触。遂に捉えた。

 上部で〈ルイン〉の斉射音が聞こえる。集積していた熱球が消えるのを、レヴは肌で感じていた。

 力の限りに剣を横薙ぎに斬り裂く。核は完全には砕けていない。もう一度刃を突き立て。更に奥へと差し込み。縦に剣を振り抜いた。

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