ルナ(2)
いったい、基地を出てから何時間が経ったのだろうか。
陽の光はいつしか西の空へと傾いていて、雲一つない快晴の空を朱色に染め上げている。周囲に見えるのは、地平線まで続く雪原だけで。時々ぽつんと針葉樹が立っているぐらいだ。
緋色と青色のグラデーションに染まる空と、白銀に煌めく雪原。
その光景は、この世のものとは思えない程に幻想的で美しかった。
死ぬ間際にこんなものが見れて良かったなと、ルナはぼんやり思う。できることなら、家族やレヴ達とこの景色を共有したかったけれど。もう叶わない夢だ。
〈スタストール〉の
目を凝らした先、そこには地平線上に小さく蠢くものが横いっぱいに広がっていた。規模は恐らく一個師団規模。
「【■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!】」
直後に、神々しく、けれどもそれでいて悍ましい絶叫がルナの耳を
二度目の〈スタストール〉の
ここで〈スタストール〉を一機でも多く倒して、そしてその果てに一人孤独に倒れ逝く。誰も守れず、救えなかった私が唯一、誰かの役に立てる手段だ。そして、その末に私は家族の下へと帰ることができる。
誰も不幸にならない。皆幸せになれる、まさに一石二鳥の作成任務だ。
……そのはずなのに。この胸のざわめきはなんだろう?
首を振ってそれを吹き飛ばして、ルナは眼前の軍勢を見据える。この辺りに障害物は存在しない。正面衝突の戦闘しか選択肢はない。
〈ドラウプニル〉の引き金に指を掛け、〈ルイン〉を分離させる。黒鉄の銃口が夕日にきらりと瞬いた。
どうせ正面戦闘になるのは変わらない。ならば、先手を打った方が楽だ。そう判断して、ルナは
あれと刺し違えさえすれば、他の有象無象達は侵攻してこない。レヴ達の基地を〈スタストール〉の脅威に晒さずに済む。
「…………よし」
敵情偵察と配置はだいたい把握し終えた。あとは周囲の
ふう、と短く息をつく。どんどん鮮明に、そして近付いていく
合計五つの射線がそれぞれ別の
四方から緋色の熱線がルナへ目掛けて放たれる。それを目視と直感だけで躱し、巧みに
落としても落としても前へと進まないのを、それもそうかとルナは頭の片隅で思う。一個師団。それは常識的に考えて一人が拮抗し、ましてや押し返したり突破できるような規模の兵力ではないのだ。
空になった弾倉を投げ捨て、
「ぐ…………!?」
僅かな隙に放たれた熱線がルナの左腕を穿つ。直撃だ。いくら
直撃した部位の衣服が燃え尽き、その熱が肌へと当たって穴を開かせる。即座に治癒魔術を起動し、応急処置。
皮膚の貫通ぐらいならば、自力で治せる。
ぎりと奥歯を噛み締め、射線の来た方を睨む。照準を合わせるなり、〈ドラウプニル〉の引き金を引いた。
もう聞き飽きた銃声が鳴り響き、鮮緑の光線がその先の
もう何度見たのかも分からない光景には目もやらず、ルナが見据えるのは唯一。最奥に悠然と佇む
それが余りにも遠かった。
「かはっ…………!?」
咳と共に口から血が流れ出る。
まぁ。魔力で作動し弾丸を撃ち出す〈ルイン〉をこれ程酷使しているのだから、当然ではあるのだが。
好機と見たか、
重たい身体を叱咤して、ルナは〈ドラウプニル〉と〈ルイン〉の照準を定める。
同時に五機の
「な…………」
そこには、既に別の
瞬間。小さく燃えていたものが、ぷつりと途切れる音がした。
――駄目だ。勝てない。
ルナの身体は既に満身創痍。何重にも重なる包囲網を、速度と治癒魔術に任せて強引に突破するのは不可能だ。かといってこの包囲を抜け出せる火力は今のルナにはなく、
つまり。それが意味するのは。
「……やっぱり、私は何も守れないんだ」
ルナがここで斃れても、彼らは止まらない。
包囲を完了した
「…………ごめんなさい」
ぽつりと悲愴な声が溢れ出る。絶望の中、緩く瞑目して迫り来る死をただ泰然と待つ。その時だった。
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