再会の焔(5)
割れた窓から兵舎を抜け出して、四人は駆け足で隣の建物へと移動する。建物といっても、例に漏れず敵によって爆破されているために、その原型は殆ど留めていない。見た目には、ただの瓦礫とちらちらと燃える残火の集まりだ。
それでも、狙撃兵の存在が確認されている以上、兵舎正門方向から身を隠せるこれは非常に頼りになる障害物になる。
反撃に出れない中で狙撃兵の視界に映るなど、自殺行為に等しい。それだけは、絶対に避けたい行動だ。
レヴが先導しつつ、四人は無言でその瓦礫のそばを中腰で駆けていく。敵に発見されてはいけない状況下故に、強風の発生する
……もっとも、レヴの場合、現在の状況下ではどのみち使用できないのだが。
瓦礫の端へと到達して、次の建物――だった瓦礫までの間を、四人は全速力で駆けていく。それを数回繰り返しているうちに、銃声はどんどん大きくなっていった。戦闘の緊張感と、血と硝煙の匂いが、近寄る度に増していくのを肌で感じる。
次の瓦礫を見渡した先、一つ跨いだ先にはまだ無事な建物が見えた。その影には、一人の人影が見える。戦闘方向から察するに、臨時司令部を守る防衛線の最外部の兵士だろうか。
相手もこちらに気付いたようで、その兵士は咄嗟に銃口を向けてくる。が、すぐに敵ではないことを察したらしい。構えていた銃をゆっくりと降ろしてくれた。
『君ら、新兵の生き残りか!?』
個別回線で、その兵士は訊ねてくる。快活そうな青年の声だった。
代表して、アルトは彼へと返答する。
「そうです。指揮所はこの先ですか!?」
『ああそうだ。いいから早くこっちに! こっから内なら俺らが守ってやれるからよ!』
「……分かりました!」
青年との回線は途切れ、その後に四人は次の瓦礫へと走り込む。無事に渡り切って、再び視線を前へと向けた先、青年兵は元いた建物の端まで歩み寄ってきていた。再び、彼の快活そうな声が通信機に響く。
『援護する!』
言われて四人は目を見合わせる。
最初に口を開いたのはレヴだった。
「アルトが最前列、その後にレーナ、リズが続いて。
「だ、駄目よ! それじゃあ、レヴが……!?」
当然かのようなレヴの言葉に、レーナは狼狽える。
――
安心させるように微笑んで、レヴは優しい声音を作ってレーナへと告げる。
「大丈夫だよ。心配しないで」
「で、でも…………!」
なおも言い縋ろうとするレーナを、アルトが肩を掴んで引き止めた。彼は真剣な眼差しでレーナの真紅の瞳を見つめる。
「いい加減にしろ。今はお前の感傷に付き合ってられる状況じゃないんだ」
冷然とした言葉に、レーナははっと目を見開く。ふ、とアルトは笑った。
「悔しいが、単純な移動ならこん中で一番優秀なのはレヴだ。……それに、あの人の援護もあるんだ。そうそう死にはしねぇよ」
ちらりと、心配そうな瞳を向けてくるレーナに、レヴは安心させるように微笑む。
「ま、そういうこと。……ほら、早く行って」
黙りこくるレーナの横で、アルトは淡々と告げる。
「……じゃ、俺が三つ数えた後の合図であっちに渡る。それでいいな?」
アルトの言葉に、レヴ達は無言で頷く。
「じゃあ、いくぞ。…………
一拍置いて。アルトは、四人にだけ聞こえる声量で告げた。
「――――
掛け声と共に、前の三人は隣の建物へと目掛けて全速力で駆け抜ける。その間、青年兵とレヴは通路の両端から敵方向を睨み据えていた。もし、襲撃があったとしても、それに対処する為だ。
最後尾のリズが通り過ぎたところで、通信機越しにアルトの声が届く。
『よし! こっちは全員無事だ!』
安堵したのも束の間、レヴは了解と返して対岸の建物目掛けて走り始めた、その時だった。
突如、爆声が周囲に響き渡った。
その大音響と光に驚いて、レヴは咄嗟に目を瞑ってその場に立ち止まる。
崩れ落ちる建物の飛散した破片が、耳に付けていた通信機を叩き割った。ここは危険だと咄嗟に判断し、レヴは来た道を後ずさる。
「クソッ!」
砂煙の中で青年兵の苦しげな声が聞こえ、直後に、瓦礫の下から一閃の緑の光線が遠くの建物へと放たれるのが見えた。
ぎっと歯ぎしりしながら、レヴは射撃方向をきつく睨み据える。
恐らく、今のが兵舎を襲ったものだろう。威力から察するに……魔術で爆発規模と貫徹力を強化した
近くに砲兵らしきものが見えない以上、この弾丸は対戦車ライフル相当のもので発射されたものだろう。ただの小銃や機関銃ならば、貫徹力こそあれ建物を崩壊させるような爆発力は付与できない。
……となると。今、動かなければ、今度はレヴがあの爆発の餌食だ。
そう判断し、レヴは瞬時に隠れていた瓦礫から飛び出て対岸の瓦礫まで突っ走る。
砂煙が上手く煙幕の役割を果たしてくれていて、相手からはどうやら見えていないようだった。
半分ぐらいまでを走り抜け、砂煙も風に吹き飛ばされて晴れる頃。
左から、突如銃声が鳴り響いた。ちらりと視線を向けた先、銀色の長髪が突撃してくるのが見えた。レヴは咄嗟に敵と判断し、持っていた拳銃の銃口を振り向ける。
そのまま撃鉄を引き、発砲。
しかし、その弾丸は敵兵には当たらず宙を飛んでいく。銃声に怯む様子もなく、敵兵は真っ直ぐ銃剣で突撃してきていた。レヴはちっと舌打ちしつつもそれを間一髪のところで回避し、即座に振り返る。体勢を整えて振り返ってくる敵兵に、拳銃を突き付け、引き金を引こうとして――指が止まった。
黒い外套から覗くのは
見覚えのある容姿に、レヴは目を見開く。
滅多に発現しない、
レヴは瞬時に確信する。その眸、髪の色は。
間違いない。間違うはずがない。今、目の前にいる敵兵の少女は。
「ル、ナ…………?」
ルナ・フォースター。六年前に別れた、大切な幼馴染の少女だ。
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