第36話



 おじさんには、ちゃんと経緯を説明した。


 案の定かなり怒られた。


 高校生が彼女とお泊まりなんて、親の立場上そう簡単に許可を出すわけにはいかない。


 ただ、その点に関しては、「彼女のおばあちゃん家」って事で、渋い顔をされながらもなんとかオッケーをもらった。


 問題は、退院したばっかりってことだった。


 体調も万全ってわけじゃないだろうし、まだまだ経過観察の段階だ。


 脳挫傷で入院してた分、退院したあともひょっとすることがある。


 おじさんの口撃に何度も頷いてしまう自分がいた。


 私だったら、「はいそうですね」で後ずさるところだった。


 反撃の余地がないだもん。




 だけど祐輔が、一歩も引かなかった。


 私からすれば、すごい迷惑な話だ。


 話さなきゃいけないのは私なわけだし、祐輔がいくらおじさんのことを睨んでても、それが届くことはない。


 その都度連絡するとか、友達を同伴するとか、あること無いこと言って、説得を試みようとしてた。


 それを「言葉」にするのは私なわけだ。


 あと、実践するのも。



 2人に板挟みにされながら、口論を繰り返した。


 息子の体調を気遣うおじさんと、彼女との約束を守りたい祐輔との一騎討ち。


 正論を連発してくるおじさんが優勢で、反論する手数が少ない祐輔は、終始劣勢だった。


 約束したことだし、とか、高校生活もあと1年だし、とか、説得するには今一つの印象で、「こんな状況でお前を1人にさせるわけにはいかない」というおじさんの言葉が、グサッと心に突き刺さった。


 おっしゃる通りです。


 約束してるからと言っても、事故に遭ったんだから保留になったってしょうがない。


 高校生活があと1年と言っても、来年も夏休みはある。


 そんなことより自分の身に何かあったらどうするつもりだ?


 それに対する明確な答えが、絞り出せずにいた。



 祐輔は唇を噛み、頭を抱えていた。


 どうにか納得してくれる術はないか、悶々と考え込みながら。

 



 口下手な祐輔に変わって、私は私でおじさんを説得しようとした。


 祐輔を見て、諦めようってウィンクしたけど、ダメだったんだ。


 埒があかないと思って、とにかく喋り続けた。


 どうせ2人とも引き下がらないんだ。


 だったら、やれるところまでやってみよう、と。




 最終的には、おじさんも折れてくれた。


 「人生で初めての彼女なんだぞ!」って、心の底から叫んだら。


 …我ながら、なんて悲しい発言なんだって思う


 でも事実だし、必死に捲し立てようとする祐輔を見て、ちょっとだけ応援したくなった。


 それで、つい…



 「お前な…」


 「なんですか」


 「なんですかじゃない。最後のあれ、失礼だろ」


 「でも事実でしょ?」


 「事実だけど…」


 「おじさんも同情してくれたじゃん」


 「あれは同情っていうか、悲壮感が伝わったっていうか…」


 「あんたたちの口喧嘩に付き合わされる身にもなってよ」


 「俺は喧嘩してたつもりはない」


 「言っとくけど、私が会話の仲介じゃなかったら、絶対にオッケー貰えてなかったからね?」


 「…はいはい」


 「で、どうするわけ?」


 「とりあえず準備しよ。着替えとか、諸々」



 彼女にもらった50000円は、ちゃんと返すようにとおじさんに言われた。


 代わりに出してもらった。


 元々祐輔もそのつもりみたいだった。


 その場の勢いで受け取っただけで、本気でそれを使うつもりはなかったみたいだった。


 …ってか、彼女も彼女だけどね…


 いくら彼氏とは言え、そんな大枚叩いて九州まで来てもらうとか、どういう心理状況なんだろうって思う。


 ボストンバックに服やら歯ブラシやら詰め込み、出発の準備をした。


 明日の朝、始発で旅立つ。


 5時に起きる。


 6時間の長旅だ。



 さて、どんな旅になるのやら。

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