第8話


 「祐輔…。三夏ちゃんはまだ目を覚ましてなくてだな…」



 目を覚ましてない…?


 状況が飲み込めなかった。


 わけわからないでしょ


 目を覚ましてないって言ったって、私はここにいるわけだし…




 母さんは戸惑ってた。


 私の言葉だけじゃなくて、今の、…この状況に



 ベットの上に寝ている人。


 さっきまで、母さんはあそこにいた。


 あそこに寝ている人は誰…?


 母さんの知り合い…?


 でも、そうだよね。


 じゃなきゃ、わざわざ見に行かないだろうし。



 「あそこにいるのは三夏よ」


 「…私??」


 「…よくわからないけど、祐輔君は、三夏と一緒にいたの?」



 あんなヤツと一緒にいるわけないでしょ。


 っていうか、なんで祐輔がここにいるのかもよくわかってない。


 …でも、…待って


 私??


 私があそこにいる…?



 ベットから起き上がろうとした。


 体が痛いから、思うように動けない。


 腕には点滴が刺さってて、邪魔だ。


 シーツをはぐった。


 足元には履くものが何もない。


 でも、そんなの関係ない。


 無我夢中で歩いた。


 おじさんは「動くな」と制止してきた。


 言葉は頭の中には入ってこなかった。


 今すぐに、確かめたかったから。


 ベットの上にいる人が「誰」か。


 いったい、誰のことを見てたのか。




 ………



 …………………嘘



 ……………………………でしょ?




 あり得ない光景が、また、目の前にやってくる。


 近くに立ち寄って見ると、顔が見えないほどに包帯が巻かれ、血が滲んだ顔が、そこにあった。




 …だけど、そんなことより…




 アイロンがけに失敗した髪。


 指先についた、オレンジ色の絆創膏。


 顔は見えなくても、なんとなくわかった。


 わかりすぎるほどにわかった。


 …だって


 だって毎日のように見てる。


 自分の顔がどんな形かはわかってる。


 おでこだって、皮膚の色だって…




 愕然としたんだ。


 いつも目にしてる、——鏡の向こうにある姿が、目の前にある。


 「自分」がそこにいる。


 それがどんな“異常事態”かを、はっきりと整理することができない。


 自分が…いる…?



 そんな…


 …そんなばかなことが…

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