第6話 あの部屋
俺が臨時の生徒会長になってから、数日が経った。
経緯が経緯だ。クラスメイトやなんかに色々と言われては面倒くさい、と思っていたのだがそれは杞憂に終わった。
教室でも廊下でも、少なくとも俺の知る限りでは特に話題に上がる事はなく、ただ親しい友人がすれ違う度に挨拶の代わりか、それとなく口にする程度だった。
「あっ、蒼井先輩」
廊下ですれ違った斎藤は、俺に気が付いて声をかけた。
「今日、放課後に生徒会室に来れますか?」
「なんかある?」
「いえ、特別なものではないんですけど…」
「俺は、基本仕事はしないって言ったぞ」
「いえ、そう言うのではなくて」
「そういうのでなくて?」
「顔合わせをしたいな、と思いまして」
「顔合わせ?」
「はい。修学旅行に行っていた中3の二人が帰ってきているので、顔合わせを、と」
そういえば,うちの修学旅行はこの季節だった。
「先輩、彼らにまだ会ったことないですよね」
俺は去年の3月で生徒会は一度辞めている。
だから、その時にいるメンバー、つまり斎藤しか知らないわけだ。
「臨時で、メインは私たちと言っても会長ですし、顔くらいはお互い知っておいた方がいいでしょう」
「あぁ、そうだな。じゃあ、放課後」
「ありがとうございます」
「いや、礼を言われるようなことじゃないと思うけど」
「確かにそうですね、発言を撤回します」
いや、わざわざ発言を撤回するようなことでもないような気がするが。
「じゃあ、よろしくどうぞ」
「あぁ、よろしく」
「草野先輩のお気に入りでしたから、楽しみにしててください」
「分かったよ」
***
放課後とは、騒がしいように思えて存外寂しいものだ。
寂しいとは言っても、音がないわけではない。
グラウンドからは野球部だかの練習の音がしする。
教室からは、補修や部室のない小さな文化部たちの音が漏れている。
時折響く吹奏楽部の練習だか演奏の音も聞こえる。
でも、昼休みの方が教室も、廊下も、校舎全体が騒々しい気がする。
きっと、騒ぐような連中にとってみたら、帰るも残るも自由な放課後よりも、色々制限が付いている昼休みの方が騒ぎがいのある時間なのだろう。
昼休みの乱雑な騒々しさは、調律された音が合わさって聞こえる音に比べ煩い。
「私は静かな方が好きですけどね」
「静かさは騒々しさを超えた先にあるから静かなんだよ」
「別に先輩って昼休みに騒ぐ陽キャ系じゃないですよね」
「傍観するだけで、心が明るくってもんだろ?」
「しばらく関わらない内に、随分と陰キャを極めてますね、先輩」
生徒会室に行く途中、鍵を取りに職員室に行こうとしたら、斎藤と会った。
それで放課後トークをしながら生徒会室に向かっている。
ところでだが、本校の校舎配置は面倒くさい。
コの字型で、拡張性がない故に普通の教室と音楽室、図書室しかない本校舎。
実験室が集められた実験棟。
体育館に、道場棟。
まだまだあるが、これらの施設への移動はもちろん全て歩き。ちなみに屋根がついていたりとか言う配慮はない。
もはや学校と言うよりかは、集落であると言えるだろう。
さらに言ってしまえば、一部は公道も跨がなければならない。
生徒会室も例に漏れず外を移動しなければならない。
生徒会室くらい本校舎に作ってくれてもいいものだが、部活棟にわざわざ配置されているのは、スペースの問題か、はたまたやっかい事に巻き込まれがちな教員からの当てつけか。
「空暗いですね」
昇降口から出て空を見上げると、その暗さがよく分かる。
「今朝、雨降ってたし、この空模様だと夜も降るかもなぁ」
「そうですね」
「斎藤、傘持ってるか?」
「生徒会室に歴代の忘れ傘があるんで大丈夫です。まぁ、いくらか壊れているかもしれないですけど」
灰色の空に、いくつかどんよりと浮かんでいる、空よりも濃い灰の色ををしている雲。乱雑に固められた、まるで出来損ないの油粘土のような、鈍い鼠色。
「こんな天気ばっかだと飽き飽きしますよね」
「まぁ、秋雨じゃないか」
「区分や体感の面から言えば、今は初冬ですがね」
「ややこしい世の中になったよなぁ」
***
部活棟一階。
本校舎から最も遠い校舎のうちの一つであるこの棟
メインの入口を入ると、広い玄関のようなものがある。
「ここ、無駄に凝った作りしてますよね」
校舎とは思えない白の石のような床。
玄関の少し奥にホールのようなものがついたそこそこ洒落た作り。
天井がもう少し高ければもう少し立派に見えたことだろう。
「昔、どこだかの大学の施設を買い取ったからって言われてるぞ」
そんな買取校舎こと部活棟の一階に、それはある。
いくつかの部活の扉がある廊下を、いくらか進んだ先。
白で塗られ、周りの生物部やPC研と比べて小綺麗な印象を与える扉。
その扉の横に立てかけられた、腰ほどの高さの看板が、この部屋の何たるかを示している。
「なんだか、懐かしい気がするな」
「3月までは毎日のように来てて、それからは来てないかもですけど、そんな懐かしいもんなんですか」
「まぁ、そんなもんと言えばそんなもんだけども」
今まで生きてきて、これほどまでの懐かしみを覚えたことは数えるほどしかない。
「鍵、開けますね」
鍵を持っている斎藤が、鍵穴に指した。
錠がガチャンと回されて開く。そのままドアノブも回され、扉が開く。
「先どうぞ、蒼井先輩」
「ありがと」
目の前に広がる空間。
扉の向こう。俺は、まだ灯りのついていない暗がりに踏み込んだ。
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