「君と私の死について。」
かみさき
君と私の死について。
彼女を殺してしまったのは多分……僕なんだ。
「あちー。もう秋なのに……。なあ翔太郎、アイス食いに行かね?」
「わり、今日あの日だからさ」
「あー、そっか。もうそんな時期か。俺のこともよろしく伝えといて」
「了解」
九月初頭。本当であれば、猛暑が引いてきて秋の味覚に胸を躍らせるそんな時期のはずだが、各地では未だに、猛暑が続いていた。そんなある日、私、
彼、
翔太郎くんは私が死ぬ前に付き合っていた人。いや、死ぬ前に別れようとは言っていないからまだ付き合っていることになるのだろうか。
私が死んだのは一昨年。翔太郎くんとのデート中に事故に遭った。相手の飲酒運転が原因だったのは死んでから知ったことだ。
翔太郎くんは私の所に来る時、いつも無口だ。ただ名前も知らない綺麗な紫色の花を置いていくだけ。
「ねえ、その花の名前ってなに?」
「……」
当然のことながら幽霊の私が話しかけたところで声は届かない。花が好きな彼から貰う綺麗な花がプレゼントではなく、供え物なのだから神様も酷い。
私が翔太郎くんを意識したきっかけはほんとにシンプルなものだった。みんなに平等に優しいから。
道で困ってるお婆さんはほっとけないし、日直が風邪の時なんか先生が代役を立てる前に仕事を全部終わらせてしまう。きっと、彼は自分の事を優しいとも思ってないと思う。
昔から少し容姿が整っていた私に、近づくための優しさは嫌になるほど経験してきたけど、平等に優しいのは初めてで、どんどん惹かれていった。
ちょうど私が死ぬ一年ほど前だ。翔太郎くんと付き合ったのは。
クリスマスの夜。なかなか告白できないでいた私に、翔太郎くんから告白してくれた。
それから一年間、いろんな事があった。お互いの家にお泊りもしたし、夏は花火をして冬はイルミネーションを見に行って……喧嘩もたまにしたけど、大体は私の我儘だった。
私が死んだのも私の我儘のせいだ。あの日、サプライズに憧れてた私に君は内緒で準備をして、わざと集合時間を別々にして私を喜ばせようとしてくれたよね。
私がそれに気づいたのは死んだ後だったな……。それでも、凄く嬉しかったんだよ。だから、君は何も悪くないよ。
君は私が死んでから変わってしまった。私が大好きだった笑顔も、読書をする姿も此処に来てから見れていない。まるで昔の君は死んでしまったかのように、他人も避けるようになった。
きっと君の事だから、自分を悲観して「私を殺したのは僕だ」とか思ってるんだろうね。
私のことはもういいよ。君は……翔太郎くんはもう私に縛られちゃいけない。私が好きな翔太郎くんはね、優しくて笑顔が胸を暖かくしてくれて、読書が大好きで好きな作家の話になると目を輝かせて話してくれて、上げたらキリがないくらい魅力がある。そんな君だよ。
「だからね、もう……。私を忘れてほしいな……」
聞こえないのに呟いて、勝手に泣いて、どこまで私は我儘でずるいんだろう。
日が沈み始めている中、聞こえてきた声で、私は自分の世界から返ってきた。彼が来てからそれなりの時間が経っている。それでも彼は、まだ此処にいた。
「翔太郎くん! あの、この前の返事って……」
走ってこの墓地まで数百段ある階段を上ってきたんだろうか。見知らぬ彼女は、息を切らしながらそう言った。
私が死んでから、この手の話が彼の周りから離れなくなった。その度に、私を忘れて告白を受けてほしいという思いと、他の人に取られたくないと脳と心が真逆を叫ぶ。
「ごめん。君の気持ちには応えられない」
淡々とそう告げられた彼女は、一瞬うつむいたものの、それから一拍おいてもう一度彼を見据えた。
「そう……ですか。あ、あの……理由を聞いても良いですか」
理由。正直、私も気になっていたが、例え彼に声が届かなくとも、それを問うのは私の脳も心も許さなかった。それが自分のせいだとわかるから。
「理由……か、多分、彼女がいるから……だね」
「でも、翔太郎くんの彼女さんって……」
「うん。ここに眠ってるらしい」
彼がそう言った時、なぜか彼は墓よりも高い位置に目線を置いていて、心なしか一瞬、目が合った気がした。
「それってまだ、花井さんの事を……?」
「うん。まだというか正直、瑠夏さんを忘れて他の人と、なんてこの先もできない気がするな」
そういう彼は頬を染めていて、少し照れくさそうだ。
「あはは。やっぱり面白いですね。翔太郎くんは。花井さんが羨ましいな」
「でしょ。でもね、彼女を殺してしまったのは多分……僕なんだ」
それは違う。否定しようと思わず彼に手を伸ばした。それを見計らったかのように、どこからか風が吹いてきた。
その風が、言葉を運んだのか。彼は微笑んで——
「やっぱり」
意味は分からない。それでも彼の目は、告白してくれた時のあの優しい目だ。
「瑠夏さん。久しぶりだね」
彼が次に放った言葉はそれだった。意味を理解するまでに何度彼の「瑠夏さん」と呼ぶ声が頭でリピートされたか分からない。この期に及んで私はまだ彼が大好きなのだと気づかされる。
「どういうこと……? いつから……」
「いつからって言われると、ちょっとわからないけど。多分、瑠夏さんが此処に来た時からだと思う」
「最初からってこと? じゃあ何で無視を……」
「いや、視えてたわけじゃないし聞こえてたわけじゃないよ。でも、瑠夏さんが此処にいるって感じがしたんだ」
彼は目から水を溢しながら、そう言った。それを見て気づいた。
私はどこかで「君が私を忘れればいい」そう勝手に人任せにしていた。忘れられないように、彼を見張るように、此処に留まったのは私なのに。
「ごめん……。ごめんね。私のせいなのに……」
「違うよ、瑠夏さん」
そう言った彼の手には、いつもお墓に添えられるあの美しい紫色の花があった。
「いつも、うっすらと存在を感じていたんだ。瑠夏さんはきっと、この花の名前を聞いてくるんだろうなって勝手に妄想したりして。今までは勘違いだと思ってたけどね」
彼が、どんどんいつもの、私が好きな彼に戻ってきて安心しつつ、少し悲しいと感じてしまっている自分がいる。そんな私でも包み込むように、彼は話を続けた。
「この花はさ、
その話を聞いた時、いや正直話は入ってこなかった。何故か私は、彼を見つめてぼーっとしていて「やっぱり翔太郎くんは優しいな」とか「笑顔が眩しいな」とか無意識に考えていた。多分、もう時間がないことを体が教えてくれているんだ。私が、彼が優しいことにやっと気づいたから。
彼は優しい。だからきっと、私の事も忘れない。忘れない事が、包む事が、彼の優しさであり、私が望んだ彼への呪いだ。その事に気づいて、私が私自身を拒絶した。
「そっかぁ。翔太郎くんはそんなに私のことが好きなんだね。ちょっと照れちゃうな、えへへ」
「うん。大好きだよ。今までも、これからも。絶対、忘れたりしない」
「気障だね……。うん……ほんと。そんな君に……プレゼント!」
最後の勇気だ。告白された時より、君を思っているけれど……その告白を無くそうと思う。
気持ちは聞けた。最後に話もできた。死人の私には、十分すぎるご褒美だ。
「カバンの右ポケットを見ること! 分かった? こんな私を好きになってくれてありがとう、幸せだった」
「え、ちょっと待って……。何を言ってるの⁉」
あはは、そんな絶望した顔しないでよ。私は、君の中で生きてた。それが知れただけで、十分だよ。
「翔太郎くん。私が言いたいことは一つ! 幸せになってね」
◇
僕は、彼女の言うままに右ポケットを見た。中に入っていたそれを取り出して、彼女の方へ向き直った時には既に彼女は消えていて、予想できたはずの事は、現実となって僕を絶望させた。
「……っ!」
プレゼントは手作りの栞だった。恐らくあの日、こっそり僕のカバンに入れたのだろう。表面には花が押してあって、正直驚いた。その花をまさか彼女が、わざわざ選ぶとは思わなかったから。
だがおかしい。その花を見た時、確かに懐かしい顔が浮かんだ。でもそれは、数秒経った今ではうっすらと浮かぶこともせずに完全に僕の記憶から消えていた。
「黒いアムネシアか、なんで僕に。というか誰が? そもそもなんで僕は墓地にいるんだ」
「あの、翔太郎くん? 返事って」
色々とよく分からなかったが、この人の告白の返事にここに来たんだと無理矢理にも理解しようとしている自分がいた。まるで、何かに脳を操作されているかのように。
「ああ、ごめん。付き合うのは無理かな、僕には彼女が……」
「え⁉ 翔太郎くん彼女いたの?」
「え、いや、いなかった……はず」
僕から、何かが消えるように太陽は沈み切って、辺りを特にただ一つの墓を隠した。
それから、何か大事なものを無くしてしまったかのような喪失感は、幻と思わせるほどあっさり消えて、日常は緩やかに進み始めた。
”メキシコではこう言い伝えられてるそうだ。「人間には“三つの死”がある、一度目は心臓が止まった時、二度目は埋葬や火葬をされた時、三度目は人々がその人のことを忘れてしまった時だ」と。”
「君と私の死について。」 かみさき @kamisaki727
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