第18話 ホントに、だれ?

 外から見えないように、壁に張り付いて身を隠す。


 古びたコンクリートは仮想ボディと同じく電脳体なのですり抜けることはなく、ザラザラとした触感はまるで本物のようだ。細かく崩れた破片が足元に散らばっており、靴で踏むと硬さを感じた後に脆く砕けてしまう。

 これほどのリアリティが、すべてバーチャルだとは。

 プログラムで作りだされた仮想の世界だなんて、ランには想像すら及ばない領域であった。


 ……などと、感慨に浸ってもいられない。


 今のところは誰にも見つからずに済んでいたが、決して安心できる状況ではなかった。

 そう遠くないところで絶え間なく、ドカンボカンと派手な爆発が起こっては建物が倒壊している。ついさっきだって、窓のすぐ外を他の選手が銃を乱射しながら横切っていった。


「いつ見つかっても、おかしくない」


 呟いてみる。

 電脳の仮想ボディに拍動なんて存在しないのに、心臓が口から飛び出るほどに高鳴っている気がして胸を押さえた。


 割れ窓から顔だけ覗かせて外の様子を見かけると、さっき見かけた選手がまた別の相手と遭遇したところだ。

 サブマシンガンを全開にして弾幕を張る選手に対して、相手は建物や屋上の設置物なんかを盾に飛び回って距離を取りながら、背中にゴツめの機械を出現させる。

 翼のような形状のオプションにはいくつもの射出口が並んでおり、次々に紅炎を噴いて発射される――小型ミサイルが。

 物陰から放たれたミサイル群は左右に分かれ、建物を大きく迂回して選手を挟み込むように強襲する。サブマシンガンが左舷からのミサイルを撃ち落としたものの、右からの攻撃までは対処が間に合わないと判断したのか回避行動。


「あっ!?」


 選手が身を翻した直後、空を切るかに見えたミサイルがその弾道を変化させた。明らかに意図を持って選手の方へ、右へ避けようと下へ逃げようと追いかけていく。選手は飛翔しながら後ろ手に乱射して、一つまた一つとミサイルを落としていくが、ついに弾幕を切り抜けた一発が背中に直撃した。

 小さな炎が咲いて、ノイズの走った体が痙攣したところに、ミサイル群の第二陣が到達。多重爆発が巻き起こり、数秒後に黒煙が消えた後には、完全にフリーズした選手だけが残されていた。

 選手はしばらく宙に浮かんでいたが、やがて淡い光に変化したかと思うと、影も形もなく消失してしまった。ルールにのっとり、脱落者はその時点で現実世界へと送還されるのである。


「……そろそろ、場所を変えようかな」


 一通り見届けたところで、ランも動き出した。

 先ほどから、少しずつ爆撃音が近付いてくるのが気になっていたのだ。ランの位置からでは見えないが、別の戦闘が起こっているのだろう。

 音のする方角と、1キルを挙げたミサイル使いが去っていく向きを確かめて、安全そうな窓を選んで屋外に出る。


 敵影なし。

 隣のビルまで、目算5メートルほど。

 人目を警戒しつつ、飛び移れ。


 ドカアァァァァァン!!


 折も悪く、窓から飛び出したのと同時。

 はす向かいに建っていた、ひときわ大きなビルが爆撃された。巨大なコンクリートの塊が倒壊し、瓦礫まじりの煙を喰らってランは吹き飛ばされ、地面に叩き付けられた。バウンドし、壁に弾かれてピンボールよろしく跳ね回った後、ほうほうの体で倉庫か何かに逃げ込む。


「痛たた……くは、ないんだっけ」


 条件反射で腰をさするが、実際のところダメージは軽微だった。色々とぶつかって仮想ボディにノイズが生じているが、深刻なフリーズには至っておらず、あっという間に修復される。


 そんなことより、注意すべきは外だ。

 もしかしたら、吹っ飛ばされたところを誰かに見られたかもしれない。隠れ続けるには不安があり、早々に立ち去りたい局面だが、今の爆破でだいぶ見晴らしが良くなってしまった。これでは、下手に動くのも危険である。


 さて、どうするか。


 決断をせまられたランは逃げ込んだ倉庫の中を見渡して……そして再びドカァァァン!

 頭上から轟音が降ってきた。

 すぐに外へ逃げたので下敷きは免れたが、倉庫内は一瞬で瓦礫に埋め尽くされ、屋根には大穴が空いてしまっている。

 もうもうと舞い上がる砂塵を見上げたランは、気付くことになる。崩れかけた屋根の上に、誰かがいる、と。


「……探したのねぃ、クソガキ」


 熱線にも似た、背筋を凍えさせる感情。

 強烈な殺気だ。

 いくら本気のバトルとはいえ、スポーツの対戦相手に向けるものとは思えないほどの。


「……だれ?」


 ランは目を凝らす。

 おそらくは受付の時に感じた殺気の主だ。徐々に砂煙は流れていって、正体があらわになってくる。


 その姿は、ランもよく知る人物に酷似していた。


 朱の下地に、流線形の銀鎧。脚に合わせてスカート状に垂れた草摺がシャラリと鳴って。サラッサラにキューティクルされた長髪に、強く主張する胸から臀部にかけての曲線。そう、それは紛れもなく“火天のウリエル”


「ドコのダレだか知らねぃが、火天に見蕩れるのねぃ!」


 ――の、コスプレをした中年男性である。


 …………。

 ……。


「……ホントに、だれ?」


 ちょっと予想の斜め右下な角度からの登場に、ダメージを受けたわけでもないのにフリーズする。

 しかし、コスプレ男はこれといった自己紹介もなく、右手に下げていたグレネードランチャーをランへと向けた。


「わっ、わわわっ!?」


 泡を食って駆け出したら、すぐ後ろの地面が爆発した。

 直撃は避けたのに、余波を受けただけで体勢を崩し、ゴロゴロと地面を転がる。建物を崩壊させるだけあって、大した火力だ。

 このままでは逃げ切れないと悟って、ランはオプションデッキを展開する。


 ――【隠密ステルス】解除。オプション変更、【加速アクセル】。


 時間を置いて修復された光のカードが体に吸い込まれ、ランは風を切って瞬発した。

 速度アップのモルフィングオプションを使用した全力飛翔は、標準を許さず爆風すら置き去りにして一直線に翔け抜ける。


「逃がさないのねぃ! オプション変更、【ホーミングミサイル】ぅ!」


 コスプレ男はグレネードランチャーを投げ捨てると、背中に機械の翼を生やしながら追いかけてきた。

 射出口に紅炎が灯り、大量の小型ミサイルが発射される。


「あれは……避けても、ついてくるやつ」


 ランはミサイル群を見遣って思案。すばやく周囲を見回すと、右手のビルへと飛びついだ。

【加速】のスピードが速すぎて手間取るも、小さい窓をくぐって中に入れば、追ってきたミサイル群は壁に衝突して爆散してしまう。何発も当たると壁が崩れて中まで射線が通るようになったが、狭い屋内では自由に飛べない。床に触れては暴発、天井に触れては崩落に他のミサイルを巻き込んで、反対側の窓から外に逃れたランまで到達することは一発として叶わなかった。


「よし、撒いた!」

 ――オプション変更、【隠密】。

「でぇぇぇぇい、チクショウ小癪なヤツねぃ! しかぁし、まだまだ終わらないのねぃ。この恨み、晴らすまではぁぁぁ!」


 スピードアップを解除し、気配を消して逃避するランの耳に、コスプレ男の怒号が届いた。

 何か喚きながら地団太を踏んでいる。まだ諦めていないようだが、異常なくらいの剣幕というか執着心は、どこから湧いてくるのだろう。


「“ウリエル”にハグされるとか、羨ましすぎるんじゃボケぇぇぇ!!」


 ……。

 …………。


「…………え、そこ?」

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