1st スラム脱出
第1話 オープニング
『よ――こそミナサマッ! こちらはオネイロニシア、カケン島はハイロースタジアムよりお送りしておりま――すッ!』
芝居がかった声とともにスポットライトが生まれて、暗闇に満たされていたスタジアムの中央が照らし出された。痩せ型の男である。
糸のような細目に細眉、尖ったアゴの持ち主で、名をゲン・ヘイエといった。
オネイロニシア行政府と同等の権力を有するとうたわれるオーネ社の当代CEOは、ただでさえ細長い目をさらに細く伸ばして、正面の固定カメラにお辞儀をし、それからグルリと会場を取り巻く満員の観客席を振り仰いだ。
『生身の人間が電脳世界へと入って戦う電脳アクションバトル「モルファイト」。ミナサマは好きですか――ッ?』
ワアッ! と会場がレスポンスで沸く。
誰もが期待と興奮で顔を輝かせている。過去の公式大会の応援Tシャツを着ている者、頬にロゴのタトゥーシールを貼っている者、有名ファイターの顔をプリントしたうちわを持っている者、姿形に違いはあれど、これから起こることを待ち望む気持ちは皆一様であった。
『スバラシ――いッ!
ゲンは盛り上がる客席に拍手を送り、『しか――しッ!』と人差し指を突き出す。
『ワタシたちは決して満足しておりませんッ。モルファイトが一層愛されるため、モルファイト界の頂点が我らのオネイロニシアであり続けるため、ここに宣言しますッ! 新人発掘ッ! 第4回オネイロ・スターダム杯の開催をッ!!』
断言して、人差し指を天井へと向ける。するとスポットライトの一部が昇っていって、上空に巨大なホログラムを投影した。
『大会優勝者には賞金として
投影される札束の山と名誉市民のバッジに、会場のボルテージはまた一段と上昇。その勢いに押されるようにスタジアムの照明が一斉点灯した。
視界が真っ白に塗りつぶされて、次に光が落ち着いた時にはすでにゲンの姿はなく、代わりに二つの人影が舞台へと上がってくる。
『それでは、本日のメ――ンイベントに参りましょうッ! 大会開催を記念します、最高のゲストファイターたちによるエキシビションマッチですッ!』
割れんばかりの歓声が巻き起こった。
3年前からおこなわれるようになった大イベントの開催宣言においては、トップファイターを招いての模範試合を行うのが通例になっていた。観客たちはこれを見るために、高額なチケットを買ってスタジアムまで集まってきたのである。
『まずは西側をご覧くださいッ。第1回オネイロ・スターダム杯の優勝者ッ。名誉市民の認定により懲役50年の刑罰から解き放たれた、まさにモルファイトドリームを体現する奇跡の女盗賊。“飛天のラファエル”こと――――イドッ!!』
紹介を受けて壇上に現れたのは、凛然とした美女だった。
まだ年若く、少女と呼んでもいいくらいだ。
涼やかな銀色のショートヘアは熱狂的な声援もゲンのアナウンスも一顧だにせず、無感情に鋭い眼光を前にだけ向ける姿は、狩りに臨む夜走獣を思わせる。
『続きましては東ッ! 旧ニホン華族の末裔にして、あのヒツルギ・トメ博士の孫娘ッ。カケン電脳大学を飛び級で次席卒業ッ、世界大会代表ファイター選抜最年少記録保持者ッ、2回連続ワールドカップ銀メダル獲得ッ! 血筋に才能、外見から中身に至るまで、完全無欠のハイパー令嬢。“火天のウリエル”こと――――ヒツルギ・メグリッ!!』
紹介に合わせてお辞儀をすると、まっすぐ背中に流した長髪が優雅にたなびいた。
イドとは同年代の、しかしタイプの違う美女だ。
薄い唇はほがらかな笑みを作り、両腕を振って観客に応えている。すらりと背筋を伸ばして胸を張れば、満ち溢れんばかりの自信が曲線豊かなスタイルを際立たせた。
「ひさしぶりね、イドちゃん。いい勝負にしましょう」
「ん……まあ、よろしく」
メグリが声をかけると、イドは仏頂面でボソボソと返して、それぞれ所定の位置に着くと、同時にホルスターからカードを抜き放った。
手挟んだカードがクルリとひるがえり、首を飾るチョーカー型装置『モルフィングデバイス』が照明を受けて煌めく。
『それでは両選手、お願いしますッ! レディ――ッ』
「【モルフィング――」
「…………イン】!」
かけ声に合わせて、カードをデバイスに接続。すると、デバイス内部に組み込まれたオネイロンの結晶から放たれた波動が美女たちの体を走り――次の瞬間。
フィールドを埋め尽くさんばかりに立ち上った火柱を、一陣の風が斬り裂いた。
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