3月11日 8:30 クラブハウス
受験も終わり、3年生の進路は全員が決まった……
わけではない。
ただ1人、瑞江達樹だけがまだ確定していない。
もちろん、陽人も完全に確定はしていないが、ただ、イギリスに渡ってオックスフォードに入学する準備をするということは確定している。余程のことがない限りはそうなるだろう。
瑞江に関してはそうではない。
アメリカの大学に進学するつもりでカリフォルニア州の大学を中心に既に昨年から出願などを進めている。それらの審査結果がそろそろ来るはずであった。
本来ならそれを待つだけであったが、年末に状況が変わった。
長年の伝統をもつものの、近年は不振をかこつマンチェスター・ユニオンがアプローチを図ってきたのである。地元大学への進学サポートと引き換えに契約してほしいというものであった。
これは瑞江にとっては、学費が完全に免除されるというメリットがある。
もちろんアメリカの大学でも奨学金申請をしており、降りる見込みはあるものの確実に全額が免除されるかは定かでない。希望している大学は学生が数万人という単位でいるところで、奨学金を巡る争いも熾烈だから、だ。
将来的な起業のためにアメリカでビジネスを学ぼうと考えていた瑞江であるが、イギリスにしてもさして悪くはない。多少異なるとはいえ、同じ英語圏の国であるし、大学の実績が高いからだ。
一方のマンチェスター・ユニオンとしては、その出費は決して小さくはないものの、それでも有望株を獲得するための資金としては安価である。
日本円にして何十億円もの移籍金を支払って獲得した選手がほぼ全員失敗している状況と比較すれば、大学の学費を全額負担することで有望株を連れてこられる瑞江は遥かに安価だ。
また、日本市場の更なる開拓も狙えるから正式契約にこぎつければ今回瑞江に投資した分は比較的楽にペイできるだろう。
また、近年の年俸高騰もあってビジネス一辺倒となっている中、地元の大学に通う若手選手というのはファンからの期待も大きくなる。近年の低迷でファンから叩かれているチームにとってはそうした「応援できる選手」が欲しい。
ということで、必死に追い込みを図っているらしい。
「昨日、監督とスポーツ・ディレクターと話をしたよ。大学で勉強を修めた後、ユナイテッドの一員として一緒に戦おうって」
「おお、凄いな!」
陽人だけでなく、場にいた園口や林崎も驚く。
「まあ、大学を出た時には2人ともいないと思うが」
「おい……」
感激に水を差すなよ、と全員苦笑するが、あながち嘘とも言えない。
何せマンチェスター・ユニオンは低迷期に入ってからが長い。年々成績が下がっており、今年は遂にヨーロッパのカップ戦からも締め出されてしまった。それでいて、国内での調子も上がらず、優勝争いからは程遠い位置にいる。
このまま終われば監督もスポーツ・ディレクターもシーズン終了時には切られるだろう。
もちろん、これは海外に限らず、サッカー選手にとっては死活問題である。
欲しいといっていた監督がクビになってしまい、次の監督の方針に合わずにずっとベンチで過ごすことになったというようなケースはいくらでも転がっている。
「まあ、そのあたりはあまり心配していないけれど」
「そうだな」
瑞江の自信に周囲も安心する。
実際、チームでもっとも巧いはずであり、戦術面の動きでも全く問題がない。ニンジャシステムを採用していた時には中盤センターの役割も平気でこなしていたわけであり、U20では最後尾まで下がってロングフィードからアシストもあげている。
技術と頭脳という点では、監督が代わったとしても全く問題がない。懸念されるのは体力面だが、立神や稲城ほどとは言わないまでも標準以上はあるはずであり、大きな問題はないだろう。
「何せ世界的なクラブだ。契約してしまえば学費を払わないなんてことはないと思うからな」
「そっちかい!」
心配しているのは、出場機会より学費の方だったらしい。
「いや、だって親に学費負担は一切ないとか言いながら、実は必要になりましたとも言えないだろ」
「まあ、それはそうだが……」
「まだ本決まりではないけど、卒業式後に招待されているから、一度行ってみようかなとは思っている」
チームの訪問も兼ねているから、この旅費はマンチェスター・ユニオンから出るらしい。
「凄いけどマンチェスターってどこから行くんだ?」
「日本から直接行くことはできないな。ドーハとかドバイで乗り換えるんだと思う。これは陽人も同じじゃないか」
「確かに」
ロンドン・ヒースローに行く便は日本にもあるが、バーミンガムやマンチェスターは乗り換えが必要になる。あるいはロンドンまで行ってから、鉄道で行くという手もあるが。
「……ロンドンに行くと見つかりそうなんだよなぁ。アメリカに行くと見せかけて、こっそり行きたい」
「別に見つかってもいいんじゃないのか?」
「いやぁ……」
曖昧に答える。
吉崎咲弥が典型だが、やはり圧倒的に強いチームのエースストライカーだったから人気は抜群だ。
陽人や立神、昨年の颯田とは異なる苦労があるのだろう。
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