3月10日 15:22 クラブハウス
サッカー部内からは不合格者がいなかったことで、陽人も含めて全員の気分が一息に晴れやかになった。
これで心置きなく、高踏高校の合格発表を待つことができる。
こちらはネットはもちろん、学内にも掲示されるというから、今までと同じく合格と同時に入部届を出しに来る者がいるかもしれない。
とはいえ、発表は15時である。
それまでは練習すべしということで、陽人と後田以外は全員がグラウンドに出た。
3年の何人かはそのまま帰ってしまったようである。
「オリジナルメンバーが全員抜けるから、人数は一気に減るからな。果たしてどれだけ来てくれるか」
陽人がそう言った途端、「頼もう!」という声がした。
「……?」
陽人は時計を見た。まだ12時40分である。
今日、この日にサッカー部を訪ねる者といえば、合格者以外いないはずだが、まだその時間ではない。
「……まさか発表ミスでもあったのか?」
時々、人的ミスなどもあってインターネットへの発表が早まるなどの事件が起きていることも知っている。早めに知ったものがいるかもしれないと思い、一応、玄関まで行く。
「おっ、天宮陽人さんに後田雄大さん」
玄関にいたのは170センチには足りないくらいの小柄な学生である。ただ、小さいがしっかり鍛えられていることは一目で分かる。
見るなり名前を言っていたところを見ると、やはり入部希望者のようだが、一応確認する。
「……君、入部希望者?」
「もちろんです」
「……まだ合格発表はされていないんじゃないの?」
尋ねると、大仰に胸を張って大声で主張する。
「この稲城
「……えっ」
陽人も、後田も、ほぼ同じような言葉を発し、ほぼ同じような表情になる。
言葉を出さず、アイコンタクトで会話をする。日頃、後田とそうした会話をすることはないが、この日に関してはそれができた。
(こいつ、希仁の弟……?)
(兄とは随分違うな)
稲城の弟が受験するという話は聞いていたし、相撲や柔道などが強いということも聞いていた。
とはいえ、聞く者によってはイラッとなるくらいに丁寧過ぎる稲城の弟が、こういうタイプというのは予想外である。
(何か紫月に似ていないか?)
(弟だから甘やかされていたのかな?)
「そうか、君が希仁の弟なのか。話は聞いているよ」
「はい。兄は高校まで素人でしたが、この稲城忠相は2年の時からサッカーも練習していますからね。早速入部にやってきました!」
「それは頼もしいけど、一応合格したか確認した方が……」
こういう手合いは何となく不合格になっていそう。
そんな予感を陽人は抱くし、後田を見ても「こいつ大丈夫か?」という様子だ。
「15時過ぎると、他の学生も来るかもしれませんからね! 今のうちにクラブハウスやグラウンドをしっかり確認しておきます」
「……人の話を聞けよ……」
「本当に紫月みたいな奴だ……」
とはいえ、やることもないので、仕方なくクラブハウスを案内することにした。
「おぉー、すごいトロフィーの数!」
「まあ、君達が頑張ればもっと増えるんじゃないかな」
「そうですね! この3年間で玄関全部をトロフィーで埋め尽くしますよ!」
と、自信満々の発言をしたところで、外から誰かが走ってくる音がした。
「忠相!」
「げっ、兄貴!」
「おまえ、何、合格発表前からやってきてんだよ!」
親から報告を聞いたのか、稲城が駆け込んできた。
弟に文句を言っているが、陽人と後田はますますフリーズ状態になっている。
「ちゃんと合格を確認してから来い!」
「ケチケチすんなよ~、どうせ合格しているんだから」
弟は反論するが、結局兄が外に引っ張りだしていった。
2人ともいなくなった後、どちらともなく振り絞るような声を出す。
「希仁、ああいう話し方もできるんだな……」
「3年間、いつも猫かぶっていたんだろうか……」
結局、15時を過ぎる頃、「当然のように合格していましたよ! ほぼ満点だと分かっていましたから!」と叫びながら戻ってきた。合格した以上は止めることもできないと思ったのか、兄は帰ってしまったようだが、代わりに他の学生が6人やってきていた。
このタイミングでは、結菜達をはじめ、部員達もクラブハウスに戻ってきている。
「……あれが稲城さんの弟? 思ったよりやんちゃなのね」
結菜が驚いている様子に、陽人と後田は揃って笑う。
「何なのよ、2人して?」
「いや、何でもない。非常に面白いものを見られなくて可哀相だなと思っただけだ」
「……?」
再び稲城家の兄弟喧嘩が見られるのか。恐らくないだろう。兄のああした言動は極めてレアなだけに見られないのは惜しい。
もちろん、意味が分からない結菜と我妻にはそんなことは分からない。ただきょとんとした顔を向けてくるだけだった。
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