3月23日 13:00 名古屋から高踏
22日、名古屋駅。
この日、陽人と後田、瑞江、南羽の4人は、颯田を見送りにここまでやってきていた。
この後、東京で一夜を過ごした後、明日の朝、パリ行きの便に乗り、パリからバルセロナへ向かうという。
先週、最終的に契約がまとまり、まずはスペインに渡航してしばらくは練習生の立場として参加し、18歳の誕生日をもって登録するという手はずになっている。
既にサインボーナスとしての契約金も入っており、母親もあいさつ回りなどが完了したら、スペインに行くという。
「いや~、3人が行くかもとは思っていたけれど、まさか五樹が最初に海外に行くとは思っていなかったよ」
後田が言うが、陽人も全く同じ心境だ。
ワールドカップに出るということすら奇跡的だ。そのうえにそこで得点王とスペインからの4ゴールという結果を出して海外リーグとの契約を勝ち取ったのだ。もちろん本人が常に練習していたことが報われたのではあるが、とんでもない強運もあったというべきである。
「と言っても、半年もすると達樹がより大きなチームと契約して、俺なんか忘れられそうだけどな」
颯田はそう言って笑い、瑞江は「さて、どうだかね」と笑うだけだ。
実際、真田の下には瑞江、立神、陸平に対する国内外からのラブコールはかなり来ているし、陽人もその中の幾つかには目を通している。
本人達にももちろん話は行っているはずだが、具体的に「どう」という話は聞いていない。どこか行きたいアテがあるのか、特にないのかはまだ分からない。
「まあ、来年、おまえ達への期待が更に増すように頑張るよ」
颯田はそう言って笑う。
確かにそれはある。
高踏の選手としてプロに入るのは颯田が第一号だ。
日本人選手の成功例が少ないスペインへの移籍ということもあるので、仮に失敗だったとしても日本国内での評価に大きく影響はしないだろうが、颯田の評価が上がれば他の選手もつられて評価が上がることになるだろう。
「おっと、そろそろ時間だな。じゃ」
新幹線の案内板を眺めて、颯田は1人1人と握手をする。
「それじゃ、行ってくるわ」
そう言って手を振りながら、改札の中へと入っていく。
そのままホームへのエレベーターに乗り、やがて見えなくなった。
見送りが終わった後、全員名鉄線に歩いて向かい、電車に乗る。
春期休暇中ということもあって、午後の時間帯だが電車は混んでいる。
「は~」
陽人は溜息をついた。
「どうしたんだ?」
「いや、3年は大会での結果も残したいし、より上のサッカーも目指したいんだけど」
高校のサッカー部ということで、最優先は部員全員ができるだけ希望に見合った進学先や就職先を見つけることである。
こればかりは勝てばOK、凄いサッカーをやれば良いとはいかないから厄介だ。
「確かにな~」
後田も腕組みをして考える。
「場合によっては、試合結果を度外視して、推薦とかのために出番を増やすなんてことも必要になるかもしれないよな」
単純な進学であれば、「高踏サッカー部でプレーしていました」というだけでかなりのプラスポイントとなるだろう。しかし、推薦選手となるには成績だけではどうにもならない。
「俊矢はどうすんのかね?」
南羽が口にしたのは、彼と同じく別の部活から高校に入って転向してきた櫛木俊矢だ。
フィジカルは強いし、ボール技術はたいしたことがないが、特に驚くべき発想をすることがある。
ただ、プロはもちろん、大学でも選手として取ってくれるかというと微妙だ。
一般入試に切り替えるか、あくまでサッカー選手としての推薦を狙うか、早いうちに決断を下す必要もある。
「そういう点では、今年勝てて本当に良かったよ」
南羽の言う通り、2年以上は全員が高校選手権優勝チームのメンバーという肩書を得ることができた。これは大きい。
「畑違いとはいえ、優勝チームから来たとなれば野球部の新人も大分変わるだろうし、な」
「どんなチームにするんだ?」
陽人が尋ねた。
野球のルールはもちろん知っているが、野球の監督となるとピンと来ない。サッカーと違って内外野の人数を変えることはできないし、ポジションチェンジもない。監督の独自発想となれば打順の役割などくらいだろうか。
「うーん、野球はサッカーと比べて、連動という概念が少ないから、難しいは難しいな。ただ、陽人がやっていたような色々なシチュエーションの想定というのは大事だと思う。単純な個人能力だけじゃない形で少しでも上を目指せるようにしたいな」
「そうか、聡太がいなくなるのも寂しくなるが、まあ、頑張ってくれ」
「おうよ」
豊橋で乗り継いで高踏までたどりついた時には既に夕方が近くなっていた。
「ま、何か聞きたいことがあれば4月以降聞きに行くんでよろしく」
南羽の言葉に陽人も後田も「いつでもいいぞ」と答え、握手をする。
そのまま駅で別れ、それぞれ帰路についた。
高校二年編・完
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