12月2日 21:15 シドニースタジアム
前半終了時点でほぼ試合の趨勢は決まった。
予想外の全面マンツーマンに対して大きく動揺することもなく、9分に立神のフリーキックで先制すると、程なく相手に退場者が出たこともあり圧倒的優位に立った。
前半だけで颯田がハットトリック。前日の3位決定戦でメキシコのエステバンが2点をあげ、厳しいと思われた単独得点王を颯田はあっさり手にしてのけたが、瑞江や楠原、園口が気を遣っていたこともまた事実である。
48分に相手が9人になるとほぼ終戦ムード。
80分を過ぎたころには、スタジアムはお祭り騒ぎになっていた。
シドニーのスタジアムは予想に反して満員だ。4万人の観客が入っていて会場のいたるところから、「ニッポン! ニッポン!」という声があがる。ジャパンではなくニッポンだ。
ロスタイムに入る頃にはベンチに座っていた星名と垣野内が在オーストラリアの日本人観客から大きな日の丸旗を貰い、その時を待つ。
試合終了の笛とともに、ベンチの選手達は戸狩を除いて一斉に駆け込んでいった。もちろん、星名と垣野内は日の丸旗を広げて入っていく。
陽人はしばらく何をして良いか分からなかったが、程なく隣にいる峰木から「やったぞ」と声をかけられ、右手を差し出された。
その握手に応じたが、思いのほか力強い。峰木も相当に興奮していると分かった。
手を離すと、唯一ベンチに座っている戸狩に近づいた。
「優勝したな」
「したなぁ。でも、こうなると俺は一足先に日本に帰っていた方が良かったかもしれないなぁ」
戸狩はそう言って苦笑した。
「この後パーティーだろ? 俺は選手権のことを考えたら出られないけど、ここまで来てパーティーだけ出られないっていうのも悔しい話だし……」
陽人も苦笑するしかない。
「……世界一だからなぁ。パーティーに出て喜んでいて選手権がダメでも多分誰も文句を言わないとは思うが……」
ただし、選手権がやりづらくなったのは間違いない。
総体でも「大本命」の扱いを受けて苦労した。
総体の敗戦で高校ナンバーワン評価は一旦遠のいたように思えたが、今回の成果はそれ以上になる。「世界一メンバーが8人いる高踏高校」という評価になりそうだ。「世界で勝ったんだから、当然国内の高校選手権くらい勝てるだろ?」となりかねない。
それでやり方を変えるつもりもないが、戸狩がいないかもしれないことと相まって、色々とやりづらい。対戦相手も総体の時以上に「打倒高踏」一色となるはずだ。
今までであれば、試合終了後にインタビューが始まるが、この試合は最後の試合、そのまま閉会式へと入る。大混乱が収まると、スタッフがピッチの中に台を置いた。
まずは個人賞の授与だ。
得点王は颯田が10点で確定だ。MVPとなるゴールデンボールは誰になるのか。
「ゴールデンボール、イツキ・サッタ、ジャパン!」
発表とともに大歓声が沸いた。
「俺でいいのかな?」
颯田は首を傾げた。
「いいんじゃないか? このチームでは圧倒的な得点王だし」
颯田は10点、続くのは星名で5点だ。ゴールだけが全てではないが、準々決勝のスペイン戦で4点、準決勝メキシコ戦では決勝点、決勝でもハットトリックとなればインパクトは絶大だ。
全体の貢献度で行くなら、全力で走りまわった稲城に立神、もっとも違いを見せた瑞江、守備の柱として君臨した陸平もいるが、二けたゴールのインパクトには敵わないだろう。
ゴールデングローブを獲得したメキシコのGKサンティアゴ・マルティネスともども壇上に上がり、トロフィーを掲げる。
続いて、アルゼンチン代表が壇上に上がっていき、銀メダルを受け取るが当然ながら満足している者はいない。さすがに貰った直後に外す者はいないが、やむをえない義務として受け取り、全員整列して写真撮影に応じている。
それが終わると、日本の番だ。
まず先頭にMVPとなった颯田が、続いて瑞江が上がっていく。この試合に出ていたメンバーが先に上がって、FIFA会長エレファンタスから金メダルを受け取っていく。
最後から2番目に園口が上がり、壇上の真ん中あたりにとどまった。
最後にこの試合キャプテンマークをつけていた立神があがる。それと同時に峰木と陽人、代表のスタッフ達が後ろ側から壇上に上がった。松葉づえをつきながら戸狩も壇上へとあがる。
この時点で、立神以外の日本の選手・スタッフが全員所定の位置についた。
立神がキャプテンマークをつけていたのはとりたてて理由があるわけではない。彼がこの大会でもっとも試合に出ていたから、である。
ゆえにキャプテンという自覚もなさそうで、少し所在無さげに上がっていき、金メダルを受ける。
続いてスタッフがトロフィーをもってきてエレファンタスに渡し、リレーするかのように立神に手渡された。少し迷った後、思い切って。
「優勝だー!」
立神が叫んでトロフィーを掲げると同時に一斉に紙吹雪が舞った。
スタジアム中でフラッシュが焚かれ、全員が一斉に騒ぎ立てる。
「優勝だ! 優勝だ!」
至福とも言える瞬間だが、もちろん永遠に続くわけではない。
3分ほどすると、1人1人台から降りていき、同時に取材陣がかけつけてくる。
キャプテンの立神、MVPをとった颯田、峰木のインタビューが始まるはずだ。
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