11月26日 16:45 高踏高校クラブハウス

 サッカー部の引率者となって2年目。


 真田順二郎の役割は、この秋までは負担が軽減したものであった。


 試合会場にいるだけで、ベンチに座る必要がない。試合中にこっそり抜けて売店で食事をしていても構わない。


 試合後のインタビューの数も激減していた。さすがに一年組主体の時には結菜の代わりに監督インタビューに出ていることもあったが、陽人の時には完全にゼロである。



 それがこの11月末になって一転する。


 この日の夕方までに真田の下には校長室から転送された電話が6本入ってきた。


『こちら本日テレビのデイタイムですが』

「さっき夕方の番組からも電話があったんだけど?」

『いや、その、近いうちにサッカー部に是非取材の方を……』

「ウチは個別取材を受けないの。選手権の前に共同会見は開くから、その時に聞きにきてもらえるかな?」

『そうおっしゃらずに何とか……』

「何とかもクソもない。大体1月の選手権で僕にボトルをぶつけた奴は未だに逃げているじゃないか。そいつを土下座させるのが先だ」



 電話の後ろで我妻が「めっちゃ私怨が入っている」と苦笑いしている。


 最後は一方的に「ダメなものはダメだ」と電話を切った真田だが、程なくしてまた電話がかかってきた。



「もしもし」

『こちらIOプロダクトの三沢と申します』

「何の用?」

『高踏高校サッカー部のインヌタダラムやクロスなどの提案をさせていただきたいのですが』

「あのね、ウチは進学校なの。サッカー部目当てに変な連中が集まってきて、生徒の士気がそがれることが一番迷惑なの。他をあたってくれる?」


 またも一方的に電話を切る。


「何で赤の他人に発信を任せてまで、サッカー部のSNSを作らなければならないんだ、全く」


 真田は溜息をついて新聞を開いた。


 地元紙であるが、スポーツ面には『U17サッカー、スペインに快勝』と大きく見出しがあり、中見出しには『高踏高校主体のメンバーが新たなサッカーを示す』とある。


「真田先生、見てください。マンナカスポーツなんか1面ですよ」


 我妻が駅で買ってきたらしいスポーツ紙を見せる。


 これまで、U17は世間的には全く騒がれるところがなかった。


 しかし、ヨーロッパの強豪に勝利したこと。また、画期的な方法で勝利したということで無視ができなくなったようだ。


 地元紙は、地元選手を中心にして勝ったのだから尚更扱いが大きい。


「この時期は野球もメジャーもないからねぇ。でも、ベスト4でこれだと優勝したら大変なことになるよ。仮に残り試合全部負けたとしても、入っていたメンバー全員が高踏市市民栄誉賞だろう。優勝したら、県民栄誉賞も行くんじゃないかな」

「新聞に『県立高校が新しいサッカーを示す』まで書かれると大きいですよね。あっ」


 また電話が鳴った。


 真田が苛立った声をあげる。


「あ~、もう、しつこいなぁ! うん、何だこの番号?」

「国際電話っぽいですね」

「最近国際電話の詐欺も多いらしいけど……」


 真田は電話を取った。



「もしもし?」

『もしもし、こちらバーミンガムのコールズヒルFCのオフィスですが』

「コールズヒル?」


 一瞬、聞きなれない名前に戸惑った真田だが、すぐに陽人が交渉しているチームがそういう名前であったことを思い出した。


「何でしょうか?」

『私、通訳の高沢と申しまして、コールズヒルのスポーツディレクター・ロッジの依頼を受けて電話させていただいております』

「はい。天宮の関係でしょうか?」

『いえ、そうではなく、高踏高校サッカー部の選手に関することで一度スペインから人を派遣したいということです。都合の良いスケジュールを教えていただければと思いまして』

「都合の良いスケジュール……。土日ならいつでも大丈夫だと思いますが?」

『承知しました。また連絡させていただきます』



 そこで電話が切れた。


「何だったの?」


 と尋ねてくる我妻と結菜に対して。


「コールズヒル関係? で、スペインからスカウトが来るらしい」

「本当ですか?」

「スペインに快勝したからかな」

「でも、コールズヒルはイングランドのチームですよ。スペインから来ますか?」

「そう言われればそうだな。何だろう?」

「海外チームのテストを受けるための費用を請求して、実際に行ったら何もなかったっていう詐欺もあるみたいです。ひょっとすると、そういうのかも……」

「……本当か? やめておいた方が良かったかな?」

「とりあえずお金の話には慎重になるべきですが、来る分には仕方ないかも……っと」


 メッセージの受信音が鳴った。結菜が携帯を取り出して確認する。


「兄さんからだ。あ、『今日か明日、コールズヒルから電話するかもしれないってロッジさんからメールがあった』って」

「ということは、本物と見ていいのかな?」

「多分……」


 と、結菜は答えるが、どこか煮え切らない。


 本当かもしれないとなると、別のことが気になってくる。


「そうなると一体誰の話をするつもりなんだろう?」

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