11月3日 15:24 TSリセット港競技場

 延長後半に入ったあたりから、どちらのベンチもPKを想定して動き出す。


 高踏ベンチの結菜と我妻も例外ではない。


「まず決まっているのは10番目と11番目ね」

「……そうだね」


 総体では、櫛木と浅川が揃って蹴りたくないと言っており、「まだ経験がありそうだ」という理由で浅川が蹴った。結果、見事に外して敗退となった。


 それ以降、浅川も櫛木もPKの練習をしてはいるが、練習のPKと試合のPKは全く違う。本番になったら全く違うパフォーマンスになるだろう。


「どちら一人が残っていたなら直前に交代させたけど」

「2人いるとねぇ」


 PK戦に参加できるのは試合終了時点にピッチにいた選手である。仮にキーパーが須貝のままなら水田に替えただろうが、既に交代していたので問題はない。


 同様にPKが苦手な櫛木と浅川も替えるべきだったのだろうが、2人いるどちらか1人だけ替える踏ん切りはつかなかった。


「そこまで行かないことを願って、あとは……立候補して蹴りたい人に蹴ってもらうしかないわね」


 そう準備して、試合終了の時を待つ。



 終了のホイッスルとともに、我妻が資料を取り出した。


 高幡舞を中心にして調べた、深戸学院のPK統計である。


 統計と言っても、深戸学院は県内屈指の強豪なのでそれほど沢山PK戦を蹴っているわけではない。直近であれば、敗退した国民スポーツ大会のベスト8のPK戦だが、はっきりと分かる資料はその一回だけだ。ほとんどの選手については参考にならない。


 それでも試合中のPKがある。下田や谷端、外山と蹴っている選手がいるので、多少の参考にはなるだろう。


 これをGKの水田の頭に入れておきたい。



 終了後、PK戦に移るまでのインターバルの間に我妻が水田のところに走る。


「水田君、これが深戸学院のキッカーの資料」


 水田はチラッと視線を向けた後、首を横に振った。


「データが頭にあると、かえって動きにくくなる気がします。好きにやらせてください」

「えっ、でも?」


 いらない、という答えに我妻は驚いた。


 慌てて結菜のところに戻ってくる。


「結菜、水田君、データ見ると動きにくくなるからいらないって」

「……うーん、それならいいんじゃない?」

「いいの?」

「試合中の動きと違って、PKは1対1で駆け引きが加わるものだからね。場の雰囲気とか当事者でないと分からないものもあるし、データだけに頼り切ってもダメなのかも」


 結菜の言葉に、我妻も「そうか」と資料を引っ込める。


「せっかく高幡さんが集めてくれたんだけどねぇ」

「それは仕方ないよ。データはあくまで選手が役に立てるためのものだから。やりにくく感じるデータなら使わない方がいいよ」


 それよりも、と結菜は輪になっているフィールドプレイヤーの方に向かう。


「順番を決めます。蹴りたい人?」


 すぐに手をあげたのは鈴原と弦本、キック精度に自信のある2人だ。続いて曽根本と久村、神田が続いた。


「それでは、あげた順に鈴原さん、弦本君、曽根本さん、久村さん、神田君にします」


 そのうえでチラッと櫛木と浅川を見た。


 どちらもお互いをチラチラ見ている。「先に蹴ってくださいよ」という負け犬の眼で相手を促していた。


 結菜は大きく「はあ~」と溜息をついた。


「ジャンケンして勝った方が10人目で蹴ってください」

「あれ、負けた方じゃないの?」


 浅川も櫛木もけげんな顔をする。


「そうでなくても2人揃って負け犬的な感じなのに、更に負けた方に蹴らせたら外すに決まっているじゃないですか。ダメななりにとりあえず勝った方に蹴らせます。はい、ジャンケンしてください」


 結菜の合図で、2人がジャンケンをして、櫛木が勝った。


「それでは櫛木さんが10人目で、光琴は11人目」

「了解」

「了解じゃないのよ。悔しがりなさいよ」


 結菜は呆れたように、水田のところに行った。



 水田は試合中よりはリラックスした様子である。


「試合中は色々言いたいことがあるけど、PKストップに関してはチーム一うまいと思っているから、あまり力まずにね」

「精神状態は悪くないです。PKはダメ元なので集中できるんで」


 水田は自信に満ちた雰囲気に答えた。


 結菜も満足そうに頷いた。ただ、内心では「PKの時以外も集中してよね」とツッコミを入れていたのではあるが。



 コイントスで先攻は深戸学院と決まった。


 深戸の1人目である谷端がボールを持ってエリアの中に入っていく。



「後攻か~」


 我妻が不安げな声を出した。


 インターハイで負けた時も、後攻だった。


 統計的にも先攻の勝率がかなり高い。


 不安も感じるならキリがないが、ここまで来てできることもない。キッカーと水田を信じるのみだ。



 水田は両手を左右に伸ばし、細かくステップを踏んでいる。


 谷端が助走をとって、走り出した。左隅を狙った強烈なシュートだ。


「おぉーっ!?」


 大きな歓声があがった。


 キックとほぼ同時に同じ方向に跳んだ水田が長い右手でボールを弾きだしていた。

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