7月29日 11:09 Jヴィレッジグラウンド

 7月29日。


 Jヴィレッジのグラウンドには、早朝からほぼ全てのインターハイ参加校関係者が続々と集まっていた。


 目的はただ一つ、高踏高校と北日本短大付属高校の練習試合を観戦することである。



 この両チームは来るインターハイで優勝候補と目されているが、主力が2年生以下であることに特徴がある。


 先だってU17アジアカップに参加した日本代表にも、高踏からは瑞江、立神、陸平が選ばれており、北日本短大付属からは佃が選ばれていた。更に候補としてあがった中には稲城、七瀬の名前もあった。


 しかも、U17日本代表の新監督として就任したのは、この春まで北日本を指揮していた峰木である。その峰木が「天宮を連れていきたい」とコメントしていたことも周知の事実である。


 インターハイはもちろん、今後の日本サッカーにとっても、一つの大きな動きがあるかもしれない。


 そういう認識で、多くの者が集まっている。



 試合開始予定時刻は11時。


 10時過ぎ、先にグラウンドへやってきたのは、すぐ隣のJヴィレッジホテルを宿舎としている北日本短大付属だ。


 チームに帯同している峰木に、何人かの記者が近づいてきた。さすがにベテランだけあって、にこやかな笑顔を浮かべながら「まあ、慌てないでくださいよ」と何か話を欲しがる記者たちを宥めている。


 そんな峰木を尻目にハーフコートに選手達が散った頃、隣の広野町からのバスが到着した。高踏高校のメンバーがバスから降りてくる。


 小さな落胆の声があがったのは、陸平が制服姿で降りてきた時である。


 少なくとも今日は試合に出ないだろうということが明らかになったからだ。



 高踏高校のメンバーが、空いているハーフコート側に散らばり、練習を開始する。


 練習試合なので、一々メンバーやルールを発表する義務はない。当人たちだけ分かっていれば良いからだ。


 しかし、かなりの見物者がいることに配慮したのだろう。


「今日の試合は、45分ハーフ。選手交代は無制限」


 と、簡単にルールが説明された。


 交代無制限である以上、スターティングメンバーにもほとんど意味がないが、発表される。


 北日本短大付属(監督:夏木裕則)

 GK:新条功

 DF:三戸田丈司、斎藤享悦、平雄太、李勇輝、石塚真治

 MF:佃浩平、小切間浩章、石代崇、棚倉正幸

 FW:七瀬祐昇


 高踏(監督:天宮陽人)

 GK:水田明楽

 DF:園口耀太、道明寺尚、石狩徹平、南羽聡太

 MF:芦ケ原隆義、鈴原真人、戎翔輝

 FW:司城蒼佑、篠倉純、颯田五樹


 どよめきの声。


 北日本短大付属はほぼベストメンバーだが、一方の高踏はほぼ全員がインターハイの登録から外れているメンバーである。


 もちろん、無制限と言っているのでこの布陣でも何の問題もない。



 ざわめきのある中で試合が始まった。


 練習試合なので、両方のベンチもさほど緊張しているわけではない。


 それが変わったのは、峰木が高踏側ベンチに歩き出したからだ。


「久しぶりだね」


 陽人に声をかけ、陽人も「お久しぶりです」と応じる。高踏ベンチを後田に任せて、2人はハーフウェーライン付近で立ち話を始める。


「単刀直入に聞こうか。11月の日本代表、細かい部分は天宮君に任せたいんだが、どうだろうね?」


 まさに単刀直入である。


「つまり、僕が予備選手登録で練習に帯同するということでしょうか?」



 代表のベンチに入ることができるのは21人だが、不測の事態を想定した予備選手の登録は認められている。


 予備選手はグラウンドには入れないが、それ以外は帯同できる。つまり練習に出ることも自由だ。


 通常は紅白戦などの数合わせである。それはそれで経験になることも多いが、峰木が期待しているのはそうした役割ではない。実質的な作戦指導である。



 峰木は「その通りだ」と大きく頷いた。何人かの記者が近づいてきた。


「……代表は高校ほど練習時間がないですからねぇ。僕みたいなタイプが活きますか?」

「僕もそうは思うよ。だから将来、天宮君が単独で引き受ける前に、どういうものか体感しておくのも悪いないんじゃないかな?」

「うーん、なるほど」


 短期間でどれだけ戦術の習熟が出来るのかは、一度試してみないことには分からない。一度目を早く体験することで、今後に生きるのではないか。峰木はそう言いたいようだ。



「あとはBチームの存在もある」

「Bチーム?」

「そうだ。一つのチームで長丁場を戦えないことはこの前のアジアカップではっきりした。とはいっても、ターンオーバーをするチームを作るのも難しい。Bチームを寄せ集めで作るくらいなら、高踏の準レギュラーで固めてしまっても良いのではないかな?」

「……」

「僕が見るに、稲城君、颯田君、戸狩君、園口君、鹿海君は代表選手の能力を完全に満たすとは言いづらい。ただ、準候補とする分には問題はないと思う。彼らが同時にピッチに立てば、多少足りない部分を連携で埋められるんじゃないかなと期待しているんだが?」

「それでも外された側は納得しないのでは?」

「そこはあれだよ。実際に紅白戦でもしてみれば良い。80年代や90年代は代表チームが一チームで作られることも珍しくなかった。攻撃ユニット、守備ユニットがまるまる同じチームなんてことはもっと頻繁にあったものだよ」

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