7月9日 12:52 校長室
昼休みの校内放送に陽人は溜息をついた。
『2年C組天宮君、至急校長室まで来てください』
こういう形で呼び出される時、大抵、サッカー部に余計な話が入ってきた時だ。
とはいえ、行かないわけにもいかない。欠伸をしながら廊下を歩く。弁当を食べたばかりで多少の眠気を感じていた。
校長室に行くと、これまた判を押したかのように校長と真田が立っている。
「やあ、天宮君。先ほど、サッカー協会の方から連絡があってだね」
「……今度は何でしょうか?」
「来月の中旬に招待試合の申込があったんだ。どうしようかなと思って」
「招待試合や練習試合はなるべく断ってくださいってお願いしていましたよね?」
陽人はうんざりとなった。
年度末から春先にかけて、練習試合や招待試合の誘いが山のようにあった。
試合に出ないよりは出た方が良いが、めったやたらに試合をすれば良いというわけでもない。勉強時間の確保も必要だし、適度なもので良い。ましてやわざわざ移動してまで試合をするものでもない。
だから断ってくれ、と思ったのだが、同時に校長に対して再三言っていたことも思い出す。
陽人達の意向を理解しつつ、わざわざ申込があったということは、余程断りづらい案件なのかもしれない。
「うむ、国内の学校なら断るんだがね」
「国内?」
という言葉から想像されるものは一つしかない。
「来月、ボルシア・ヴェストファーレンが来日するのだが、それに帯同してくるU18チームが高踏と試合をしたいと指名してきたらしい」
「ボルシア・ヴェストファーレン!?」
日本人選手がヨーロッパでプレーする時、まず候補先となるのがドイツ・ブンデスリーガだ。
半世紀以上昔の奥寺康彦に始まり、現在では下部リーグも含めれば二けたを超える選手がプレーしている。
中でもボルシア・ヴェストファーレンは日本人が好印象を抱いているチームといっていい。育成志向の強いチームで日本から選手を取ることにも積極的だ。大活躍した日本人選手もいた。「ドイツでやるならプファルツ・ミュンヘンよりヴェストファーレン」という日本人も少なくない。
「あとイングランドからコールズヒルのU18も参加して、日本からは上総U18が参加するらしい。残る1チームとしてきてもらいたい、と」
「うむむ……」
海外のチームと試合ができる機会というのは中々ない。
というよりも、今まで想像したことすらなかった。
日本でサッカーをプレーする少年の99パーセントは、「いつかヨーロッパの上位リーグでプレーして、チャンピオンズリーグのような大舞台に立ってみたい」と思っているだろう。
そんなヨーロッパのチームが見てくれる舞台が整えられた。
「……それは、さすがに飲むしかないですね」
余計なスケジュールが増えるのは間違いない。
しかし、自分が選手の立場ならば、下部組織であってもドイツやイングランドの名門チーム相手に試してみたいと思うだろう。
「では、承諾ということで良いね?」
「もちろん、構いませんよ」
「分かった。ではそう答えておこう。場所と試合日程についてきちんと決まれば連絡してくるみたいだが、インターハイから1週間は明けるらしく、場所はおそらくJヴィレッジになるだろうということだ」
「分かりました」
「それでだね」
唐突に校長の話し方のトーンが変わった。
「インターハイに参加することや海外チームと対戦することは非常に栄誉なことだ。一方で、学生の本分が学業にあることも忘れてはならない」
「そうですね……」
ある程度まで、この後の展開が読めた。
「今日日、個人情報保護がうるさいので詳細は語れないが、残念ながら君達サッカー部には危険水域の者が5名いる」
危険水域というのは、補講の危険性がある者。つまり、中間と期末考査の平均が30点に届かない者である。
2年については颯田、石狩の2名が全体的に悪い。また、戸狩も平均点はともかく数学がかなり危険だという。
残り2名は1年だろう。さすがに下級生の成績までは把握していないので誰かは分からない。
30点未満だったものについては夏季休暇前半に補講という形で指導されることになる。
もちろん、無理を言って連れ出すことは可能であるが、他の生徒への悪影響もあるから成績を下回った場合は居残りさせるしかない。
当然、インターハイにも行けないし、補講状況によっては親善試合も参加できなくなる。
「……よく言って聞かせておきます」
「うむ。これは真田君からもよく言い聞かせてやってほしい」
「分かりました」
真田も頷いた。
「これだけ頑張ってきていて、成績が足りないという理由で外すのは心苦しいでしょうからね。なあ、天宮?」
「えぇ、まあ、そうですね……」
陽人は曖昧に答えた。
内心ではそう思ってはいない。成績で外すのは気楽である。
自分の中の判断で外すのは、心が重くなる作業だからだ。
仮に成績が足りないのなら、外す理由としては明確であるし、本人にも「テストの点が足りないから残ってくれ」と言いやすい。
戦力的には痛いかもしれないが、気分的には気楽である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます