1月8日 16:20
後半が始まった。
展開は大きく変わらない。崩しを狙う北日本短大付属、カウンターを狙う洛東平安だ。
15分になろうかという頃、電話が鳴った。
全員がうさんくさげな視線で着信番号を見る。「取材したい」という電話が結構あるからだ。
取材に対しては、次の週、すなわち15日の月曜日に応じるという連絡をしている。高踏高校はスポーツ強豪校でもないし、受け入れ態勢も整っていない。あまりひっきりなしに来られても困るので、一日だけ設けて、その日にまとめて受けてしまおうという算段だ。
ではあるのだが、フライングを試みる連中もいるかもしれない。電話には警戒を隠さない。
ただし、この電話は違うようだ。
「職員室からだ。校長先生らしい」
山の少し下にある校舎にある職員室からの電話だ。
となると、代表である陽人が出る。
「はい、サッカー部です」
『やあ。実は先程サッカー協会から電話があって、だね。表彰の件を伝えられた』
「表彰の件?」
『まず、サッカー部が3位だったので、そのメダルと記念品がある。また、今回の躍進で県の協会や協賛各社からも贈答品があるらしい。これらは今月中に名古屋まで受け取りに行くことになる』
「……分かりました」
『で、先程優秀選手も決まったそうで、我が校からは須貝君、陸平君、立神君、瑞江君、戸狩君が選ばれた。更に得点王が確実な瑞江君にも贈答品があるということだ』
「ということは、一度みんなで名古屋に行くということですか?」
『そうなるね。日にちは追って連絡があるらしいが、準備しておいてくれたまえ』
そう言って電話は終わった。
陽人は電話を置いて、入口に向かった。
部室の入り口は、秋までは何もなかった。
今、そこには選手権県代表になったことの表彰状やらトロフィーが飾られておる。
そこに更に全国3位の記念品も置くことになるようだ。
この先も更に、何かが増えていくのだろうか。
そうした情景を想像していると、部屋が騒がしくなってきたので観戦に戻る。
「棚倉さんが出てきた」
「ほう」
後半25分、北日本短大付属のエース・棚倉が下橋に代わって投入された。
その直後に試合が動く。
右サイドから中央にいる棚倉へのパスが出される。
棚倉へのマークは厳しい。洛東平安のCB不破がガッチリとついて、簡単に受けさせないようにするが。
「あっ、スルー」
棚倉はボールに触れることなく、スルーした。左サイドに佃が走る。佐原よりも一瞬早く、棚倉の後ろのスペースに走る七瀬を狙った。七瀬にはもう1人のCB原木がついている。1人はシュート、1人はクリアを狙ったキックが応酬し、ボールはゴール正面に転がった。
中盤の臼間と、筑下がボールに走る。
一歩先に筑下が右足を振り抜いた。低いシュートがゴール右隅を狙う。
身長190センチのGK能井田が長い足を伸ばすが、届かない。
『筑下のシュート! 決まったー! 後半26分、ゴール前での激しい競り合いを制して北日本短大付属7番・筑下俊也がゴール! 鉄壁能井田の壁を遂に打ち破りました!』
「さすがの洛東平安もスルーされたところから左右に揺さぶりかけられるとどうしようもなかったな」
華麗なプレーがあったわけではないが、スペースを突く前半からの意図に、サイドの揺さぶりというセオリー、更に意表をつくスルーという個人の発想、多くのものが合わさったゴールだ。
見ている側はどうしても自分達と比較して考えてしまう。
「ウチがこういうのをやるには、左右がもう少しシュートできるようにならないといけないかもな」
「そうですねぇ。深戸戦と一昨日の試合で痛感しました」
「俺も」
林崎の素朴な感想に、稲城と颯田が神妙な顔をする。
初失点の後、洛東平安は攻撃への比重をあげてきたが、北日本のゴールも堅い。
そうしてタイムアップの笛が鳴る。
北日本短大付属の選手達が一斉に飛び上がり、程なくしてインタビューが始まった。
『準決勝を突破できて、選手達も行けると思ったようです』
監督の峰木がそう言えば、決勝ゴールの筑下も。
『準決勝があれだけ厳しかったんで、今日は絶対負けるわけにはいかないと思っていました。今日は結構楽しくできました』
「……」
部室内に一瞬の沈黙。
相手が称えてくれることは嬉しい反面、そこを乗り切れなかった一昨日のことが再度思い起こされ、悔しさがよみがえる。
瑞江は別の感想ももったようだ。
「こうなると今年はよりマークが厳しくなりそうだなぁ」
「確かにね」
高踏は新年度も、全員が残る。全員が1年だから当然だ。
それでいながら優勝チームをあと一歩まで苦しめたチームである。
優勝したとはいえ、北日本は棚倉、筑下、重谷、伊藤が卒業する。準優勝の洛東平安も佐原以外の主力が3年生だ。
選手権の結果のみで強弱を判断するのは暴論だが、現時点で「高踏高校が一番戦力を維持できており、来年の優勝にもっとも近い」という見方が成り立つ。
大変な話である。
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