第41話「公爵家令嬢リリアーナ」

「じゃあそうじを手伝ってくれる? 新入りなんだからかまわないわよね!」


 というリズ先輩に言いつけ通りに中庭のそうじをするためにやってきた。


 ほうきとチリトリという古典的な方法だったので、人の目がなくなったタイミングで問いかける。


「なあ。ウーノ、魔法で何とかしてくれるか?」


「かまわんぞ。何の意味があるかわからんことだしな」


 ウーノのおかげであっという間に必要な作業は終わってしまった。

 

「さすがウーノ」


「ふん、しょぼすぎる作業だったがな」


 と彼女の評価は、その存在からして妥当だろう。

 邪精霊にそうじを頼むなんて俺しかいないかもしれないし。


「あとは適当にサボってしまおう」


 広大な中庭の清掃をひとりで片づけたというのは、とりあえずの手柄としては充分だろう。


 いきなり活躍しすぎても周りからは変に見えるかもしれないし、すこしずつ評価をあげていく方向でいきたい。


 とりあえず人が多い場所に背を向けて、まだそうじしてるフリをする。


「あら、中庭がとてもきれいになっているわね」


「本当ですわ。美化委員会の人たちががんばっているのでしょうか」


 ところがいきなり女子ふたりの話し声が聞こえてきた。

 どうしてこんなピンポイントで中庭に人がやって来るのか……。


 恨めしく思いながらも、気づかないフリをする。


「あちらの方に聞いてみましょうか」


 という話があったかと思うと、足音がこっちに来てしまった。


 さすがに気づかないフリに無理があると判断してふり向くと、ふたりの美しい女子が上品な微笑を浮かべている。


 いつか誰かが学園の四大美姫とうわさしていた、王女のユリア様と公爵令嬢のリリアーナさまだ。


 想定できる中でも最悪の引きかもしれない。

 

「魔力から推察するに、手入れをしてくださったのはあなたですよね?」


 とリリアーナさまが微笑で問いかけてくる。

 やったのはウーノだけど、契約してるのは俺だから区別は難しいんだな。


 彼女がある程度の能力を持ってるからこその状況に、ため息をつきたくなる。


「え、ええ。そうです」


 ごまかせるほど彼女たちの能力は低くないので認めるしかなかった。

 

「まあ、とてもすばらしいわ! 広いせいでなかなか手が回らないことで有名な場所だったのに、あなたのおかげなのね!」


 リリアーナさまがめちゃくちゃ褒めてくれて、ユリア王女が尊敬のまなざしで見つめてくるけど、俺にとっては罰ゲームに分類されてしまう。

 

「ど、どうも」


 公爵令嬢に失礼がない対応なんて、どうしたらいいのかわからなくて、ぎくしゃくしている自覚はある。


「失礼ですけど、あなたお名前は?」


 とリリアーナさまに問われた。


 これはあなたの顔と名前を知らない──という意味じゃなくて、顔と名前を覚えておくという意味である。


 王族や上級貴族と接点さえほぼない下級貴族にとっては、最大級のご褒美になるものだ。


 何でいまここでこれが来るんだよ……。

 

「ソルム家の長子、ルークと申します」


 拒否権なんてあるはずがないので、きちんと名乗っておく。


「あらまあ」


 ふたりが意外そうな顔を一瞬だけ浮かべたけど、当然だろうな。

 つまり俺のいままでやってきた「弱いふり」は成功していたという証明だ。


「『賢い虎は爪牙を見せない』というけれど」


「いままでは見せなかったのかしら」


 能ある鷹は~みたいな言い回しのこっちの世界版を、ふたりの美女は言っている。

 

「それにしてもソルム家とは……」


 リリアーナさまが考えるそぶりを見せる。

 ふたりいっしょな点からも推測できるように、彼女の実家はバリバリの王家寄り。


 グリード侯爵の派閥と相容れるはずがない。

 だからもっと警戒されると思っていたんだけど、予想とは全然違う。


「予想外という顔をしていますね。どうですか、取り引きをしませんか?」


「取り引きですか?」


 リリアーナさまが何を考えてるのかさっぱり読めず聞き返す。


 ユリア王女はこっちを観察してて、会話の主導権はリリアーナさまに任せている気配がある。

 

「あなたがここで目立ちたくなかったのなら、わたしたちがあなたを手伝ったことにしませんか?」


 何を言いたいのかさっぱりわかんないぞ。


「失礼ですが、リリアーナさまにはどのような利点があるのでしょう?」


 俺に恩着せるメリットなんてこの人たちにあるはずがない。


 いまの俺なんかじゃ弱すぎて、グリード侯爵との取り引き材料にすらならないからな。


「わたしは誰かの役に立ったというアピールするだけでメリットを得られますよ」


 リリアーナさまは天使の笑顔で腹黒いことを言う。


 要するに大変な作業をひとりでやってる弱小貴族を助けた、心優しい女性という評判をゲットできるわけだ。


 さすが公爵家のご令嬢だけあって、純粋とはかけ離れている。 


「ではお願いします」


 何か貸しをつくってしまった気がしてこわくもあるが、「心優しい」という評判を守りたいなら、無茶は言ってこないだろう。


 こっちは弱小な分、すぐに「弱い者いじめの被害者」になれるんだからな。


「はい、承知いたしました」


 取り引き成立とばかりにリリアーナさまは天使の笑みを見せた。

 ユリア王女はどこかぎこちない気がするけど、仕方ないだろう。

 

「では俺はこれで失礼します」


 このふたりと話し込んでいるという状況はあまりよくない。

 

「あら」


 リリアーナさまは意外そうな顔をしたものの、引き留める理由がないからか、行かせてくれた。


 どうしてこうなった? と思いながら俺はあわてて立ち去る。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「リリアーナ、どうしてあのようなことを言いだしたの? たしかにひとりで庭をそうじしたのはすごいけれど、相手はソルム家の男性でしょう?」


 ユリアはひとつ上の親族にして親友であるリリアーナに意図をたずねる。


 いま彼女たちは女子寮のユリアの部屋でお茶をしていて、そばにひかえるメイドたちも信用できる者しかない。


「あの場所での魔力は彼だけのものではなかったわ。おそらく彼は精霊と契約しているはず」


 リリアーナは微笑む。


「精霊と……?」


 ユリアは目を丸くする。


 精霊は超常的な力を持つ高等存在であり、望んで契約できるヒューマンはほとんどいない。


 王族全体を見回してもふたりしかいないし、彼らは精霊にたまたま好かれただけだ。


「兄のおかげで何とくわかるようになっているのよ、わたしは」


 うちひとりがリリアーナの兄で、彼女は気配を覚えてしまっている。


「それは知っているけど」


 彼女が気配の種類を敏感に感じ分けられるのは、ユリア以外にも親しい者なら知っていることだ。


「軽く探ってみたところ、どうやらわたしたちに近づきたい下心はないみたいよ」


 とリリアーナはさらりと告げる。


「それは同感だけど」


 ユリアは首をかしげた。

 男性の下心に対して敏感でなければ、王侯貴族の女性はやっていけない。


 もちろん隠すのが上手い男性はいるので過信は禁物だが。


「でもまだグリード侯爵が用意した刺客という線はあるんじゃない? 信頼薄そうな子爵家だからって安心するのは危険よ」


 とユリアは指摘する。


 彼女がはっきりと口にするほど、王家を中心とする派閥はグリード侯爵を警戒していた。

 

「そうね。わたしも疑ってないわけじゃないわ。わたしの見立てでは彼は侯爵に信用されてない中立に近い存在か、そうよそおった侯爵の切り札的存在のどちらかよ」


 とリリアーナは微笑を浮かべて言い切る。

 ルークは前者なのだが、それを見抜けるだけの情報を彼女は持っていなかった。


「グリード侯爵の派閥の領地で魔物が暴れたり、何者かが手駒と殺し合ったりして、いま派閥の力が弱くなってるのだからチャンスだわ」


 とリリアーナは語る。

 

「危険じゃない? 中立に近い子爵なら、派閥のめぼしい情報なんて与えられてるはずがないわ。逆だったら脅威よ」


 ユリアが懸念を示す。


「優秀な人材なら、いまがこっそり派閥を替えるチャンスだって気づいてないはずがないわ。賭ける価値はあるのよ」


 とリリアーナは微笑んで説明した。


 ルークは気づいておらず、それどころか別の計画を抱きはじめているのだが、もちろん彼女たちが知る由はない。


「そこまで危ない橋をあなたが渡らなくてもいいじゃない」


 ユリアは心配して反対する。

 

「動くならいまなのよ。侯爵の関係者が学園内にすくなくて、派閥の力も弱ってるいまこそ学園内で動く最大の好機だわ」


 とリリアーナは言った。


「いくら何でもできすぎじゃない? まるで誰かが仕組んだみたい」


 とユリアは不安になる。

 だいたい当たっていると、やはり彼女たちが知る由もない。


「何者かが全部計算してこの状況をつくったのだとしたら、お手上げね。その存在は神さまみたいな強大な力か、魔王みたいなすごい部下たちを持っているわよ」


 リリアーナは両手をあげて降参のポーズをつくる。

 この言葉が的中しているなんて、彼女たちは夢にも思わなかった。

 

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