第39話「裏と表の両方を握れば完全勝利」

 寮に戻って寝転がったとき、


「学校とやらにまったく通ってないが、かまわないのか?」


 とウーノが聞いてくる。


「コッペリアが単位をとってくれて、必要な情報を提供してくれるからな」


 学園生活において大事なのは単位と情報のふたつだ。

 人間関係は今年一年は動く気配はなさそうなのでスルーしていてかまわない。


 唯一接点があったコアーク伯爵の関係者は、領地がやばいということで休学したそうだ。


 おそらくこのままぼっちでいられるだろうから、弱小の子爵家って便利だと思えるようになっている。


「たしか王族とやらはいるんじゃなかったか?」


「そう言えばそうだったな」


 失礼ながらウーノは意外と記憶力がいい。

 だが、彼女の意見はあまり役に立たないだろう。


「子爵じゃ格が違う上にツテもないから、王族とコネをつくるのは無理だと思うぞ」


 そもそも寄り親のグリード侯爵は、王家が潜在的な敵だと言えるくらいに仲が悪い。


「向こうは俺をグリード侯爵の尖兵の息子って思ってるだろうから、近づいても警戒されるだけだよ」


 あるいは弱小すぎて無視されるか。

 だから何もしなくてちょうどいいはずだ。


「ふむ、では学園に来た意味がないのではないか?」


 ウーノの疑問は当然だと思える。


「いや、お前をもう一度封印できるアイテムの手がかりを集めておこうと思ってね」


 あれ、言わなかったっけ? と内心首をかしげながら言った。


「ほ、本気なのか?」


 ウーノは目を見開き、赤くなる。

 何だ、このめちゃくちゃ可愛い反応は?


 萌えコンテンツのヒロインみたいな表情にドキッとなった。


「まあな。そのほうがお互い安心じゃないか」


「う、うむ。共同作業というやつだな」


 なんか違う気がしたけど、訂正するのは無粋な空気になってしまったので、うなずいておこう。


「そのためには情報がもうすこし欲しいな」


 とつぶやくとウーノが首をかしげる。


「なら、人脈は必要になるのではないか? そのほうが情報集めもはかどるだろう」


「あっ……」


 彼女の指摘はもっともだった。


「その通りだな。作戦の変更を急ごう」


 学園内で情報を集めたいなら、学園内の知り合いを増やすのが一番だからな。

 幸い俺はまだ一年だし、月日もあまり消費されていない。


 巻き返していくことは可能だろう。


「知り合いを増やせそうな方法を何か考えないとな」


 とつぶやく。

 一番いいのは生徒会か何らかの組織に入ることだ。

 

 だけど上級貴族が多い組織に俺が入る場合、デメリットが多すぎる。


 俺みたいな弱小貴族はよくて小間使い、悪いといじめの対象になるリスクがあるのだ。


 二番目としては趣味のサークル、同好会に入ること。


 共通の趣味で意気投合すれば、派閥のしがらみを超えた関係を築ける可能性だってある。


 デメリットは趣味の対象次第で拘束される時間が増えてしまう点だ。

 

「まあ、俺にとって利益あるサークルを選べば、デメリットは軽減されるんだが」


 とウーノに考えを共有する。

 彼女の意見も聞いたほうが、いいアイデアが出せそうだからだ。


「コッペリアの情報によると、生産サークルと冒険サークルがあるはずだが」


 ウーノがふしぎそうな顔をする。


「そのふたつは採用したくないんだ」


 たしかにそのふたつは俺にとって実益を兼ねてくれるだろう。


 けど、ナビア商会との関係や仮面冒険者ルーの存在とのつながりを、たとえにおわせレベルでも示唆したくない。


「お前の懸念は聞かされているが、いまの段階なら表の力を握りにいってもいいのではないか? わらわたちの正体にさえ気づかれなければよいはずだ」


「……一理あるな」


 ウーノの意見はなるほどと思わされた。

 俺が本当に伏せたいのは彼女、クワトロ、ソルティアの正体である。


 これらが露見しないのであれば、力をつけて正面から成り上がるのもひとつの手になるのかも?


「お前は裏からというが、裏と表の両方を押さえてしまえば完全勝利だろう?」


「それはその通りだな」


 ウーノの言葉には反論の余地がない。


 裏社会のフィクサーポジションが何となくいいと思ってたけど、表でも裏でもってのはベストか。


「裏はお前とクワトロ、ソルティアが。表は俺とドゥーエたちがやればいいか」


 見事に使い分けが可能な戦力が集まってきているな。

 べつに狙ってやったわけじゃないけど。


「目立ちすぎると破滅フラグが立ちそうだと思ってたんだけどなー」


 俺は天井を見上げながら言った。


 弱小貴族の子どもが目立つって、「出る杭は打たれる」という言葉が生まれた理由を思い知らされそうだし。


「お前を破滅させるとして、誰がだ? わらわ、ニブルヘルム、ディアスグラム、ソルティアが同時に戦って、敗れる相手などいないと思うが」


 ウーノの真摯な問いに俺は答えられなかった。

 

「言われてみればそうかもしれないな」


 ウーノたちだけじゃなくて、セリア、サブリナ、ニクス、オルロっていう主人公にとって重要な味方もこっち側にいる。


 いくら主人公でもひとりでこの面子に勝つのは無理そうだな……。


「俺なんかやっちゃってた?」


「いまごろ気づいたのか」


 ふざけようとしたけど、ウーノには呆れられてしまった。

 

「ここまできたらせっかくだから、天帝龍と海皇龍にも会ってみたいな」

 

 と残りの三神龍について希望を口にする。

 すくなくとも敵対しない関係になれたら、ひとまずは安心できるからだ。


「それは反対だ!」


 ウーノは突然こわい顔をして強い口調になる。


「えっ、ダメなのか?」


 と思ったけど、そう言えばディアスグラムとは仲が悪かったんだった。


「もしかして残りの龍とも仲が悪いのか?」


 たしょう仲は改善したっぽかったから期待は持てると思うんだけど。


「当然だな。あんなやつらと仲良くするなら……」


 ウーノの言葉は不満が高まりすぎたのか、途中で止まる。


「でも、ディアスグラムとは妥協できたんだろう?」


「ふん、お前のために譲歩してやっただけだ。べつにあいつと仲良くなったわけじゃない。勘違いするなよ」


 ふんとウーノはそっぽを向く。

 何だ、この不意打ちで可愛い生き物は?


 いままで顔がいいと思っても可愛いと思ったことはなかったので、ちょっと困惑する。


「まあ理想だな。無理にやらなくてもいい」


 と言っておく。

 うまくいってるのに内輪もめで崩壊って間抜けすぎるもんな。

 

「冒険者ルーを出すのは、移動手段を探られそうだからやめておこう。生産部も共同開発をナビア商会に売るのは難しいだろうから、結局このふたつは外れそうだ」


「それなら仕方ないな」


 今度思いついた理由には、ウーノも納得したらしく何も言わなかった。


「そうなると生徒会か風紀委員会あたりを目指すことになるか?」


 上級貴族の子弟が多いことを想起して顔をしかめる。


「しかも、グリード侯爵と折り合いが悪い相手ばかりになりそうなんだよな」


 悪役のグリード侯爵とその派閥の人間は秩序側の組織になじめない。


 秩序側にいる者が実は巨悪だったというパターンとは縁がないゲームだったからな。


「つまり確実に俺がいじめられる」


「そんなやつ潰せばいいじゃないか」


 ウーノの即答に笑う。


「露骨にやるとさすがにちょっとまずいかも。段階を踏みたいな」


 もしかしたら俺が慎重すぎるのかもしれないけど、いまさら性格は急には変えられない。


「まあ慎重なほうがわらわも守りやすいのは否定できないな」


 ウーノは理解して譲歩してくれた。

 

「そもそも俺が申し込んで生徒会に入れるのかわかんないので、まずは試してみるところからかな」


 もちろん拒否される可能性のほうが高い。

 

「ダメだったらまた考えてみよう」


 と言いながら寝る。

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