第35話「炎氷のニクス」

「フィア、ニクス、いるか!?」


 あばら家の前で怒鳴るように声をかけると、やせた母娘がおどおどと姿を見せる。

 ふたりともあまりいい身なりじゃない。


 いじめられてるかはさておき、いいあつかいを受けてないのは明らかだ。

 

「な、何でしょうか?」


 母親、フィアのほうが娘をかばうようにたずねる。


「こっちのルー殿という戦士が、お前らを見てみたいそうだ。【七牙】のリクスを圧倒的な強さで倒した猛者だ。失礼のないようにな」


「え、リ、リクスさんを……?」


 ふたりの俺へ向ける瞳が恐怖で濁ったのは気のせいじゃないだろうな。


 炎豹族としては弱い母娘が、強い俺に失礼なふるまいをするというのは耐えられないんだろうけど。

 

「もしかしたらルー殿には迷惑かもしれないが、こやつらが貴公に失礼があってはいけないので、我々も監視させてもらいたい」


 ふつうなら監視対象はよそ者の俺になるんだろうに、彼らは本気にフィアとニクスのほうを監視するんだろう。


「それはいいけど、用件はすぐに終わるだろう」


 と言ってからふたりに向き直る。


「炎豹族なのに変わった属性を使うと聞いたけど、見せてもらっていいか?」


 フィアとニクスを交互に見た。

 目的がニクスだと俺が知っているのは不自然だろうから、何も知らない顔で頼む。


 フィアは炎豹族らしい赤い髪、ニクスは青い髪だから、本当は違いはすぐにわかるんだけど。


「は、はい。それは娘なのですが」


 フィアがおどおどと俺と同族を見比べる。


「ルー殿の要望に応えないか!」


 𠮟りつけるように隣にいる見張りが言って、母娘はビクッと体を震わせた。

 ちょっと気の毒だけど、助け船を出すのはまだ早い。

 

「ご、ごめんなさい」


 ニクスはおびえながら氷を吐き出す。


「ご、ごらんのようにあたいは氷と雪なんです」


 と彼女は泣きだしそうな表情で言った。


「何で炎豹族から氷使いが生まれるのやら。しかも弱い」


 見張りの炎豹族はさげすむ。

 強ければ認めてもらえるので、彼らはそこまで理不尽じゃない、気がする。


 実際につらい目に遭ってる母娘には言えないんだけど。


「弱い氷使いなら俺が引き取ってもいいかな?」


 と言ってみる。

 母娘の体がビクッと震えた。


「物好きだな。強くて将来有望な子ならほかにいるし、貴公に鍛えてもらいたい者だって見つかるだろうに」


 見張りが驚いた顔をして、仮面をまじまじと見つめてくる。

 ニクスはいまは幼くて弱いけど、将来的には世界を救う英雄となるのだ。


 言ったところで絶対に信じてくれないな。


「好かれてない者のほうが角は立たないと思ったんだ。何なら母親もまとめて面倒を見ようか?」


 母と引き離すリスクを考慮して申し出る。


 ドゥーエは両親との仲がひどいうえに捨てられたのだから、配慮なんていらなかったがニクスは違う。

 

「一応、集落の幹部に話を通したい。反対意見は出ないと思うが」


 という言葉はもっともなので、集落に話を通しに行ってもらった。

 もっとも、残り三名は監視としてここに残る。


「あ、あたいたちはどうなるんですか?」


「弱者は強者に従うべし。このルー殿のお気持ち次第だ」


 不安そうに問いかけるニクスに母親は答えずうつむき、炎豹族は冷淡な返事をする。


 老年の男、壮年の男女三人、合計四人がこっちにやってきた。


「こいつらを引き取りたいと言い出した者は、貴公かな?」


 老年の男の問いにうなずく。


「この集落に居場所はないだろうしな」


 とあえて俺も冷たい言い方をする。


「貴公なら資格はあるが、どうせならもっと有望な若者はどうだ? そやつらより貴公の役に立てると思うのだが?」


 と老年の男性は提案してきた。

 役立たずの母娘を引き取りたい理由が彼らにはわからないのだろう。


「実は火属性は間に合ってるんだ。氷使いがいないのでね」

 

 と断り文句をとっさに考える。


「間に合ってるのか。では仕方がないな」


 不満を隠せてないものの、ぶつけてくるほど愚かではないようだった。

 いろんな属性使いを集めてる、とでも勘違いしてくれたならありがたい。


「俺はこれで失礼しよう」


「もう行かれるのか? 貴公ほどの猛者をもてなせないのは、我らとしては痛恨のきわみなのだが」


 老年の男は本気で残念そうだった。

 実力者に敬意を払う種族なんだからウソじゃないだろう。


「すまないがやりたいことが多すぎて、時間が足りてないんだ」

 

 本音だったからか意識しなくても真情が勝手にたっぷりとこもった。


「そ、そうか。当然だろうな。失礼した」


 何かめちゃくちゃ納得されてすぐに解放される。


「ではふたりとも俺についてこい」


 フィアとニクスは助けを求めるように周囲に目を向けるが、誰も相手にしない。

 彼女たちは無料で俺に譲られたのだ。


 簡単に身支度をしたふたりは集落を出ていく俺のあとについてくる。

 炎豹族が笑顔で手を振るが、全員俺に対してだけで彼女たちは透明だった。


 人目がなくなるまで歩いたところでふり返る。


「さてとウーノ」


 呼び出すときにあえて名前を呼ぶ。


「承知している」


 彼女はすぐに現れてニクスを見る。


「なるほど、潜在能力は高そうだな」


 ニクスたちはビクッとなって尻尾を丸めてしまう。

 相当驚いたらしい。


「せ、精霊?」

 

 フィアのほうはピンと来たようだ。


「うむ。このルーと契約している精霊だ。逆らうならいままでよりもひどい目に遭わせてやるぞ?」


 とウーノがすごむと、ふたりは抱き合ってガタガタ震える。

 

「脅しすぎじゃないか?」


「優しいだけだと舐める輩は絶対出るぞ」


 たしなめたら心外だとばかりに言い返された。

 それはたしかにそうかもしれない。


「とりあえず【庭】に連れて行ってくれるか」


「いいだろう」


 ウーノの力ですぐに彼女たちも庭の中に入る。

 

「ここはまさか、異空間魔法? おとぎ話に出てくる……」


 フィアはきょろきょろしてるうちに限界まで目を見開く。

 異空間魔法なんて使えるやつはほとんどいないもんな。


 ドゥーエはウーノの正体を知っていたから、サブリナは天才だからこそ、あんまり驚いてなかったけど。


「お前たちには俺の組織【ゾディアック】に入ってもらたい。衣食住は保障しよう」


 と俺は仮面を外して告げる。


「あれ、まだ子ども?」


 フィアもニクスもまたまた驚いていた。

 

「舐めたら殺す、くらいは言ったほうがいいだろうな」


 とウーノがふたたびけん制する。


「と、とんでもない」


「七牙に勝てる人をバカにするなんて!」


 母娘は必死に否定していた。

 怪訝そうな顔になったウーノに、事情を説明する。


「行っただけで炎豹族最強の倒すとは運がいいやつだ」


「たしかに。実力の証明を何度もせずにすんだからな」


 順番が違うと何度も戦いを挑まれる面倒な展開になっていただろう。


「ボス、おかえりー。その子が新入り?」


「炎豹族なのに氷って興味あるなぁ」


 俺たちの会話を聞きつけたドゥーエとトーレがやってくる。


「見世物じゃないぞ」


 と俺が言うと、ふたりの少女は首をかしげた。


「あれ? ひとりって聞いてたのにふたり?」


「親もスカウトしてきたの?」


 ドゥーエとトーレの視線がこっちに来たので事情を話す。


「さすがに気の毒だと思ったから。ここに常駐する連中を紹介するので、彼らの指示には従ってくれ」


「は、はい」


 右も左もわからない状況に困惑しながらも母娘は逆らわない。

 そんな気力もなさそうだ。


「じゃあ、とりあえず、ご飯にでもしない? たぶんあんまり食べてないでしょ?」


 とトーレがフィアを見ながら言った。

 同時に母娘のおなかが揃ってぐーっと鳴る。


 ゲームだとニクスは一日一食か二食だったと振り返っていたな。


「そうだな。食事は三度出そう。ドゥーエ、頼んだ」


「りょーかい。ちょっと待っててね」


 と言ってドゥーエは引っ込む。


「料理ができるまで氷使いを見たいんだけど」


 と俺は注文をつける。

 一方的な善意なんておそらくいまの彼女たちはなかなか信じられないだろう。

 

 親切にされる理由を先に提示するほうが、かえって彼女たちには親切になるはずだ。


「は、はい」


 ニクスは雪と氷を出して見せる。


「この程度しか使えないのですが」


 期待外れだと言われないか、不安でいっぱいの表情だった。

 ロリコンだとやられてしまいそう。


「鍛えればどんどん伸びるだろう。わらわに任せておけ」


 とウーノがにやっとする。

 彼女の眼鏡にかなったのなら平気だろう。

 

「俺だってこいつに鍛えられて強くなったから、育成能力に関しては信用してもらっていいぞ」


 と俺が言うと、


「えっ? そうなんですか」


 ニクスの表情にちょっとした期待が宿る。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る