第23話「冒険者デビューをしよう」

 授業を終えて庭に行くと、クワトロが迷惑そうな顔で出迎えた。


「何かあったのか? ウーノのやつが怖ろしい剣幕で、俺に指示を飛ばしてきたのだが」


「うざい貴族に絡まれてたからね」


 ウーノの殺意はすごかった、と伝えると彼は納得したらしい。


「ならば次に攻め滅ぼすのはそいつか?」


「やるなら俺に疑いがかけられないような状況をつくってくれ」


 あそこまでやられると止める気をなくしてしまった。

 ただ、条件を出すことは忘れない。


「ルークが授業とやらを受けている間に、魔物があやつの故郷に襲いかかればいいだろう?」


「それはありだな」


 ウーノが現実的なプランを出してきたことに驚きながらも評価する。


 授業の最中なら俺にはアリバイがあるんだし、襲うのが魔物なら余計に疑われにくいだろう。

 

「ならさっそくクワトロ、お前がやれ」


 ウーノがけしかけたので、俺は待ったをかける。


「その前に情報収集をすませておきたい。グリード侯爵の派閥について、俺はほとんど知らないから」


「始末するのは情報を引き出してからだな。了解した」 


 とクワトロは笑う。


「いまのところどれくらいわかった?」


 現時点で確認してみる。

 

「グリード侯爵家とやらは三の伯爵家、八の子爵家を派閥に持っているようだな」


 領地経営は上手くいっているし、領民たちの評判は悪くないらしい。


「意外だな。足元はしっかり固めるタイプなのか」


 そんなイメージはまったくなかったから驚きだ。


「汚い仕事は手下どもに押しつけ、自分は上前を吸い上げるタイプらしいな」


 何かあったらトカゲのしっぽ切りするのか。

 悪役らしいなと思う。

 

 ゲームでは失敗してたけど。


「コアーク伯爵家とやらは領地は豊かではなく、国や侯爵からの負担要求に応えるために、いろんなことに手を出してるみたいだな」


 とクワトロは話す。

 爵位に応じて交際費はかかるし、軍事費も必要になる。


 うちはあまり負担を要求されてないけど、コアーク伯爵家は大変なのかも。


「そこも調べたって、クワトロは優秀だな」


 報告を聞いて感心する。


「当然だな」


 クワトロを胸を張ると、


「ルークたちがつぶした【黒蛇】と【紅蓮剣団】はどちらもグリード侯爵とつながりがあったみたいだ」


 と予想してなかったことを告げる。


「マジかよ……【紅蓮剣団】もだったのか」


「そのせいでグリード侯爵家の稼ぎが落ちていて、伯爵家に指令が出たらしい」


 クワトロの説明でようやく納得がいく。

 

「あのモンドは同じ派閥で、あまり負担を要求されてないソルム子爵家に目をつけたってわけか」


 だから俺のところへタカリに来たんだな。


「派閥内の問題で処理できると考えたのだろう」


 とクワトロが言う。


「弱小子爵なら問題にできる力がないもんな。弱いふりは順調ってことだ」


 絡まれたのは迷惑だったけど、表向きの顔がうまくいっているという判断材料をゲットできたのだから良しとしよう。


「俺は俺で冒険者として登録したいと思う」


 黙っていた考えを口にする。


「腕試しか?」


「まあね」


 ウーノの言葉にうなずいた。

 普通にしていれば戦闘経験を積む機会がすくなく、自分の実力を把握しにくい。


 ガンガン動くための情報も足りてなかった。


「冒険者だから入ってくる情報もあるだろう。ランクを上げれば知り合いも増やせるからね」

 

 冒険者はごろつきモドキあつかいを受けることも珍しくないようだけど、高ランクとなればさすがに待遇も違う。


「学園では得るものがなさそうか?」


 ウーノが見透かしたようなことを言ってきた。


「今のところはね。思ってたのとけっこう違う」


 モンドを除けば上級生との交流もないどころか、同学年の交流もとぼしい。


 ちらちら見てるノーラの視線に気づないふりをすれば、無風状態の生活を送ることになりそうだ。


「本当に何もないのは困る。時間の無駄遣いになりそうだ」


 と言ってウーノを見て【地神龍の面】を取り出す。


「あいつめそんなものをルークに」


 彼女の表情は複雑そうになる。


「それを持つヒューマンはおそらく歴史上リーダーだけだろうな」


 とクワトロに言われてうなずいた。


「顔を隠すのにこれを使うと一瞬でバレるので、かわりになる仮面が欲しいんだ」


 歴史上誰も持ってないものを人前で使うわけにはいかない。


「ふむ。わらわの専用の面を用意してやろうか」


 ウーノが対抗意識を燃やしたので、希望を正確に伝える。


「外見はありふれてて、壊れにくいものを頼みたい」


「わかった。わらわに任せておけ」

 

 彼女は要望通り何の変哲もない白い面を用意してくれた。


「じゃあ離れた場所で冒険者登録しに行こう」


「王都とやらでしないのか?」


 クワトロがふしぎそうに聞いてくる。


「ああ。離れた場所のほうが動きやすい」


 と言ってからはたと気づく。

 冒険者としては実力を隠さずにやっていくつもりだからだ。


「転移ができるのはウーノくらいだから、場所が離れていれば結びつけられる心配はいらないからね」


 クワトロ級の実力者、サブリナのような天才ですら不可能なことを、ソルム家のルークなんかができるはずがない、というわけである。


「魔力を見ればわかりそうなものだが」


 なんてクワトロが言うけど、普通は無理な芸当だ。


「ウーノ、適当な町に移動してくれ」


 さすがに彼女なしというのは考えられないけど、ほかの面子は置いてそれぞれの作業をしてもらおう。


「かまわないが、ドゥーエは連れて行ってもいいのではないか?」


「礼儀作法は覚え終わったみたいだから、連れて行ってもかまわないだろう」


 両親から手紙が来ていた。

 ドゥーエがいれば単純に戦力アップになる。


 ソロで通用するほど冒険者はきっと甘くない。

 人前でウーノに頼る事態は可能なかぎり避けたいからね。


 実家に戻って両親に話を通してドゥーエをガーデンに連れて、事情を話す。


「普段はここで魔物のお世話、ルークさまが冒険者をするときは護衛ですね。承知しました」


 と答えたドゥーエは、すっかりきれいなメイドの女の子になっていた。

 

「しかし、お前の両親は何も言わないのだな」


 とウーノに言われて思わず笑う。


「おおらかな人たちで、とても助かってるよ」


 彼女もドゥーエもただものじゃないとわかってないはずがない。

 何も言わずに見守ってもらえてるのはとてもありがたかった。


 両親の破滅フラグもしっかりへし折っておかないと。



「ところで冒険者をやる場所は王都と地元から離れていればいいんだな?」


「ああ」


 ウーノの確認に肯定する。


「ドゥーエの分の仮面、あとは服装もだな」


 これは安い古着で充分だろう。

 着替えをすませた俺とドゥーエは見知らぬ場所に移動させられていた。


「ここはどこなんだろう?」


 とドゥーエはきょろきょろする。


 近くにはけわしい山や森があって、見える建物は都市というよりは要塞だけど、何となく見覚えがあった。


「どこかの都市の外だな。まあ中に転移するよりはありがたい。ごまかしがきくからな」


 ウーノの気遣いに感謝すると、彼女はどや顔している。

 こうして見ている分には外見年齢と変わらないんだよな。


 精霊の精神年齢なんてそんなものかもしれない。

 都市の出入り口で目を光らせる兵士の横を通り過ぎる。


「クストーデだったのか」


 都市名をチラ見した俺は見覚えがあるわけだと納得した。


 クストーデ辺境伯の次男が主人公の仲間のメインキャラクターで、故郷であるクストーデには何回も足を運ぶイベントがある。


「クストーデって国境を守る領地だよね?」


 学んできたらしいドゥーエが隣で歩きながら小声で聞く。


「ああ。仲の悪い帝国と隣接してる上に、強い魔物も出る地域なんだよな」


 そのためクストーデ兵は強いし、有名な冒険者パーティーも滞在している、という設定だった。


 街の真ん中にある冒険者ギルドの建物に入る。


「おいおい、ここはガキが来るところじゃないんだぜ?」


 と壮年の男性がいきなり絡んできた。


「そうだ。危ないことはお兄さんたちに任せて、子どもは両親のところに帰りな」


 と男性の隣にいる槍を抱えた男も言う。

 ふたりとも俺たちのことを心配してくれるいい人だった。


「はぁ? わたしらのほうが強いと思うけど?」


 ところがドゥーエはケンカを売られたと解釈したらしく、ふたりをにらみつける。


「お嬢ちゃん、威勢がいいな」


 ふたりとも真っ向からケンカを売り返されるとは思わなかったのか、あきらかに困惑していた。


「はいはい、そこまで」


 茶髪ショートヘアの若い女性受付が、手を叩きながら介入してくる。


「クストーデ辺境領では領主さまの意向もあり、腕のある人は常に歓迎しています。死んだら自己責任のルールを承知してるならかまわないですよ」


 女性受付は言って覚悟を問いかけるように俺たちを見つめた。


「承知しているのでよろしくお願いします」


「よろしくお願いします」


 ドゥーエは俺のまねをする。


「では簡単に測定をおこないます。こちらへ」


 受付が案内してくれたのは二階にある訓練場で、鉄製の人形が設置されていた。

 「測るマン」というあだ名を持っていて、プレイヤーの攻撃力を計測してくれる。


 魔力を使った攻撃力が戦闘力に等しい世界だからだろう。


「じゃあまずは俺から」


 俺は安いロングソードを借りて、魔力を込めた攻撃を「測るマン」に叩き込む。

 大きく衝撃を与えた結果、胸の部位にヒビが入った。


「う、そでしょ……金級の攻撃でも傷つかない代物なのに」


 受付が愕然としてつぶやく。

 金級とは一部ネームドをふくむ、冒険者の最強ランクのことだ。


 主人公だってラスボス戦手前くらいにならないと勝てない猛者たちである。


「これ、古くなってませんか?」


 測るマンはその性質上、最強クラスの冒険者に殴られても傷ひとつつかない強度のはず。


「せ、先日新調した新品です。耐久性が下がってるなんて考えられません」


 受付が早口でまくし立てる。

 あれ、おかしいな?


「では次はわたしも」


 ドゥーエが魔力を込めて拳で殴ると、今度は太ももの部分にヒビが入った。


「やっぱり不良品なんじゃないですか?」


 測るマンは金級の攻撃にも耐える役目がある。

 こんな簡単にヒビが入ってたら、しょっちゅう買い替えなきゃいけないじゃないか。


「初期不良ってやつ?」


 というドゥーエの言葉にうなずく。


「金級冒険者の! 攻撃に何度も! 無傷で耐えた! 最高級品です! これ!」


 受付の女性がたまりかねたように、涙目になって叫ぶ。

 ……マジで?

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