第18話「炭酸水を販売しよう」
俺が探したかったのは炭酸水の鉱泉だ。
むかし、日本でどこかで発見されて販売されたらしいと聞いた覚えがあったせいである。
炭酸水は重曹とクエン酸で作れるそうなんだけど、このふたつがこっちの世界にもあるかどうかわからない。
すくなくともナビア商会の商品ラインナップにはなかった。
「まあこの湧き水が飲めるのかという問題はあるんだけど」
ウーノの案内でやってきた鉱泉を見て俺は腕を組む。
「魔法でチェックしたところ、ヒューマンが飲んでも安全だぞ」
「さすがウーノ。仕事が早い」
やって欲しかったことをすぐにすませてくれるのはありがたい。
「当然だ。わらわに任せておけ」
ウーノは得意そうに胸を張る。
「これを売りに出すの?」
トーレが首をかしげた。
「ただ売りに出すのは簡単じゃないだろうな」
鉱泉から水を汲むだけならマネされやすい。
「というか水利権とかどうなってるんだろう、この世界」
勝手に水を汲んで売りに出しても大丈夫なのかな?
ウーノはもちろん、トーレも土地の権利関係は知らないみたいだ。
水を汲んで飲むくらいなら見逃してもらえるだろうけど、商品化は権利関係をクリアしておくほうが安心だろう。
こういうとき領地を持ってる領主って強いんだろうなぁとしみじみ思った。
「とりあえずナビア商会に行って相談してみるか」
ナビア商会なら湧き水を調達するくらいは難しくないはずだ。
となると炭酸水じゃなくてメロンソーダとか、工夫を想定しておくほうがいいかもしれない。
「詳しい者に聞くのが一番だな」
ウーノは納得したのでアポを取りに行ってもらう。
「法律はわかんないや。魔法は得意だけど」
ふたりきりになったところでトーレがこぼす。
「トーレには期待してないからいいよ」
「ぶー。なにそれー」
なぐさめたつもりだったが、本人はお気に召さなかったらしくむくれる。
「そっちに詳しい人材がいつかは必要になるのかな」
ゆくゆくはノーラ、なんて思ったことがないわけじゃないけど、さすがに大商会の子どもは無理だろうし。
「組織が大きくなると金庫番もいるんじゃないの?」
トーレに指摘されてハッとなる。
いまは人数がすくないので俺が自分で握ってるけど、拡大したら無理になるのか。
金庫番ってその気になれば金を使い込んだり持ち逃げできるから、信頼できるやつがいいんだろうなぁ。
「誰がいいのかな」
「あたしは?」
トーレは自分を指さす。
「お前は興味あることにガンガン使うタイプだろ」
「バレてる!」
率直に印象を伝えると悪びれずに肯定して、ケラケラと笑う。
ある意味裏表がなくて信用はできると言えるけど、任せられないことに変わりはない。
「戻ったぞ」
ウーノが不意に目の前に現れるのは慣れたので、「おかえり」と返す。
トーレはビクッと震えて、「心臓に悪い」とこぼしている。
「とりあえずいまなら自宅のほうに来ていいらしいぞ」
と報告された。
いつ行っても歓迎されてる気がするけど、さすがに偶然だろう。
「トーレは一応連れて行くか」
ひとりでここに残すのは危険があるし、ウーノとクワトロのことを知られてる相手に隠す必要は感じない。
夫人がメイドを従えてにこやかに出迎えてくれたが、サブリナに気づくやいなや、ぎょっとなる。
「ま、まさか、史上最年少で魔法学園を卒業した天才・サブリナさまですか?」
「うん。あたしのこと知ってるの?」
サブリナことトーレはもちろん、俺だってこれにはびっくりだ。
まさか紹介をする前に言い当てられるとは思わなかったぞ。
「もちろん。おそらく最も有名な十五歳のひとりでしょう」
王族や大貴族もいることを思えば、夫人の言い回しはふしぎじゃない。
サブリナはあくまでも下級貴族だからね。
本人がその気になれば侯爵位くらいまでは狙えるだけの手柄を立てると思うけど、やる気を引き出せる人がいるかどうかだ。
「まさかルークさまとつながりがあったなんて」
サブリナがゲーム開始前の時点なのに、想像していたより有名とは。
つながりを見せたのは失敗だったか?
「ルークはいい人だから。あたしのやりたいことにも理解があるし」
サブリナはニコニコして話す。
「サブリナさまの天才性を受け止める器量を持つ方がいるとは……」
夫人は驚いて言葉が見つからない、と言わんばかりだけど、そこまでびっくりすることじゃないだろうに。
ウーノとクワトロの代用は無理でも、自由に魔法を使うのを許容するだけでいけるはずだぞ?
と言っても信じてもらえる空気じゃないな、これ。
「実は今日は相談があったんだけど」
「はい。精霊さまから概要はうかがっております。立ち話をしてしまい、失礼いたしました」
夫人は恐縮した様子で詫び、中に入れてくれる。
失態と言えば失態なんだけど、珍しいミスなのでサブリナの存在にどれだけ驚いたんだよって思ってしまう。
美味い水を飲んだあと、さっそく本題に入る。
「水利権ですか?」
「商会が抑えてる権利があれば手っ取り早い気はするけど」
ナビア商会なら、水利権を持っていてもふしぎじゃない。
「お役に立てればよいのですが」
夫人はためらわずに家と商会が持ってる権利について話してくれる。
この辺は調べたらわかるってことだろう。
残念ながら地名を言われても、俺がウーノに連れて行ってもらった場所かどうか、判断はできない。
だから質問を変えてみよう。
「温泉が出る土地は持っていますか?」
「それなら三か所所有しています。二か所が商会のもので、一か所はウチのプライベートのためのものですが」
さらっと夫人がおそろしい内容を即答する。
「温泉がご入用なのですか?」
商取引の相手だし、作り方を教えてアイデアをもらうほうが楽なので、しゃべってしまおう。
「実はですね……」
内容を聞いた夫人は考え込む。
「泡が出る水なら、かつて販売されたことがありましたが、売れなかったみたいですよ?」
嗜好品としては受け入れられなかったと彼女は語る。
なるほど、同じようなことを考えた先人はいたらしい。
この世界にあるものを単に売るだけで儲けようというのは、さすがにムシが良すぎたか。
「どうするの?」
サブリナが俺を見るけど、面白がってる雰囲気が濃い。
「一応アイデアはほかにあるけど、試行錯誤の必要はあるかなぁ?」
メロンソーダやジンジャー〇ールみたいなものを、こっちの世界でつくり出せるのか。
つくり出しても売れるのかどうか、やってみるしかない。
「ならば貸し出しましょう。プライベート用は無理ですけど、商会のものでしたら」
「いいんですか?」
無料じゃないですよね、というニュアンスをふくませて夫人に問いかけると、無事に伝わったようだった。
「ええ。貸し出し費用はお支払いしているアイデア料から割り引かせていただきます。商品化に成功したあかつきは、もちろん権利料をお支払いします」
まさか実験するだけやって、ライバル商会にもっていかないよね? とけん制されてる気配がある。
「ええ、いいつき合いを続けましょう」
と笑顔で応じた。
俺の情報を持ってる相手をいたずらに増やすのはリスクしかないからだ。
ナビア商会がいい取り引き相手でいるかぎり、余計なことを考えるつもりはない。
「場所について教えてもらっていいですか?」
「ええ。あと利用許可証も用意しておきましょう」
たしかにそれがないと無断使用の疑いをかけられても文句は言えない。
夫人の機転と仕事の速さは助かる。
「学園が休暇になったらまたいらっしゃってくださいね」
別れ際、夫人にそんなことを言われた。
遊びに来るような関係じゃないと思うけど、向こうはそうでもないのか?
「大商会に何度も出入りしてるとバレたら、怪しまれるんだよね」
貧乏子爵がどうやって大商会に取り入ったのか、勘繰られてしまう。
普通なら逆なんだろうけど、家の力関係的には間違っていないのだ。
「目立たずにいらっしゃる行為は、精霊さまのお力なら造作もないでしょう」
その点は俺も心配していない。
「わたしどもは口の堅さと信用こそ生命線です。それがない商人は貴族につぶされますから」
夫人は真顔で言い切る。
商人は貴族が欲しがるものを調達するし、金を貸すこともすくなくない。
つまり貴族の弱みを握れる立場だから、貴族には警戒されている。
貴族相手に優位に立ったと慢心すれば破滅するのは、夫人の言う通りだろう。
商人はあくまでも貴族なので、貴族が権力を前に押し出してくればやられる。
ほかの貴族やライバルの商人に分け前を与えれば、誰も責めたりはしない。
定番の断り文句のつもりだったんだが、ガチの返答が来たのは想定外だ。
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