第14話「これこそが上策」

「【砕けろ】」


 地神龍が呪文を唱えると、天井がぶち抜かれて、俺たちは夜空の下に引きずり出される。


 魔物たちの檻は無傷だが、俺たちはウーノがかばってくれなかったらやばかったな。


「【潰し砕く大地の褥】」


 次の呪文で俺の周りに岩の壁が発生して倒れかかってくる。


「ルーク!」


 ウーノが俺の前にワープで現れ、


「【天走る奔雷】」


 魔法ですべての岩を破壊した。

 どっちも規格外にすごいとしか言えない。


 まさにこの世界の最強を決める頂上決戦じゃないだろうか。


 鍛えられてきたおかげで何が起こってるのか、かろうじてわかるだけだ。


「まさかまさか、きみがヒューマンを二回も守るなんて、驚きだよ。都合のいいように利用してる道具じゃないのかい? 捨てればいいだけじゃないのかい?」


 地神龍はいやなことを言う一方で、本当に驚いてるようにも見える。


「異なことを言うな。このルークはわらわの契約者だ。守るのが道理だろう」


 ウーノは不快そうに吐き捨て、すさまじい殺気を込めて地神龍をにらむ。


「道理? まさかまさか、きみが道理を口にする? かつてあらゆる理を捻じ曲げたきみが? すべてを呪う災厄のきみが、誰かのためを語る?」


 地神龍は歌うように叫ぶ。

 いやまあ、設定的にはあっちが正しいんだろうな。


 俺と知り合って以降、性格が違いすぎて別人ならぬ別精霊かと思っていたくらいだけど。


「ウーノさんの正体って邪精霊だったんだ……?」


 とトーレがつぶやく。

 やっぱり気づくよな。


 もともと知ってたドゥーエとクワトロはいいとして、彼女になんて言うべきか。


「いや、俺も最初は戦々恐々としてたんだけど、いざ契約してみたらめっちゃいいやつですよ」


 無駄かもしれないけど、一応対話を試みる。


「ルーク」


 ウーノの目が潤んでるのは気のせいかな?


「まさかまさか、きみは自分のしでかしたことの重大さがわかってないのかい? きみはいいように利用されてるだけだから、まだ殺してないだけだよ?」


 その気にならとっくに殺してると軽く言われたけど、そうだろうなと納得する。

 

「じゃあたしかめてください」


「……うん??」


 地神龍は初めて怪訝そうな目でこっちを見た。


「俺はウーノは契約した相手の影響を受けるんじゃないかと思ってるんです」


 漠然と考えていた仮説を口にする。


「まさかまさか、きみは自分がいいやつだから、邪悪にならないと言うつもりかい?」


「いえ、全然」


 それこそまさかだ。

 俺は自分が助かる確率をあげるために必死なだけで、善人であるはずがない。


「俺とウーノがどういう関係か、あなたが目でたしかめればいいでしょう。近くで見守って」


 相手が三神龍じゃなかったらどうやって助かるか、必死に考えるところだ。


 だけど、実際に出てくると思ってなかった相手がこうして出張ってきているだけで、俺の計画はすでに破綻したもの同然。


 だからいま言ってるのはただの延命行為だ。

 地神龍が俺たちの関係を見きわめるまでは生きながらえられる。


 その隙に地神龍をどうにかする作戦を考えるしかない。

 もっとも地神龍が拒否して、ここで俺たちを殺しにきたら詰んでしまうが。


「それでいこう」


「……はい?」


 やけに軽い調子で言われたので、思わず聞き返してしまう。


「邪精霊が以前とは違うのはすでに把握ずみ。あとはきみの覚悟を知りたかった。邪精霊の契約者であるという覚悟をね」


 と地神龍は言うと体が発光して十五歳くらいの少女の姿に変わる。

 緑色の髪と褐色の肌を持った異国風の美人だ。


「ひとまずきみたちのことはこの姿で見守るとしよう。きみたちの組織、【ゾディアック】にも入ろうじゃないか」


「……はい?」


 この地神龍は何を言い出すんだろう。

 たしかに見守ってくれと言ったけど、組織に入れとは言ってない。


「ルーク、断っていいぞ! 三神龍同時ならともかく、一対一ならわらわが勝つ! いまのうちに各個撃破してくれよう!」


 ウーノがあわてたように言ってくる。

 三対一ならやっぱりきついのか。


「いや、仲間になってもらおう」


「ええええ!?」


 地神龍以外のみんながいっせいに驚きの叫びをあげる。


 勝つのが大変な強大な存在は仲間にしてしまえばいい。

 これこそが上策というやつだろう。


「いいのか? こいつを信じるのか?」


 とウーノがうろたえて何度も聞いてくる。

 

「うん。だって俺たちは一度、地神龍がひそんでた魔物の檻を通過したんだよ」


「あっ……」


 指摘を聞いて何人かが声を漏らす。


「そう、つまりその気なら、ウーノと合流する前に俺は殺されていたんだ」

 

 わざわざ最大のチャンスを逃がしたんだから、俺を殺す気はなかったという言葉を信じられる。


「まさにまさにその通り」


 地神龍は拍手した。


「ボクはきみを見てみたかった。邪精霊を制御できるヒューマンがいるのか、本当に制御できているのか、たしかめておきかった。きみは実にすばらしい」


「それはどうも」


 褒められて悪い気はしないけど、人を食ったようなしゃべり方をされると、素直に喜べない。


「きみがしっかり制御してるかぎり、こいつは邪悪の化身にはならないだろう。ならばならば、きみをそばで見守るのが世界のためにもなると考える」


 ああ、なるほど。

 外から、あるいは三神龍から見れば俺ってそういうポジジョンになるのか。


 その辺はすこしも考えたことなかった。

 ということは利用するは無理にしても、利害関係を一致させることはできるかも。


「地神龍が見守ってくれるなら心強いです」


 手を差し出すと意外と小さくて柔らかい手が握り返してきた。


「敬語はいらない。ボクもあまり正体を周知されては困るから、きみたちが呼び合ってるコードネームか何かで呼んでくれるとうれしいな」


 そりゃ三神龍って神さまの化身とかって崇められる偉大な存在だもんな。


「じゃあお前はいまから【シンクエ】だ」


 本人(本龍?)の希望であえてすこし乱暴な言い方をしてみる。

 

「ならばならば、ボクはいまからシンクエと名乗ろう」


 と彼女は笑う。

 三神龍・地神龍が組織の仲間になった。


「ふふふ。それにしてもボクをお前呼ばわりするのはほとんどいないけど、きみに呼ばれるのは何か悪い気がしないね」

 

 シンクエは何やら上機嫌に話す。


 それってお嬢さまが不良に惹かれる的な構造な気がしたけど、言わないほうがいい気がしたので黙ってるとしよう。


「な、なぜ、こんなやつが……いや、わらわの契約者は地神龍さえ仲間にできる器の男ということか。うん、それならいい」


 一番納得してなさそうなウーノは、何やらぶつぶつ言って折り合いをつけてくれたらしい。


「邪精霊と地神龍さまが仲間ってやばくない? 世界でも滅ぼせそう」


 と物騒な驚き方をしてるのはトーレだった。

 ドゥーエは驚いてるものの反対してないみたいなので、あとはこの子か。

 

「ウーノの正体を黙ってて悪かったね」


「いいよ! フツーは信じないから!」


 トーレは手を横に振って気にするなと言う。


「てかルークさま、やばくない? ウーノとシンクエが協力してくれるなら、無敵じゃん?」


「いや、油断は大敵だから」


 彼女の言葉を一蹴する。


 油断大敵、勝って兜の緒を締めよ、奢れるものは久しからずという言葉が前世ではあった。


 そもそもウーノはともかくシンクエに全幅の信頼を置くのはまだ難しい。

 

「というかルークさま、ウーノと契約とか調査してみてもいい?」


 興味津々という表情でトーレが聞いてくる。

 

「まあどうやったらこいつと契約できるのか、と興味を持つのは理解できるね。なにせなにせ、ボクも一番ふしぎに思ってるのだから」


 彼女に味方するようにシンクエも言う。

 

「流れるような感じでやったから、ふしぎな点は何もないけど?」


 俺はウーノを見た。

 心当たりがあって、それを説明できるとしたら彼女自身しかいないからな。


「ルークならわらわと契約できると直感しただけだが、正しかったのだ」


 ウーノは薄い胸を張る。


「なんだなんだ、ただの勘だったか」


 というシンクエの反応には共感しかない。


「やはりお前は邪悪だな。お前との契約に耐えられる可能性があるのは、ボクらくらいしかいないというのに」


「えっ? マジ?」


 俺が驚くとシンクエは同情がこもったまなざしを向けてくる。


「成功したからよかったものの、失敗していたらお前の魂は焼き尽くされていただろう。やはりやはり、こいつは排除したほうがいいのではないか?」


 と警告までされた。

 そんな危ない橋を渡らされたとなるとたしかに、と思えてしまう。


 ウーノはあわてた様子で俺の耳に口をつける。


「ルークは普通のヒューマンではあるまい? 魂と魂が混ざり合っておる」


 ささやかれた言葉にギクッとなった。

 もしかしてウーノは俺が前世異世界の人間だと感づいてるのか?


「そのおかげでわらわとの契約に耐えられたのだ。ちゃんと勝算があったのだぞ?」


 そう言って彼女は口を耳元から離す。

 なるほど、俺の秘密に気づいてるけど他言しないというメッセージだな。


 そしてウーノと契約できたのは俺が転生者だからか、あるいは前世が異世界人だから、という可能性が大幅に高くなった。


「勝算があったらしいからいいか」


 彼女から一度も悪意を感じたことはない。

 初対面のときに言われたら信じられなかったかもしれないけど。


 ドゥーエは真っ赤になって「あわわ」と言って、トーレが「だいたーん」とニヤニヤしていて、クワトロが「ふむ」なんて言ってる。


「大丈夫? 丸め込まれてない? ボクなら君を助けられるよ? なんならなんなら、契約の上書きをしてあげようか?」


 とシンクエが上目遣いで質問してきた。


「黙れ、土トカゲ。わらわの契約者にちょっかい出すな」


 俺と彼女の間にウーノが立つ。


「仲間になるなら、仲良くは無理でもせめて対立はやめてくれないかな」


 俺は彼女たちに注文をつける。


「ならばならば、ここは譲歩しよう」

 

 シンクエが引き下がってくれたので、不穏な空気は流れた。

 

「あとはこの魔物たちをどうするかだね。ルーク、きみのアイデアはあるのかな?」


 と思ったらシンクエに聞かれる。


「クワトロなら従えられるし、ウーノの力なら匿えるとは思ってる」


「なるほどなるほど。そう言えば、もう一匹いたね。まあ、こっちのほうは大して脅威ではないから見逃がそうか」


 俺の答えを聞いたシンクエはさらりと言う。

 クワトロって魔王並みに強いはずなんだけど、脅威じゃないのか……。

 

 価値観と言うか、基準が違いすぎるな。

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