第6話「まさかの展開」
「待たせたな、わらわの知己を連れてきたぞ」
サブリナが帰った次の日、ウーノがそんなことを言い出す。
きょろきょろとあたりを見回したが、俺たち以外に影も形もない。
「連れてきたって異空間に?」
「うむ。ヒューマンに見られたら騒ぎになりそうなヤツだからな。家の連中に見られたらまずいんだろう?」
うすうすは思っていたけど、邪精霊の知り合いだけあって、悪役寄りの存在なんだろう。
「それは配慮してくれてありがとう」
まず、彼女のしっかりとした気遣いに礼を言った。
「うむ。知己を見てさらに感謝するがいい」
とウーノは上機嫌で応じて、俺をガーデンへ招き入れる。
「ルーク!」
入った直後、待ちかまえていたらしいドゥーエが涙目で駆け寄ってきた。
「何か、とってもやばいやつがいるの!」
そしてしっかりと俺にしがみつく。
「……どれだけやばいやつなんだ?」
「わらわより弱いし、ちょっかいかけないかぎりは温厚だぞ?」
とウーノは平然としている。
「とりあえず俺も早めに会ったほうがよさそうだね」
ドゥーエがこわがってる時点で何となくいやな予感がしていた。
それを打ち消そうとウーノをうながす。
「うむ。ニブルヘイム!」
彼女の呼び声に応じて、小柄な美少年が三つの首の大型犬にまたがってやってくる。
は? ニブルヘイム?
思わず耳を疑う。
ラスボスの魔王を先に倒さないと、絶対に勝てず強制敗北させられる凶悪ボスじゃないか。
設定的にまたがっている犬は地獄の番犬・ケルベロスだろう。
このケルベロス単体でも、ゲーム的には魔王並みに強い。
こいつら知り合いだったのか?
「お前か? こいつの封印を解いて契約したとかいう、物好きなヒューマンは?」
「物好きなのは否定できないかな……」
何でよりにもよってこの世で一番やばい邪精霊?
と指摘されたら何にも言い返せないのは事実である。
ただ、接してる感じ、ゲームでの印象とは全然違うんだけどね……。
「おい、そなたらそれはどういう意味だ!?」
ウーノが心外だと抗議してくる。
「貴様はヒューマンがまともにつき合えるタイプではないだろうに」
とニブルヘイムは呆れた顔で言う。
「いや、案外そうでもないけど」
ゲームの邪精霊は関わり合いになりたくないやばさだったけど、目の前にいる「ウーノ」なら普通に仲良くできそうだ、というかできてると思う。
「ふふん、どうだ? このルークはなかなか話が分かるのだ」
ウーノが得意そうに胸を張るが、残念ながら外見相応に寂しい戦力だ。
「いや、このヒューマンが変わり者なだけではないか? 我に対してもさほど動じておらん。そこの小娘のような反応が普通だろ?」
とニブルヘイムはぎょろっとドゥーエを見る。
彼女はビビってしまい、大急ぎで俺の背中に隠れてしまった。
「それで? 仲間になってくれるの?」
俺はストレートに聞く。
「まさか。今日は物好きの顔を見に来ただけだ」
とニブルヘイムは体をゆすって笑う。
こんな強ボスキャラが何の脈絡もなくいきなり仲間になってくれるはずがなかった。
期待してなかったからべつにいいや。
「ところでウーノ、ちょっと試してほしいことがあるんだ」
そろそろだと思っていた用件に入ろう。
「うん? 何だ?」
首をかしげる彼女に自分で作ったお菓子を差し出す。
カヌレみたいな焼き菓子である。
「食べてみてくれ。毒見として」
メイドたちは褒めてくれたが、忠誠心と職業倫理を考慮すると、彼女たちの評価に全幅の信頼は置けない。
「毒見役を!? わらわにか!?」
ウーノは仰天したらしい。
「かかか! こいつにそんな役を頼むとは、何と言う命知らずか!」
ニブルヘイムはツボにはまったらしく爆笑する。
万が一の場合、ドゥーエやサブリナには頼めないってだけなんだ。
「まあいいだろう。契約者だしな」
意外と聞き分けのいいウーノはあっさり承知し、ひょいと食べる。
「何だ、美味いではないか」
思ってたよりも反応がよく、これは普通に高評価っぽい。
「マジか。じゃあみんなべつにお世辞言ってたわけじゃないのか?」
てっきり子爵家の跡取り息子である俺に対する遠慮だと思ってた。
「ほう。貴様、食い物を作れるのか」
何かニブルヘイムが興味を示してくる。
「もうひとつあるけど、食べてみる?」
ウーノの反応を見たおかげで、ちょっとは自信を持ってすすめられた。
「うむ。……美味いな」
ニブルヘイムはびっくりした顔で感想を漏らす。
「そうか、よかった」
味覚がウーノとは違っていて決裂、みたいな展開をまったく想像しなかったわけじゃないからね。
「よし、仲間になろう。お前がボスということでいいんだな?」
「は?」
思いがけない急展開に目が点にある。
ニブルヘイムはいきなり何を言い出したんだろう。
「この菓子をこれからも食わせろ。ヒューマンの言葉でいうギブアンドテイクってやつだな」
よっぽど気に入ったのか。
とは言え俺にも都合があるのであんまり安請け合いはできない。
「時間があるときに作るって条件でもいいなら」
「承知した」
即答!?
ノータイムで答えられるとはさすがに思わない。
思わずウーノのほうをちらっと見ると、彼女は笑っている。
「こいつは義理堅いから信じていいぞ」
「そうなんだ」
ボス級の悪役を餌付けするとちょろいなんて展開は、いくらなんでも想定してなかったよ。
「仲間になってくれる奴には名前を与えてるんだけど、【クワトロ】はどう思う?」
とニブルヘイムに提案してみる。
「それは面白い。ではいまから【クワトロ】と名乗るとしようか」
これまた意外なことにけっこうウケた。
「そう言えば貴様はどうするのだ? ボスはただボスと呼ばれるだけなのか?」
逆にニブルヘイムことクワトロに聞かれてしまう。
「そうなんだよね」
ボスと呼ばれるのも味気ないし、ルークと呼ばれるのは論外だ。
ほかのメンバーの名前のルールからするとゼロなんだけど、何かしっくりこないし……。
「ニエンテかな」
パッと浮かんだ単語を言葉に出す。
すくなくともゼロよりは俺の感覚には合っている。
「なかなかいい語感じゃないか。意味は分からないが」
ウーノに賛成され、ほかからも反対は出なかった。
「それで? 組織名はどうするのだ? 俺と貴様を入れて五名くらいなのだろう?
そろそろ考えてもいいのではないか?」
まさか新入りのニブルヘイムに催促されるとは。
今日は想定外の展開の連続だな。
もしかしてこいつが陰の組織作りに一番ノリノリだったりするのか……?
「ゾディアック」
とっさに浮かんだ名前だったが、我ながら悪くはないと思う。
しょせん星空は太陽の光にかき消されるものだからだ。
「太陽の陰に隠れる星のような組織って感じ?」
とこっちを見てるウーノ、ドゥーエ、クワトロに説明する。
「なるほど、そういう意味か」
「さすが首領。よいセンスだ」
ウーノとクワトロの反応に俺も満足した。
「せっかくだしクワトロにも稽古をつけてもらおうかな。ウーノとは違って視点で助言が欲しい」
力はついてきていると思うが、さらに上を目指したい。
「浮気か?」
「いいだろう、まずいまのお前の力を見せてみろ」
ウーノの発言を俺は魔力をまとって動きを見せる。
彼女から教わった内容は魔力は運用次第で衝撃を増幅させたり、衝撃や斬撃を飛ばしたり、斬撃の切れ味を向上させることも可能だということ。
「他の変化は魔法の才覚が必要で、俺の適性は低いって言われた」
と語るとクワトロはうなずいた。
「だろうな。そもそも魔力を活かした攻撃なら、魔力関連を無効化できる特性持ち以外は何とかできる。燃やしたり凍らせたりは本人の適性を活かしてるだけだ」
彼が言うにはただ斬撃や衝撃を出すよりも、火を出したりするほうが得意なタイプもいるらしい。
「ヒューマンの子どもにしては相当鍛えられてるな。才能はあるし、こいつの教えも悪くないということか」
「当然だ」
クワトロの評価を聞いたウーノは得意そうに胸を張る。
「ドゥーエもせっかくだから見てもらったら?」
「は、はい」
ドゥーエはおっかなびっくりやってみた。
彼女は火属性、水属性、光属性、風属性を使いこなせる。
サブリナが規格外過ぎるだけで、普通に天才だと言っても差し支えない。
「ほう。こっちの子どももなかなかだ。ヒューマンにしておくにはもったいないふたりだと言える」
クワトロは素直に褒めてくれるのでうれしさと気恥ずかしさがごちゃ混ぜでやってくる。
「そうだろう? お前を呼んだわけにも納得しだろう?」
とウーノは満足そうにうなずく。
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