第38話 目利きの証明
「いってぇぇっ」
「体が適応しない魔術なんか使ったら二度と使えなくなる。わかってるのか?」
「え? そうなんですか?」
「ナギ、止めてもらえて良かったねー」
「別に殴らなくてもいいとは思いますが……」
「それだけ危険ってことだ。で?」
「で? とは?」
「なぜ《闇魔術》が使えるんだ?」
師匠が厳しい視線を向けた。
「今のやっぱり《闇魔術》なんですね?」
「話を逸らすな。ナギのレベルはさっき見たところだ。どう逆立ちしても使えるはずがない術だった」
「あー、一応スキルっていうか」
「スキル? 全部説明しろ」
言葉に圧がある。
ついでに嘘を言ったら殺す、と顔に書いてある。
まあ、この人はたぶん言いふらすようなことはないだろう。
なんだかんだとても心配してくれているのが証拠だ。
「えっと……実は――」
俺は訥々としゃべり始めた。
どこから話せばいいのかわからなかったので、とりあえず全部を――
◆◆◆
「異世界から神子(みこ)として呼び出されたが五秒で王に見限られたか……」
「神子とは言ってなかったですけどね」
「いや、神子だ。目的は異民族との戦闘に立たせることだからな」
「異民族?」
「……ナギは知らなくて当然だな。そっちの人狼は知ってるのか?」
「アルメリー」
「……アルメリー、お前は知ってるか?」
「少しだけ聞いたことあるかな」
師匠が小さく頷いた。
「まあ、嫌でもそのうちわかる。だがそうか……ナギは出自が神子か……どうりで、適性の目覚めが急なわけだ」
「あっ、でも俺はすぐに捨てられたので」
「はっきり言って――お前は助かった側だ。隣街のきな臭い噂は掃いて捨てるほどある」
「そうなんですか?」
俺の脳裏に同期の三人の姿が浮かんだ。
心配してくれた子もいた。
黒いオーラを纏う王の下にいる彼女たちは――直感は間違ってなかったのかもしれない。
「だが、今は心配するよりもナギが力をつける方が先だな。神子となると、色々トラブルに巻き込まれる可能性もある。そのときに力が無ければ死ぬだけだ。修行が終わるまで神子であることは黙っておけ」
師匠が少しだけ心配そうに目を細めた。
「ガダンとミコトのことはよく知っている。あいつらもお前のことをペラペラしゃべるようなタイプじゃない。たぶん大丈夫だ。ということで――早速始めるか。時間も惜しい」
「え? 何をですか?」
「はあ? 修行に決まってるだろ。お前に《闇魔術》の経験があることがわかったからな。《闇》は出力するところにセンスが必要だ。できないやつにはできないが、ナギはできる。これで三ヶ月分の慣らし期間をすっ飛ばせる。ついでに――お前の体が《闇魔術》に耐えられることもわかった。衝撃修行もできるってことだ。これで半年はかたいな」
「……あの、師匠?」
「私に一年寄こせ――今日から泊まり込みだ。きっちり一人前に育ててやる」
「あ……えっと……」
「よろしくお願いしますは?」
「……お手柔らかに……お願いします」
「よろしい。成り行きだったが……やはり靴は縁起がいいな」
師匠は視線をあらぬ方向に向けて口元を緩めた。
何かを懐かしむような表情だ。
「どうかしましたか?」
「気にするな」
師匠はアルメリーにも微笑ましい視線を向けて言った。
「お前もだぞ、アルメリー」
「私?」
「ナギはこれから強くなる。お前も強くならなければいけない。見たところ、お前は人狼の力をかけらほどしか使えていない」
「……そうなの?」
「尾を見ればわかる」
「戦い方なんて習ったことないけど、できるかな?」
「ナギは仲間なんだろ?」
「うん!」
「なら、肩を並べて隣を歩け。ずっと、な」
アルメリーは目を丸くした。
そして、満面の笑みを浮かべて言った。
「よろしく! 師匠!」
「ナギよりいい返事だ。《無戦》の私が、お前達二人をきっちり鍛えてやる。では、さっさと準備して明るいうちに移動するぞ。とっておきの修行場所に案内してやる。私が小さかった頃の遊び場だ。あと、一応ナユラには知らせておいてやるか」
俺たちはその後、外界と隔絶された、とある山の中に足を踏み入れることになる。
◆◆◆
ナイヤ=アウトランド。
年齢は11歳。彼女は艶のある茶色の髪を後頭部で束ね、オレンジ色の丸い瞳に緊張を湛えている。
隣には彼女の護衛であるゲインが私服で待機している。
広い部屋には真新しい赤い絨毯が敷かれ、中央の存在感のあるアンティークの執務机が主の帰還を待ちわびるように鎮座している。
ここはアウトランド伯爵の私室。
当主のグロッソ=アウトランドはほとんど部屋に帰らないが、私室は綺麗に掃除され、塵一つ見当たらない。
管理している使用人のレベルが推し量れるようだ。
その筆頭、執事のハイザックがモノクルを外し「申し訳ありません、お嬢様」と平坦な声で詫びる。
ナイヤは「いいえ」と首を振ってから壁掛け時計に視線をやった。
部屋に入ってからもう半時は過ぎた。
本当なら部屋で待機して、グロッソが戻ってきてから呼んでもらえばいいのだが、ナイヤはここで待つことを許してもらった。
グロッソはとても多忙だ。
彼は一代で貴族に成り上がり、しかも特例中の特例として男爵を飛び越えて伯爵となった。
商人として鑑定力を武器に成長し、他国との流通ルートをいくつも確立しながら実績を積み、国の上層部と繋がりを作っていった。
その途中で二度の異民族との戦いがあり、昔、この街は大きな打撃を受けたという。
グロッソはその際、誰よりも早く自身の私財を投じて復興を早めたばかりか、働き口を失った国民に、自身の流通網で仕事を斡旋した。
八面六臂の活躍を国王が褒めちぎり、「真の愛国者」だと貴族に引き上げたのだ。
今も彼を快く思っていない貴族は多いが、ナイヤはそんな父の働きを知って成長し、自分も手伝いたいと思うようになった。
(き、緊張する……)
唇も喉もカラカラだ。
けれど、商人としての才能を認めてもらう最後のチャンスだと思っている。
ナイヤの持ち帰った品――選ばれし四品が執務机の上に丁寧に並べられている。
グロッソが仕事の合間を縫ってそれを見に来てくれる予定なのだ。
「いらっしゃったようです」
執事のハイザックが扉に近づき、重い取っ手を引いた。
そのまま流れるように頭を上げ、主の入室を歓迎する。
ナイヤとゲインも遅れて頭を下げる。
静かな足音とともに、カイゼル髭を整えたロマンスグレーの男性が入室する。
ぴしっと引き締まった体躯にはネイビーのスーツ。ふわりと漂う上品なオーデコロンの香りが室内に満ちる。
そして――
「ナイヤちゃぁん、無事でよかった! ぜんぜん会いに来れなくて悪かったね。パパもとっても寂しかったぞぉ!」
と、目尻を下げきっただらしない顔で近づくと、ナイヤの脇に両手を入れて軽々と細身の体を持ち上げた。
自慢のカイゼル髭を優しく押し当てるようにナイヤの頬に触れて久しぶりのスキンシップを楽しむ。
「お、お父さまっ! やめてくださいっ! みんなが見ていますっ!」
ナイヤが耳まで真っ赤になりながらバタバタ暴れる。
執事のハイザックがそっと視線を逸らし、ゲインが苦笑いを漏らす。
「身内しかいないのに……そんなに嫌がらなくても……」
「い、嫌がっているのではなく、恥ずかしいのです!」
「親子の触れ合いだぞ?」
「もう11歳なんですよ!」
降ろされたナイヤが逃げるようにゲインの側に走る。
グロッソは小さく肩を落とし「反抗期が早いなぁ」と一人ごちる。
だが、その親バカ然とした表情が、執務机に近づくにつれて、みるみる引き締まっていく。
たった一代で成り上がった者の本当の姿がそこにあった。
グロッソは大きな革張りの椅子に腰かける。
そして、絶妙なタイミングでハイザックが隣から差し出した眼鏡をかけた。
鋭い視線が机上の品々の上を流れた。
「で、これがナイヤが選んだ今回の商品かな?」
ナイヤが慌てて前に出る。
グロッソはナイヤにとても優しいが、この件と商品についての目利きは別なのだ。
「説明を。ナイヤ」
「はい!」
ナイヤは淀みなく説明を始めた。
もう何日も前からシミュレーションしてきたことだ。
「まず左端のネックレスです。一見価値が無さそうで、金具も少し錆びていますが、裏の意匠をご覧ください。かの有名な彫り師のサインが刻まれています」
どこで手に入れたのか。
価格は。
使用されていたと思われる年代は。
目利きのポイントはどこなのか。
小型のナイフ、金属製の皿、燭台――その一つ一つを丁寧に説明した。
グロッソはそれを真摯な態度で聞いていた。
コメントも途中で挟まない。
だが、ナイヤの説明が終わると重々しく――
「で、ナイヤなら今の説明をしたうえで、この四品をどの程度の値段で、誰に売る?」
「それは……」
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