第35話 蘇芳
好意はありがたい。
わざわざ紹介状まで書いていただけるなんて、わりと暇そうなナユラさんでなければ無理だったに違いない。
「ただね……別にそんな本格的に魔法を習いたいわけじゃなくてですね……しかも闇属性ときた。あんなにまぶしい笑顔を向けられて断れるわけないんですけどね」
「なにブツブツ言ってるの?」
「まあやるせない気持ちを今のうちに吐き出しておこうかなって思っています。ナユラさんのいう『すごい先生』の前では言えないですから」
「ナギ、ポジティブ!」
「はは……え? 皮肉じゃないですよね?」
「ひにく?」
「あっ、いいです。忘れてください。というか、絵がザツ!」
ナユラさんからもらった地図を広げる。手書きのグニャグニャの建物の横に可愛らしい文字で、「ココ!」って書いてある。
彼女に絵心は無さそうだ。
「ナギ、どっち?」
かなりの距離を歩いた。
なのに一向にその『とんがり帽子』を被ったような建物は見えてこない。
――いいですか? 十字の道に出たら右です! これだけ覚えてください。
としつこく教えられたのだが。
「一体、いつになったら十字路が出てくるんですかねー」
もうかれこれ20分は歩いた気がする。
「ナギ、あれじゃない?」
アルメリーが指さした先に、確かにとんがり帽子に似た屋根の建物が見えた。
変わった屋根で目立っている。
ただ、
「ここは二股で十字路じゃないですよ?」
「たぶんあれだよ。『刀剣屋 十字』」
「え?」
左側の通路に、古びた看板を出した、今にも倒壊しそうな店があった。
本日休業中――だそうだ。
「え? 十字路じゃない? 店の名前だったの?」
「ナユラは十字の道って言ってだけだし」
「確かに……」
「曲がる?」
「曲がりますか……というか、向こうの建物の屋根がもうそれっぽいですし」
これからナユラさんの道案内には要注意だな。
アルメリーがいて良かった。
っていうか、十字の道って言ったら、普通は十字路――だよね?
「はぁ……ようやく目的地に――」
げんなりした気分で歩きつつ、角を曲がり、なぜか行列ができている店の前にさしかかった。
食べ物屋だろうか。
並んだ人達がそわそわした様子で中を覗き込んでいるのだ。
あとで味見に寄らなければ――なんてのんきなことを考えていた。
――俺は、店の中から飛来した自動車ほどもある炎の塊に吹き飛ばされた。
◆◆◆
突然呼吸が止まるほどの熱量に包まれた。
周囲が見る間に黒焦げになり、何かが焼ける香りが熱波となって鼻腔を襲う。
真剣にヤバい――と思った。
だが、次の瞬間、俺は時間でも巻き戻したかのように吹き飛ばされた先で立ち上がっていた。
――仲間の姿が見えない。
緊張で一気に上昇した脈拍を押さえつけて叫ぶ。
「アルメリー!」
「後ろにいるけど」
「え?」
首を回すと、アルメリーは俺の背後でぽかんと口を開けていた。
彼女も何が起こったのかよくわかってなさそうだ。
改めて周囲を見回した。
焼け焦げた地面と食べ物屋と思っていた店から天に昇っていく白い煙。
爆発でも起こったのか。
倒れた人、呻いている人が数多い。
現代なら救急車が来てもおかしくない。
と、店内から誰かが、のしのしと出てきた。
真っ赤な髪を逆立てた、袖のない着物のような服を着た大男だった。太い腕で腕組みし、両目をつり上げている。
腰には扇子を刺している。
彼は死屍累々の光景を見て、「はん」と不機嫌そうに口を開いた。
誰に向けてという風もなく、
「何度来たって、俺は弟子はとらねぇって言ってるだろうが!」
大気を震わせるような声だった。
その衝撃を受けて、倒れていた何名かが悲鳴を漏らして慌てて逃げ出した。
「弟子云々の前に、炎の使い手なら、これくらい防げや!」
大男は鼻で笑いながら、残った者を睥睨する。
威風堂々。
俺にとっては、どう見てもヤバい人だ。
残りの者が我先にと駆けだしていく。
野次馬根性で周囲にいた者たちが一人二人といなくなった。
俺も視線をふっと逸らし、自然にその場をあとにした。
――そのはずだったのに。
「お前、防いだな?」
いつの間にか大男が真横に立っていたのだ。
重く低く威圧感に満ちた声だ。
いや、きっと人違いだ。
だいたい、俺はとんがり帽子の建物に急がないといけないのだ。
スタスタと歩き出した。
だというのに――肩に手がかかった。
しかも――
「ナギ、声かけられてるよ」
呼び止めたのは味方だったのだ。
「……え? 俺ですか?」
しれっと返事をして仕方なく振り返った。
「ナギがごめんなさい」
「いいってことよ、お嬢ちゃん。ちょっと俺の声が小さかったんだろうな。がはははは」
至近距離でのボイス。
耳鳴りで倒れそうだ。ガダンさんも咆哮スキル持ちかと思っていたけれど、この大男はそれ以上だ。
そして、なぜ俺がこんなに申し訳ない気持ちになるのだ。
「……失礼しました」
俺は無礼を詫びて、頬を引きつらせた。
大男はまだ薄い笑みを浮かべている。
彼はとんでもない化け物だ。
体から途方もない量の魔力が漏れている。
金色オーラのバーゲンセールだ。
この大男一人でどれだけの魔法が使えるだろう。
「さっき、ナギって言ってたな? お嬢ちゃんが」
「ええ……そう言えば言ってましたね。確かに俺はナギです……」
アルメリーのおかげで悪い意味で話が早い。
「お前、《火》の才能持ちか?」
「ううん、ナギは《火》の才能ない」
アルメリー!
お願いしますアルメリー!
もうそれ以上、情報漏らさないで!
「ほぉ……俺の炎を防いだように見えたがな……もしそうなら《火》か《水》くらいだが」
「ナギは《水》の才能もないって」
「そうなのか?」
「うん。ギルドで測ったもん」
大男が不思議そうに瞳を細め、無精髭を生やした顎をぞりっと撫でた。
指先から炎が吹き出し、端の髭からチリチリと燃えて消えていく。
まったく、どんなお手入れだ。
「なら、仕方ねぇな。俺の気のせいか……運良く外れたか……まあいい。もし炎を極めたいなら、一度話を聞きにこいや。きっちり俺が調べてやる」
「あ、どうも」
「今から来るか?」
「あ、今日は予定があるので失礼します」
大男は気の抜けたように鼻を鳴らした。
「お嬢ちゃん、名前は?」
「アルメリー!」
「アルメリー? いい名前だな」
「ありがと!」
「俺は、ガドだ。蘇芳(すおう)のガド。覚えといてくれ」
「うん!」
ガドはぽんぽんとアルメリーの頭に手を置いてから機嫌良さそうに笑い声をあげた。
ガドとアルメリー。
どこか似た者同士の雰囲気を感じる。
「ナギ、そろそろ行く?」
「え? ああ、そうですね」
本当にとんでもない化け物の街だ。
路地裏のボロ家に住むレベルの人間とは思えない。
悪い人じゃないんだろうけど。
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