第34話 軽い気持ちで来たけど

 ギルドの外観はあまり変わらなかった。

 けれど、規模が大きい。

 ざっと三倍くらいはあるだろう。

 扉もなく、来る者は拒まずとでも言いたげだ。

 熱気もすごい。


「カウンターは……」

「ナギ、ナギっ、あそこナユラがいる!」

「え? あっ、本当だ」


 目立つピンク色の長髪を後頭部でまとめたギルド嬢は確かにナユラさんだ。

 前の街の専属じゃなかったんだ。

 と、向こうも気づいたようだ。

 ぱっと明るく表情を変化させたかと思えば、こっちに来てとばかりに手を頭の上で振っているので、目立つことこの上ない。

 断る理由も浮かばず、俺はアルメリーと共にその場所に近づいた。

 カウンターの一番端っこだった。

 名前が書かれた三角錐に似た形のプレートがあった。


「お久しぶりです」

「こっちに拠点を移してたんですね! あれから全然ギルドにいらっしゃらないから……心配してました。ガダンさんから旅立ったって聞いて」

「旅立ったというか、まあ致し方なく」

「アルメリーさんもお元気そうで。ナギさんと正式にパーティを組んだって聞きました」

「仲間になったの」

「良かったですね」

「うん! 諦めないで良かった!」


 アルメリーは恥ずかしげもなく大きな声で口にする。

 満面の笑みだ。

 大したことはしてないのに、その喜び様を見ているとこっちが恥ずかしくなる。


「あの、ナユラさんはなぜここに?」

「私って成績が悪いので臨時窓口なんです。前の街も一人辞めたからその後釜で」

「ああ……成績悪いんですか?」


 俺が城から追い出されたとき、ガロックさんという兵士は信頼している様子だったけど。


「担当したパーティがみんな担当替えを申請しちゃうので」

「……え?」

「安全な仕事ばかり回すと嫌になるんでしょうね」


 思わず目を丸くする。

 安全はいいことだ。

 どういう意味かわからない。

 ナユラさんは困ったように視線を伏せてからぽつりと言った。


「だって……難しい仕事で死んじゃったら嫌じゃないですか。担当したパーティが仕事で死んだって……私が送り出した仕事でそうなったらつらいじゃないですか」

「それは別にナユラさんの責任じゃないと思いますけど」

「でも、仕事を選んだのは私です」


 なるほど。

 責任を感じてしまうのか。

 確かにギルド嬢では異端の人だとは思う。そんなことを気にしているギルド嬢は少ないだろう。

 今も、向こうのカウンターで仕事帰りっぽいパーティに「こんなに報酬の高い仕事があるのよ」なんて、営業をかけるギルド嬢がいる。


 というか、ギルド嬢に成績付けをするのは問題な気がするね。

 成績を上げるためには、たくさんパーティを抱えて難しい仕事を与えるしかないわけだ。

 でもパーティは実力以上の仕事を引き受けて全滅すると。

 ギルド嬢も大変だ。

 けど、俺にはありがたい。

 安全、安心は大歓迎だ。


「ちなみに、俺の担当は?」

「パーティリーダがナギさんなら、最初に手続きした私になります」


 俺は感涙しそうな気持ちで彼女の手を取り、両手でしっかり包み込んだ。

 彼女の混乱する様子など気にならない。


「え? え?」

「これからもよろしくお願いします。安全、安心なお仕事が希望です」

「あっ……はい……。あの担当替えは?」

「しませんよ! 恐れ多い。俺はずっとナユラさに担当してもらいたいです!」

「あ、ありがとうございます!」

「いやぁ、こちらこそ! 本当にお願いしますね!」

「は、はいっ! 精一杯がんばります!」

 

 ナユラさんが瞳を潤ませている。

 どうして彼女の前だけ冒険者が並んでいないのか合点がいった。

 彼女の担当パーティはとても少ないのだ。

 待ち時間も少ないし安全な依頼だけ貰えるし最高だ。


「えぇ……ナギ、私は難しい仕事がいい。強い敵と戦いたい」


 背後で仲間がふくれっ面をしているが「黙りなさい」と静かに告げる。

 いくら仲間でも譲れないものがある。

 ナイヤとゲインの件は成り行きで仕方なかったとはいえ、本当は荒事に首を突っ込むのはNGだ。


「あの……今日はナギさんは仕事を探しに?」

「あっ、今日はそうじゃなくて、魔法を覚えたいと思って来たんです」

「魔法ですか」

「ギルドで刻印を描いてもらって覚えられるんですよね?」

「はい。希望はどんな魔法を?」

「そうですね……」


 そこではたと気づいた。

 そもそも魔法に何があるのかよく知らないのだ。

 でも、アルメリーも冒険には必須と言っていた火魔法は習得しておきたい。


「とりあえず火魔法を」

「わかりました」


 ナユラさんが少し離れた場所の棚から真新しい黄土色の紙を持ってきた。

 表面に円環が三重に描かれていて、その隙間に不可思議な文字がびっしり詰め込まれている。


「じゃあ、念の為適性を確認しますね」

「……適性?」

「ご存じないですか? やったことありません?」

「魔法が初めてなので……」

「え? あっ、そうなんですか! ごめんなさい……魔法って5歳くらいには普通……一つも持ってないんですか?」

「へ? 一つも……ないですけど……」


 そうなの?

 この世界の魔法は幼稚園児でも使えるの?

 ナユラさんが軽く取り乱しつつ、「こ、ここに手を置いてください」と円環の中央を指さした。

 俺は言われるがまま手を置いた。


「流しますね」


 何を? と聞く暇すらなかった。

 ナユラさんの指先から金色のオーラがにじみ出た。

 それを紙の上で導火線のように伸びている一本の糸に当てた。

 素早く円環に魔力が流れた。

 俺の手の周囲で読めない文字が明滅した。

 でもそれだけ――


「……あれ?」

「なにかおかしいですか?」

「えっと……普通はこの円環で適性のある部分が伸びるんですけど……」


 いわゆるレーダーチャートみたいなものだろうか。


「《火》がゼロですね……普通は少しはあるんですけど……」


 俺も覗き込む。

 真ん中に一点だけ黒い部分がある。

 何の変哲もなく、「点」だ。


「《火》だけじゃなくて……《水》も《風》も……全部……ダメそうですね……」

「ほんとだ。ナギ、残念。魔法のないんだね」


 ナユラさんの言葉は俺の頭をぶん殴るような衝撃を与えた。

 そこにアルメリーの素っ気ない追撃が心を深く抉った。


 もう少し言い方を優しくしてほしい。

 アルメリーの素直なところはわかるけどさ!


 最初に城で捨てられたときから、こうなる可能性はあったのだ。

 他の三人と違い、俺のスキルは《強感力》だけだった。

 でも、アルメリーと行動しているうちに、少しはできる、という想いが湧いてきた。

 そして現実を突きつけられてしまった。

 静かに紙の上から手をどけた。


「あっ!」


 ナユラさんが慌てて紙をひっくり返した。

 何も描かれていない裏面には黒い模様が水玉のように現れていた。


「ありました! ナギさん! 一つだけ素質があります! ――《闇》です!」

「……や、《闇》?」

「《闇》適性のある人は、他の魔法は全部ダメって……本で確か読みました!」

「あ、そうなんですね……」


 闇。闇。闇。

 現実感がイマイチ湧かないけど、まったく使えないよりはマシなのか。


「闇魔法なら、覚えられる感じですか?」

「……ギルドでは無理ですね」

「無理?」

「使い手がいないので。で、でもでも、運がいいことに、この街にはすごい先生がいます! 私、い、急いで紹介状書きますから!」


 そう言うなり、ナユラさんはさらさらと紙にペンを走らせた。

 軽い気持ちで火魔法を覚えにきたのに、何かめんどうなことになってきた予感があった。

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