第25話 謎の物体

「さ、ちょっと早いけど、ごはんの用意しようっと! 木の実、木の実! ナギの分も木の実っ!」


 さっと立ち上がり、くるりと回って歩いていく。

 いや、ちょっと待て。

 夕食は木の実だけとか?

 そういえば、アルメリーは木の実ばかり食べているから細いって聞いたような気がする。


「アルメリー、ガダンさんからもらった食料もありますよ」

「それは非常食だよ。いざというときに置いとくの」


 何を言ってるんだ、と言うように、人指し指をたててバッテンを作った。


「何があるかわからないんだから、節約が大事。まずはどこでも採れる木の実!」

「魚とかは? そこにうようよいますけど」

「魚……」


 俺はちらっと湖の方に視線を向ける。とても広く深そうだ。

 浅瀬には魚が泳いでいる。


「……いいかも」

「ですよね! 木の実もいいけど、今日は魚が食べたいなぁ」


 アルメリーに物欲しそうな視線を向ける。

 すると彼女は「仕方ないなぁ」と言って、靴を脱ぎ、スカートの裾から捲りあげて、一気に服を脱いで下着姿になった。

 いつか見たプロポーションは健在。

 

 いや、そうじゃなくて――

 俺は慌てて腕を掴み、


「あの……濡れないで獲る方法はないですか?」


 と尋ねる。


「ちょっと失敗してもいいなら」

「別の方法があるんですね? じゃあ、それで」

「泳いだ方が早いよ?」

「色々とまずい気がするので、別の方法で」


 アルメリーは不思議そうに岸に上がると、手近な石を集め始める。

 まさかの投石らしい。


「適当に狙うね」


 水面に集中すること数秒。

 アルメリーは小石を素早く水中に投げ込んだ。

 俺には水中の魚なんてまったく見えないのだが、すぐに、ぷかっと浮いてきた二十センチほどの黄土色の魚が一匹。

 すげー。

 銛いらずの漁師だ。

 これでどうして木の実ばかり食べてたのか不思議でたまらない。

 これなら――


「俺が探します」

「……またあれするの?」

「もしかしたら、すごい美味しい魚が見つかるかもしれないので」


 薬草であの効力だ。

 魚にはどんな効果があるのか――


「アルメリー、右端の岩の真横です」

「よぉっし!」


 バジャンという水を叩く衝撃音とともに、魚が浮かんできた。


「次はこっちに向かって泳いでる先頭!」


 バシャッ――百発百中とはこのこと。

 しかも衝撃波なのか、魚は活け締めの状態だ。

 死んだ証の紫色のオーラではなく、金色のオーラのままだ。


「アルメリーと組んだら、漁師で生きていける気がしてきた」

「ん? 何て?」

「何でもないです。で、浮いてる魚はどうやって回収を――ちょ、ちょっと待って!」


 またアルメリーがさっさと服を脱いでいる。

 どうしてもこうなるらしい。

 慌てて静止し、俺が脱いで飛び込んだ。

 

 ――冷たっ、さぶっ!


 一瞬で体温が下がり――すぐに慣れた。 

 なぜか冷たいとは思わなくなった。



 ◆◆◆



 夜の帳が下りた。

 もっと不気味な獣の声でも聞こえてくるのかと思ったが、案外ほのぼのした夜だ。

 石を組んでアルメリーが火魔法を使ったことには驚いた。


「旅には火魔法が絶対いるから。焼くのも夜の番にも」

「俺は使えませんけど」

「すぐできるよ。私だってできたんだし」


 アルメリーはあっさり言うけれど、そもそも俺は余り者の一人だ。

 城で同期だった三人と違って、何とか魔法とか強そうなスキルどころか、普通の魔法すらない。

 大きな街では魔法屋があるらしいので、早めに習得したいと思う。


 目の前で弾ける木の枝と揺れる炎。

 串に刺された魚がこんがり焼けている。


「はい、どうぞ」

「ありがとう……あっつ!」

「そう? いい温度だよ」


 いきなり落っことしてしまった。

 申し訳ないことをしたのに、アルメリーは面白そうに笑っている。

 子供のころ、串を持とうとして落とした記憶が蘇った。

 とても懐かしい感じがする。いつだったか。


「次は気をつけて」

「すみません……でも勿体ないし――ん? あれ? 何だこれ?」


 俺の足元に白い球体があった。拳大よりは小さく、雪見だいふくのように真っ白だ。

 落とした魚が下敷きにされている。

 いや――これは、食べてるぞ。


「……アルメリー」

「ん?」

「これ、何か知ってます?」


 俺が指さした場所をアルメリーが覗き込む。

 数秒見つめてから、首を横に振った。

 

 謎の物体はどこ吹く風で、もそもそしながらも確実に魚を食べている。

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