第23話 正直で穏やかな時間

「ほとんどガダンに買ってもらったね」

「いずれお金を手に入れたら返さないとダメですね」


 旅立ちはあっさりしたものだった。

 ガダンさんとミコトさん。そしてギルド嬢のナユラさん。

 主だった人達に軽く挨拶してから、俺とアルメリーは荷物を持って旅に出た。

 武器くらいは、ということでガダンさんから短めの剣一本を譲り受けている。

 そもそもまともに使えないので不安だが。


 当面は仕事を求めて大きい街に向かう予定だ。

 ちなみに荷物は全部アルメリーが持ってくれている。

 俺と彼女では基礎体力が全然違うのだ。

 最初は「俺が持つよ」と頑張ってみたけど、急な斜面になるとすぐに足が上がらなくなってくる。

 防具だって衣装の下に着るタイプの薄いものですら重い。

 もやしっ子には重労働だ。


「うーん、いい景色!」

「ほんとですね」


 アルメリーが丘の頂上で大きくのびをしている。

 俺は息切れを抑えるので必死だ。とてもじゃないが景色を見ている余裕はない――のだが、本当に素晴らしい景色だった。

 森を抜けて今度は草原だ。

 新緑の色で染まったこれだけ広い大地はなかなかお目にかかれない。

 右方向には湖があり、高い位置から滝のように水が落ちている。

 ここからでも水しぶきが白く立っている。

 音まで聞こえてきそうだ。


「アルメリー、街はどの辺ですか?」

「あの岩山の向こうだよ」


 そう言った彼女の爽やかな笑顔がまぶしい。

 ただ、それとは裏腹に俺の気持ちはげんなりだ。

 草原の奥の岩山だと?

 どれくらいの距離があるんだ。


「ちょっと走れば、今日中には超えられるかなぁ」

「え? 走る?」


 思わず魂が抜けそうになった。

 ぶっ通しで歩いてきたのに、さらに走るだと。

 実は慣れない靴で靴擦れもひどいのだ。

 ついていける気がしないぞ。


「アルメリー、今日はあの湖のそばで泊まっていきませんか?」

「ん? すぐそこの?」


 彼女は空を見上げて太陽の位置を確認する。

 不思議そうに首を傾げる様子を見ると、まったく気づいてないようだ。

 けれど、たぶんこれからこんな『ズレ』は山ほどあるに違いない。


 仲間に隠しててもダメだな――

 俺はおもむろに靴を脱いだ。数か所が真っ赤になっている。

 やっぱりな。

 アルメリーが目を見開いた。


「ナギ、怪我してたの!?」

「恥ずかしながら、歩くのに慣れてなくて」

「全然、恥ずかしくない! それより、どうして早く言ってくれなかったの!? 痛かったでしょ?」


 アルメリーが眉を寄せる。

 赤色のオーラがにじみ出ている。

 これは真剣に怒っているときの色だ。

 俺は嬉しさ半分、恥ずかしさ半分な気持ちで、正直に吐露することを決めた。

 彼女はこんなことできっと笑わないと思えるから。


「元々引きこもり生活だったんで、体力がないんです。靴もあまり合わないみたいで。でも……アルメリーに呆れられたら嫌だなって……」


 その言葉に、アルメリーが頬を膨らませる。


「ナギのバカ」

「……ですよね」

「私がそんなことで呆れるって思ってるところが一番バカなの」

「ごめん……」

「これからは隠さず何でもちゃんと言って。ナギにできないことは私が何とかするから」

「……ありがとう」

「ほら」


 俺の手がグンと引っ張られる。

 あっという間にアルメリーにお姫様抱っこされてしまった。

 そう言えば最初に森についてきてくれた時も、似たような感じだった。

 あの時はもっと荷物みたいな扱いだったけど。


「いくよー」

「まさか、走る感じで?」

「その方が早いもん」

「ですよねー」

「早くナギの治療しないとダメだし」

「そんな治療がいるケガでは。ただの靴擦れで――」

「いるの!」

「あっ、はい……」


 アルメリーは俺を抱えたまま走り出した。

 背中に大きなリュックを背負い、胸に俺をお姫様抱っこして。


 体重何キロあっただろう。

 重くないだろうか。

 しょうもない心配をしてしまうけど、下から見上げるアルメリーはとても楽しそうだ。

 長い銀髪と青い瞳。

 時折向けられる彼女の優しい視線は、俺の気持ちもウキウキさせてくれる。

 本当に幸せそうだ。

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