第19話 お借りします

「ガダンさん! 腹に何かあります!」


 俺は思わず叫んだ。

 そして、その声が届く前にガダンさんは腰元に剣を戻していた。

 煌めくような銀閃が、一拍遅れて空間を走った。


「わかってるって――」


 低い声の返事が聞こえた時には、化け物の体が真っ二つになっていた。

 さすがだ。

 とっくに見切っていたのだ。

 ガダンさんがふぅっと大きく息を吐いたようだ。

 腰をかがめ、何かを拾って歩いてくる。


「こいつ、一体何だったんだ? 結局中身はこれだけだ」


 何かを手に掲げた。

 それは半分に割れた白い球体。

 金色のオーラもとっくに消えている。


「……アイテムとかでしょうか? ――っ、ガダンさん、後ろ!」


 視線の先――頭を『手』が掴んだ。

 それは本当に手首から先の『手』だった。

 初めて目にする――虹色のオーラ。流動的で幻想的な動きをしている。

 ガダンさんの瞳が揺れる。

 何かに抗いながらの微かな声。


「……っ、ナギ、逃げろ、こいつはっ、きお――」


 ガダンさんがゆっくりと倒れた。


 本当にかすかな口の動きが《強聴覚》を通して聞こえた。

 

 ――記憶を。


 頭に何かが閃いた。それは直感だった。


「まさか、あの『手』が記憶を?」


 ガタンさんから聞いた――


 アルメリーが臨時で入ったパーティで何度も起こったという不思議な記憶障害を。

 朝起きると冒険者たちの高価な装備だけがなぜか消えてしまうという。しかも時には大けがまで負っていることがある。


 何も証拠がないのに――アルメリーが疑われ始めた。

 そして、また別のパーティで同じことが起こる。

 アルメリーがいつしか犯人と思われた。

 でも証拠がない。

 みんなが彼女を避けるようになった。 


『どうせ、盗んだのお前だろ?』

 自分の古い記憶に刻まれた言葉が、頭痛を呼び起こす。

 理由もなく疑われるつらさは知っているつもりだ。

  

 一人でに呼吸が浅くなる。

 しかし、自分の胸に抱えているアルメリーの顔を見た瞬間、すっと頭が冷えた。

 彼女は目を閉じたまま、頬を涙で濡らしていた。


「操って記憶を奪う――両方こいつが犯人か」

 

 彼女の周囲の人間の記憶を奪い、厄介者と呼ばれる原因を作った者。


「倒せば終わりじゃないか。俺がアルメリーさんの無実を証明してやる」


 ぞくっと背筋が震えた。

 武者ぶるいだろう。

 記憶を奪う化け物だろうが、人を操る化け物だろうが、やるべきことは同じだ。

 『手』がガダンさんから離れて空中に浮かんだ。

 他にオーラは見えない。

 これが本体と思って間違いないだろう。

 『手』は一直線にこっちに向かって飛んできた。

 俺の記憶も奪うつもりだな。

 させない――

 

 だが、体はすでにボロボロだ。

 感覚を底上げする《強視覚》と《強聴覚》。

 人の感覚に干渉する《狂感力》の《視覚欠損》。

 そして、身体機能を一時的にブーストするリミッター外しの《固有覚解放》。

 どれも付け焼刃で、どれも手探りだった。


 でも、あと一つ。

 ケリをつけるために、もう一枚カードが必要だ。

 体の負担は大きい。

 けどやるしかない。

 足を引きずりながら、アルメリーの前に出た。


「《共感力》――《瞬間再現》」


 対象はガダンさん。


 経験、お借りします――


 腰に構えた借り物の剣が、一度見た通りの軌跡で振り抜かれた。

 夢のようにぴたりと時間が止まった感覚。

 ガダンさんの剣技はこの風景を見ているのだと実感した。


 『手』が指を裂いて真っ二つに割れた。


 そして、中から漏れ出た銀粉が何かを象っていくのを見送りつつ、俺は全身がばらばらになるような痛みの中で力尽きた。

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