第18話 やれることはやろう

 心霊現象のような人智を越えた敵ではないのだ。


 そうこう考えているうちに、アルメリーがすぱっとロープを切った。素手だ。

 そして――降り立った場所に再びの落とし穴。

 着地点は意外と盲点だろう。


「ギィィィッツ!」


 今度は相当イラっと来たようだ。

 魔力を吸収するアイテムを借りてセットしておいたので多少は効いただろう。


 落とし穴のふちにアルメリーの手が伸びた。

 土にまみれた彼女は、やはり無表情。

 でも、後ろに引っ付いているやつはだいぶ怒っているようだ。

 

 金色のオーラが波打っている。

 姿が見えなくても、感情の起伏はバレバレなんだよ。

 

 化け物との距離、約十メートル。

 ここなら届く。


「アルメリーさん、あとで治すからごめん。《狂感力》――《視覚欠損》」


 アルメリーがぴくんと緊張した。

 それは背後の化け物の感情なのかもしれない。

 今、この瞬間、俺の姿は二人の目に映らなくなった。

 

 が――他人の感覚をいじるのは無茶苦茶つらい。

 情報量が多すぎてひどく耳鳴りがするし、がんがんと後頭部を殴られているように痛い。


 でも、ここが正念場だ。

 荒い息を抑えつけ、足音を立てないようにそっと近づいていく。


 そして――

 アルメリーのわずか二メートル手前で《視覚欠損》を解除した。

 周囲を警戒していた化け物の動きに空白ができた。


「よっ、ここだ」


 金色のオーラだけの化け物が驚いた。

 そう直感した。

 困惑は一瞬。弾かれたようにアルメリーが拳を突き出した。

 

 ――ドンっ。


 ぐしゃっと嫌な音がした。

 肋骨の音と体内がひしゃげる音だ。

 でもかすっただけだ。

 《固有覚解放》は解いていない。

 身体能力をブーストしているおかげで、打点を少しずらすくらいはできた。

 絶対にアルメリーは離さない。

 ただ、無茶苦茶痛い!


 彼女の腰に全力で抱き着く。

 目標は達成した。

 化け物から追撃が来る――その前に叫んだ。


「今だっ!」


 上空から銀閃が降ってきた。

 遥か高みに立つ協力者の一刀は、アルメリーと化け物の間に繋がっていた何かを、一瞬の間に断ち切った。

 アルメリーが途端に意識を失う。

 化け物のオーラが彼女を置いて、後方に大きく飛びずさった。


「手ごたえあったな」


 こげ茶色の短髪。長めの二本の剣。『世界告知』11位のガダンさんが口端をあげた。

 けれど、すぐに表情が厳しくなる。


「手負いにはしただろうが、未だにまったく見えん。アルメリーのことも、何度も罠にかけて動きがおかしくなってなければ、本当に操られているとは思わなかった」

「人を操るスキル……あるんですかね?」

「出会ったからにはあるんだろうが、気配もなくて見えないってのは厄介すぎるな……で、化け物は今、どんな様子だ?」

「怒り狂ってます」


 俺の目には金色のオーラが荒波のごとく燃え盛っているのが確認できる。

 さらに半分近くの色が赤色に塗り替わりつつある。

 これは怒っている証拠だ。


「……やれますか?」

「一撃で斬れたってことは、大して強くない。居場所さえわかれば、もう一撃でやれる……だが、ナギも限界だろ。胸、折れたはずだ」

「アルメリーさんが手加減してくれたので大丈夫です」

「一応、持っておけ。またアルメリーを狙ってくるかもしれん。俺が見失ったらお前たちが危険だ」


 ガダンさんは一点を睨みながら後ろ手に剣を一本差し出した。

 一瞬たりともその場から視線を外さないという集中力を感じる。

 しかも、ぴたりと一致している。


「もしかして見えてますか?」

「……かろうじてな。見えるっていうより、風景とはギリギリ何かが違うってのを感じる。俺が追えなくなったと思ったらいつでもいいから教えてくれ」

「はい……」


 ガダンさんの表情が鬼気迫るものへと変わっていく。

 今までの経験、知識。

 色々なものが場に満ちる。


「行くぞ」


 言葉を残してガダンさんが消えた。

 いや、目に止まらないほどの速さで踏み出したのだ。

 俺の稚拙な《固有覚解放》とは比べ物にならないほど鋭い。単なる身体能力のブーストではなく、鍛え上げられた身体の力なのだ。


 しかも、見えないはずなのに剣戟が正確に化け物のいる場所を斬っている。

 後ろに逃げればその分を追いかけ、木の影に回り込めば、幹ごと切断する。這いつくばって逃げようとすれば上段から切り下ろし、後ろに下がれば真横に薙いで追いかける。

 息もつかせぬ連撃に、化け物は為す術がなかった。

 金色のオーラが折れ、砕け、切り裂かれて裸になっていく。


「あれは……なんだ?」


 全身を包帯で包んだような男が見えてきた。

 水晶のような偽物じみた瞳が二つ。顔をぐるぐるに覆った生き物は、覆われた口を激しく動かし金切り声を上げた。

 腹部の包帯の中が強く輝いた。

 金色のオーラの出どころは――そこだ。

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