第10話 新しい仲間に乾杯

 そこは開放的なテラスのような場所だった。

 左側にはバーのようなカウンター。右側には透明度の高いガラス窓が一面に張られている。

 天井は間接照明が彩り、床は灰色のタイル張りだ。

 現代でも通用しそうな空間にアルメリーさんが息を呑んでいる。

 俺も驚きだ。


「びっくりした? アルメリーちゃん」


 一緒に昇ってきた黒髪の女性がいたずらっぽい笑みを向けた。

 うちの仲間はぶんぶんと何度も首を縦に振っている。

 よほど驚いたらしい。


「はい……とっても綺麗な場所。こんなの見たことない」

「そうでしょ! 私の自慢の店だもの。ナギくんは、そんなに驚いてない感じだけど」


 意地悪そうに瞳を曲げた女性がこっちを見た。

 そんなことはない、と首を振った。


「すごく驚いてますよ」

「この世界の割には、良い建物だ――って感じ?」

「えっ?」


 どういう意味だ。

 まさか、この人って――


「おっ、遅かったなナギ」


 次の言葉を口にする前に奥の扉が開いてガダンさんがやってきた。

 今日は鎧を外したラフな格好だ。ワイシャツに似たようなものを着ている。どこから見てもダンディーな親父だ。

 両手にワインのボトルとグラス数本。

 俺はげんなりした表情で言った。


「下で絡まれてたんです」

「おっ、そうなのか? ……ミコト、お前また何かやっただろ? あれだけ注意したのに」

「何も怖いことはしていないわ」


 結構、怖い場面でしたが。


「ちょっとダズに協力してもらっただけよ。ナギくんがどんな子なのかなぁって思って」

「またか……」


 ガダンさんは中央の丸テーブルにボトルとグラスを置いて「はあ」とため息をついた。

 黒髪の女性が「だって、気になるじゃない。この子を仲間にしようって子だもん」と悪びれた様子なくアルメリーの肩を抱いた。

 仕掛け人はこの人だったらしい。


「悪かったな、ナギ。こいつは異世界人に興味があってな」

「もしかして、ミコトさんって……」

「異世界人よ」


 ミコトさん――黒髪の女性――がブイサインを向けた。

 どうも顔立ちが近いなあとは思っていたがマジらしい。


「安西美琴(あんざいみこと)。元日本人」

「……納得しました」

「ナギくんも同じでしょ。名字は?」

「多宮、多宮凪(たみやなぎ)です」

「やっぱりね。見た瞬間、びびっときたわ。またゆっくり昔の話でもしましょう。今は先に――」


 ミコトさんはドレスの裾をなびかせワインボトルのコルクを抜いた。

 驚いたのはそれを素手でやってしまったことだ。

 異世界だからと納得はするものの、外観と動作のギャップがひどい。


「さあ、二人とも適当に座って。乾杯よ。料理も出すわ」


 とくとくと注がれたワイングラスを押し付けられた俺とアルメリーさん。

 そしてガダンさんとミコトさんはそれぞれ自分で用意する。

 ついでにもう一つ。


「これは誰の分ですか?」

「娘の分よ」

「娘? え? もしかしてお二人は結婚してるんですか?」


 俺の疑問にミコトさんが応えた。


「ええ。私のアタックで」

「嘘を言うな。俺からだ」

「……まあ、どちらからでも大丈夫です……はい。聞きたかったのはそういうことじゃなくて……」

「現地人と異世界人って意外と体の相性が良いのよ。ねえ、ガダン」

「ああ。今までで一番だ」

「あら、ありがとう。嬉しいわ」

「いや……そういう話もしてるんじゃなくてですね……もう、いいです。吐きそうです」


 二人は今にも抱きしめ合いそうな声色で会話を交わす。

 視線が熱っぽく色々と胸やけがしそうなので、部屋に戻ってからにしてほしい。

 ピンク色の世界が見える――世界11位のイメージが崩れていく。

 と、きょとんとしていたアルメリーさんが俺の袖をくいっと引っ張った。


「ナギ、『けっこん』って何なの?」

「え? 結婚? うーん……なんというか……」

「獣人の言葉なら、『まぐわう』ってことよ」

「まぐわうっ!? ひゃっ!」


 アルメリーさんがどたどたと数歩下がった。

 なんて言葉を口に出したんだ、と言わんばかりに両手で口を押えたと思えば、みるみるうちにゆでダコのように赤くなった。

 視線をさまよわせ口元をもごもごさせる彼女はなかなか破壊力がある。

 オーラが濃いピンク色だ。こっちもか。


「獣人がまぐわうときは、メスが好きなオスを力づくで襲うのよ。覚悟を決めた勝負になるから、おいそれと口にしてはダメなの。ここぞって場面だけ」


 そんなことを俺に耳打ちしてくるミコトさん。

 わかっているなら大きな声で言わなくて良かったのでは。

 もし襲われたら抵抗せず受け入れてあげて、と余計なアドバイスもありがとうございます。

 絶対に面白がってるな。


「お母さん、ごめん、遅れたー……ん? どしたの?」


 誰かが階段を上がってきた。

 黒い髪をボブにした少女だ。

 この人――一階の奥にいたバーテンダーだ。


「遅いわ、アメリ! もうできあがっちゃってる子もいるのよ!」

「ほんとだ。顔あかーい。ほんとごめーん。でもめんどくさい客がいてさぁ」


 アメリと呼ばれた少女は、言葉を失い耳まで真っ赤にするアルメリーを見て頷いた。

 いい感じに勘違いしてますが。

 そしてくるりとこっちに振り向いた。


「あっ、あなたがナギさん! さっきはびっくりしたよ。ダズさんに睨まれてあんなに冷静だった異世界人は初めて見た!」

「どうも」


 アメリは黒い瞳を輝かせてぐいぐい距離を詰めてきた。

 顔立ちは異世界と日本のハーフ。積極性は◎だ。

 初対面にも関わらず手をとり、なぜか頬ですりすりされる。

 異世界流の挨拶だろうか。


「楽しみだったんだぁ~」


 そう言ったアメリはぴょんぴょん飛び跳ねる。

 色々と忙しい子という印象。


「この子、結構、着やせするのよ。楽しみにしてたから、つきあってあげてね」


 また余計な耳打ちが入った。

 親は残念かもしれない。

 だが、一応確認をしておく。


「何が楽しみなんですか?」

「もちろん異世界の話が聞けること! お母さんから色々聞くけど、全部嘘かもしれないでしょ。食べ物とか学校とか旅行とか」

「ああ……そういう話を聞きたいのね」


 なるほど。

 オーラが青色だからわかっていたさ。

 俺は騙されないぞ。

 ちらりとミコトさんを見た。

 可愛く舌を出してとぼけている。

 引っ掛けようとした自覚あり、だな。

 確信犯に天罰あれ。


「さあ、いい加減、始めようじゃないか」


 ガダンさんがそんな様子を眺めつつグラスを突き出した。

 アルメリーさんが見様見真似で、俺を含めた他の全員が続いてグラスを持ち上げた。


「新しい出会いに乾杯」

「「「かんぱーい」」」「か、かんぱ」


 一人乗り遅れたアルメリーが遅れまいとぐいっとワインをあおった。

 そして盛大にむせた。


「げほっ――ナギ、これおいしくない」

「大人の味ですから」


 俺は新しい仲間のグラスに自分のグラスをそっと当てた。

 これからよろしくね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る