第2話 薬草は色で見分けよう

 活気のある通りに出た。

 人間の他に獣人、エルフと異世界らしい住人たちが歩いている。

 通路は舗装されており、町並みはとても綺麗だ。色鮮やかなカラフルな屋根が町のアクセントとなっている。


 よく聞く異世界そのものだ。

 けれど、異質なものがある。

 目を惹く空高く浮かんでいる謎のディスプレイ。

 透明の画面と言い換えてもいい。

 空中に浮かぶそれにはたくさんの名前が並んでいる。

 左端に番号があるので、何かの順位だろうか。

 通りの人に聞いてみたが、「その格好だと捕まるぞ」と逆に注意された。

 空中ディスプレイより海パン野郎の方が珍しいらしい。

 まあ当たり前の反応だ。


「おい、あんた」


 ぐいっと肩を引かれた。

 振り返ると筋骨たくましい男が渋い顔をしている。俺より身長が高く、腰の左右には長い二本の剣。焦げ茶色の短い短髪がワイルドだ。


「その格好は何だ? 服を着ろ。誰かに身ぐるみ剥がれたのか?」

「服持ってないんです。冒険者ギルドに行けって言われてまして」

「……どこから来た?」

「あのお城です。ついさっきガロックって人に追い出されました」

「ガロック? ああ……あんた、やっぱり異世界の人間か」


 男は納得顔で頷いた。

 異世界人はさほど珍しくないようだ。


「誰を尋ねろって言われた?」

「確かナユラさんって言ってました」

「なるほど……ナユラを紹介されたか。わかった、とりあえずついてこい。その格好は目立つから俺のコートを貸してやる」

「ありがとうございます。あの……俺はナギっていいます。あなたは?」

「ガダン。冒険者の端くれだ」


 ガダンさんは、にかっと笑って歩き出した。

 この人も青色のオーラがにじみ出ている。きっといい人だろう。


 意識を集中して、すれ違う瞬間に観察してみる。

 ほとんどが青から水色。中には赤色やオレンジ色の人物もいる。

 どうやら種族によって変わるわけではないらしい。

 城で見た王や宰相の色はやっぱりおかしい。

 しばらくして剣と盾が交差したシンボルマークを持つ建物に着いた。


「おーい、ナユラ! ナユラいるか? 客だぞ」


 受付カウンターを回り込むようにして、ガダンさんがよく通る声で言った。間近にいると振動を感じる。

 異世界の冒険者はすごいな。咆哮スキルとかあるんだろうか。


 奥からパタパタとピンク色の長髪を揺らす少女が出てきた。

 受付カウンターの男たちがおおっと歓声を上げた。

 そうなる理由は分かる。

 とても美人だ。スタイルも良く、アイドルのようなルックスが愛らしい。

 綺麗な受付嬢の中でも目を惹く。

 なぜか俺の心は靡かないが。

 

「ガダンさん、帰ってらしたんですか!? ギルマスが待ちくたびれてますよ!」

「あとあと。どうせ仕事を増やすだけだ。今日はこいつを連れてきた。ガロックからナユラを尋ねるように言われたんだと」

「どうも」


 ガダンさんに背を押され、俺はナユラさんの前に出ようとした。

 と、足がもつれてカウンターに突っ込むような形になった。

 大丈夫か、とガダンに背中を引かれて借りていた上着が脱げた。


「あっ」


 意図せず海パン姿をさらした俺は、ナユラさんと至近距離で目が合った。

 深いオレンジ色を帯びた綺麗な瞳だった。


「……ぅぅ」


 一瞬の間をあけて、呻くような声とともにナユラさんが両手で顔を覆った。耳まで真っ赤だ。

 彼女は素早く反転し、奥の部屋に勢いよく消えた。


「ナユラにはちょっと刺激が強かった……かな?」


 俺の背後でガダンが申し訳なさそうにつぶやくと、始終を見ていた冒険者たちが次々とこちらを非難する。


「ナユラちゃんをいじめんな、変態野郎! コート脱いで見せつけって上級者すぎだろ」


 そんな趣味はない。

 どうして上級者って知ってるんですかね?


「俺だって見せたことねえのに」

「もっとやれ」


 誰だ? 最後に言ったやつ。

 不可効力だ。本当にそんな趣味はない。


「ナユラはとにかく恥ずかしがりやだから、気をつけろ」

 

 ガダンさんのせいもあるのでは。

 まあ人前に出るときには服を着とけって話だけどさ。

 

 他の受付嬢たちは遠巻きに俺を一瞥しただけで、関わりあいになろうとしない。

 仕方なく立ったまま時間を潰す。

 ナユラさんが戻ってきたのは十五分ほど経ってからだった。

 未だに頬が赤い。

 しかも目を合わせてもらえない。


「あの……どんなご用でしょうか?」


 彼女のオーラは淡いピンク色に変化していた。

 なるほど、たぶん羞恥心を持つとピンク色。

 《強感力》スキルの効果だろう。

 

 っていうかこのスキルこれだけ? 全然役に立たなさそう。


「えっと、ガロックさんから、ナユラさんを紹介してもらえって」


 俺はここに来た経緯を説明した。

 その後ガダンさんも交えて話をして、まずは生活の基盤を立てるという方針で一致した。

 

「当面は金だな。冒険者なら早いぞ。ドラゴン一匹狩れば家が立つ」

「ガダンさんの話はあまり真に受けないでくださいね。この方は特別ですから」


 苦笑するナユラさんの言葉に頷く。

 そもそもドラゴンに立ち向かうなんて死亡フラグだ。

 上位装備でイージーモードならまだしも。


「最初は薬草採りから始めましょう。安全で安心のギルド推奨のお仕事です」


 ナユラさんによると町を出てすぐの森で簡単に採れるらしい。

 野草図鑑を見せられ、丁寧な説明をしてくれたけど、正直見分ける自信はない。


「薬草は良質なものと普通のものでわけられるので、ゆっくり観察してくださいね。あと、たまに小さなモンスターが出るので集中しすぎには気をつけてください」

「まあ、最初は俺がついてやる。まず一回やってみればいい」

「ありがとうございます」


 何から何までありがたい。

 異世界人だと拒否反応がないのがびっくりだ。

 俺はギルドが保有する冒険者初期装備を借りてガダンさんの案内で森に向かった。

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