捨てられ希望の強感力の冒険者

深田くれと

第1話 ゴミスキルだと誰が決めた?

 どうやってここに来たのか覚えてないけれど、一つ確かなことがある。


 ここは異世界で――


 俺は今、崖っぷちにいるってことだ。


「珍しいスキルを持つ者はいたのか?」


 ぞっとするほどの無表情。

 煌びやかな衣装に身を包んだ王様らしき人が訊いた。

 広間に立たされているのは四人。

 全員後ろ手に縄で縛られ、武装した兵士が背後に立った状態で値踏みされている。


 右から黒髪の童顔の女性。

 金髪のつり目の女性。

 真面目そうな茶髪の男性。

 そして、特徴のない俺。


 初めて見る人ばかりだけど誰も状況がわかってなさそうで不安げだ。

 年齢は俺が一番上だろう。

 他は中学生か高校生くらいに見える。

 

 気になるのは全員の服装だ。

 統一感がない。


 巫女、制服、制服、そして……海パン。


 怠惰な生活を終わらせ、一念発起してジムに通おうと、部屋で下ろしたての水着に着替えたばかりだったのだ。

 仕方ない。俺に罪はない。


「陛下、お喜びください。久方ぶりに強力なスキルを持つ者たちが召喚できました」


 宰相のような立場の人だろうか。

 髭の濃い男が、手元の紙に目を落とし、スキルを読み上げていく。


 氷魔法、かくへん剣、むじんの盾などなど。字がわからないけど、そんな感じ。

 一人でたくさんのスキルを持っているのだろう。

 一人一つずつではなかった。

 時折、広間にいた兵士たちがざわめく。

 すごいスキルがあったらしい。

 俺の番になった。

 宰相が言った。

 

「以上が、期待できる者たちです」


 ――え?


「そこの者は?」


 視線すら向けない王が蔑むように訊いた。


「《強感力》というスキルだけです」

「たった一つか。なんだそれは?」

「えー、調査では【色々と強く感じて見えます】。とのことです」

「何が見える」

「それは……変わったもの……とかでしょうか」

「戦えるのか?」


 宰相が言葉に詰まった。

 沈黙が続く。

 俺は背中を兵士に小突かれた。

 「隠さず感じるモノを正直に言った方がいい」という小声が背後から聞こえた。

 王に近づきたくなかったが、しぶしぶ進み出て言った。


「……少し、寒いです」


 周囲の者がかすかにざわめいた。

 別に寒くないよな、という言葉も漏れ聞こえる。

 王が路傍の石でも見るような目を向けた。


「クズは捨てておけ」


 ひどい台詞を残し、さっさと姿を消した。

 それにしても見限るのが早すぎる――

 俺への興味は五秒も無かったくらいだろう。


 入れ替わりで、宰相のそばからメイドたちが現れた。それぞれが高そうな黒いブレスレットを手にしている。


 数は――三つ。

 何となくこの先の展開が読めた。

 宰相が揉み手をしながら、俺以外の三人に近づいた。

 すごい猫撫で声だ。

 あからさますぎて不安しか感じない。


「それはあなた方のスキルの効果を高める魔道具ですので是非お使いください。色々と失礼しました。我が国はあなた方を歓迎いたします。混乱されているとは思いますが、ゆっくりと説明いたします。さあ、あちらに歓迎の料理も用意しております。こちらへどうぞ」


 突然手のひらを返した宰相の指示で、兵士が三人の手縄を切った。

 綺麗なメイドたちに手を引かれ、どこかに案内されていく。


 巫女の女性が立ち止まり、心配そうな顔で俺を見た。茶髪の男性もメイドに何か声をかけているが、どちらのメイドも首を振った。

 二人はどうやら心配してくれたらしい。

 仲間想いの人たちなのだろう。


「君は……こっちだ」


 俺は縄で縛られたまま兵士に連れられて廊下を進んだ。

 もちろん裸足だ。

 しかも結構歩いて、ようやく外に出た。


 俺たちがいたのはどこかの城だった。

 とんでもなく大きい。

 裏口から敷地外に出され、ようやく手縄を切られて自由になった。

 初めて兵士の顔を見た。

 頬に刀傷を残した強面。腰には立派な剣をさしている。

 強ばっていた自分の体が、ようやく緩んでいった。


「すまなかった……」

「え?」


 俺をつれてきた兵士が深々と頭を下げていた。


「王の暴言は、私の謝罪で許してほしい」

「そんな……別に対したことじゃないです。なんとなく想像できたので」

「寛容だな」

「そういうのとは少し違いますけどね。で、俺はこれで自由ですか?」

「ああ。好きな場所に行きなさい――とは言っても、服も金も、行く当てもないだろうから、ここからまっすぐ街に降りて、冒険者ギルドのナユラを訪ねなさい。彼女は応援で来ているだけだが、まだ数日はいたはずだ。ガロックの紹介だと言えば世話をしてくれる」

「……ありがとうございます」


 俺は何も尋ねなかった。

 見限られた以上、とにかく早くその場を離れるべきだと直感がうるさいからだ。


 踵を返して門に向かう。

 裸足が痛い。風が冷たい。視線も痛い。

 でも、何よりほっとした。

 ガロックさんは青いオーラを纏っていた。 

 清々しく、清涼感のある色。


 それに対して、宰相は灰色。黒に近い灰色だ。

 そして、王は闇のような黒だった。

 うねうねと蠢き、生き物がまとわりついているようにも見えた。

 思い出すだけで気持ち悪く、まだ寒気が止まらない。


「殺されるかと思った」


 正直に話していたらと思うとぞっとする。

 その王と宰相から渡されたブレスレット。

 放り出された自分と残った三人。


 どちらが幸せだったかわからない。

 でも、もしどこかで彼女たちと再会したら――

 できることをしよう。

 なぜか、そんな予感があった。

 それまでに、今のたった一つのスキルを使いこなそう。

 俺にはこれしかないみたいだから。

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