少女漫画の平凡ヒロインを目指した結果、何故かヤンデレマフィアに狙われてます。

@jojo1129

第1話

8時30分。


あえてこの遅刻ギリギリの起床時間に起きるところから私の朝は始まる。


すぐにバタバタと慌ただしく制服に着替え、素早く食パンを咥え玄関の扉を開く。


そしてもちろん、これを忘れてはいけない。


「い゛っっけなーい!!遅刻遅刻ゥゥウ!!」


独り言にしては少々デカすぎる私の声量に驚いたカラスの群れが飛び立っていく。


毎朝気の毒だなとは思いつつ、黒い羽が舞い散る中、今日も全速力で町内を駆け巡る。


(と、ここで心の中で自己紹介……私の名前は田中花子!どこにでもいる普通の高校生☆…よし。)


いつも通り朝のノルマを達成することができ、走りながらガッツポーズを決める。


(ああっ…!最高、最高よ田中花子!今日もなんて完璧な平凡さなの!!)








「……っはぁ、はぁ、ギリギリセーフ!」


「いや別にギリギリでもないし」


爆走登校を済ませ教室に入ると、友人の鈴木優子が私にそう告げた。


「え?」


「まだHRまで15分もあるから全然余裕でしょ」


「な、なんですって…?」


彼女の言葉に膝からゆっくりと崩れ落ちる。


「え、何?今からミュージカル始まる?」


いちごミルク片手の優子はまるで他人事だ。


「そんな…起床時間は私が全力で走ってHRの53秒前に学校に到着するよう設定しているはず。なのにこんなに余裕を持って登校してしまうなんて…ハッ!まさか毎日走りすぎて足が早くなってしまった…?」


悔しさに思わず唇を噛み締める。


「あぁぁあクソが!これじゃ平凡の風上にも置けないじゃない!」


「うわ急に叫んだ怖」


優子とかいう名前にしか優しさ要素のない女はいちごミルクを飲みつつ言った。


「てか毎日よくやるよね。いくら少女漫画のヒロインみたいになりたいからって毎朝食パン食いながらダッシュで登校とか。そんな事してもイケメンと曲がり角でぶつかるわけでもないのに」


「ふふ、今はまだ、ね?でもいつかイケメンとぶつかる日が訪れるわ。なんたって私は平凡界のエリートなんだから」


「は?(何言ってんだコイツ)」


何言ってんだコイツ、とでも言いたげな妖怪いちごミルク女に構わず私は力説する。


「いい?私の身長は日本人女性の平均である157.5cm、血液型は日本人全体の40%を占めるA型。その他にも学力、体力、視力などなど…そのどれもが全国平均とピッタリ同じ数値なの。凄くない?ねーマジで凄くない!?」


「え?あー、うん」


(うーわマジかこの女、自分から話振っといてスマホいじり始めやがった)


しかしそんな冷徹スマホ女に負ける私では無い。


「それに加えご覧なさい!この平凡な顔立ち!スタイル!田中花子とかいうマークシートとかの記入例でしか見た事のないような名前!普通…!あまりにも普通すぎる…!」


「それ名前に関しては逆に珍しいんじゃ」


「黙りなさい。とにかく普通、人並み、在り来り。そんな一般人街道のド真ん中ぶっちぎってきた私は、次第にとある野望を抱くようになったのよ」


「ふーん、その心は?」


「いや、別に謎かけとかじゃないからね?コレ。

まぁいいや、その野望とは!ドゥルルルルルル…デン!こんなにも平凡を極めた私なら、少女漫画の王道!平凡系ヒロインになれる説〜〜〜!!!」


「うるさっ」


「ハイっ、ということでね、えー、私は少女漫画のヒロインを目指し、日々それっぽい行動をすることに全力を注いでいるのですよ、ええ」


そう、私の朝からの行動は意図的に仕組んだものであり、その行動一つ一つが少女漫画ヒロインのテンプレをなぞっている。


「いや〜こんなにも平凡に生まれたからにはもうなるしかないっしょ、少女漫画ヒロイン!」


「ふーん、頭おか…まぁそれはいいんだけど、そのために毎回遅刻するのはどうかと思うよ」


「いやいやいや、遅刻じゃなくて遅刻ギリギリを攻めてるだけだからね?遅刻なんてしたら内申点に響くじゃん」


「はは、こんな抜け目ない少女漫画ヒロインとか嫌だわー」


優子に生暖かい視線を向けられつつ、私は背景に薔薇とか抱えちゃってる系イケメンと出会えることを夢見て青春を謳歌していた。


そして、遂にその日は訪れた。


「い゛っっけなーい!!遅刻遅刻ゥゥウ!!」


バサバサバサーーッ!!


今日も今日とてカラスの群れを蹴散らしつつ、私は町内を爆走していた。


「あ!おいあれ見ろ!食パンばばあだ!」


「え、もうそんな時間かよ?やべ!学校遅れっぞ!」


「……」


最近、近所の小学生から「食パンばばあ」というあだ名で呼ばれるようになった。


その上どうやら、私は遅刻ギリギリになると現れる妖怪として認知されているらしい。


(まぁ遅刻ギリギリなのは間違いじゃないけど…にしてもどこがばばあじゃい!こちとらまだピチピチの17歳だっつーの!)


苛立ちを覚えつつ、曲がり角に差し掛かる。


その時だった。


ドンッ!


「どぅおっらぁぁあ!?」


一瞬の衝撃と共に視界がひっくり返る。


私の身体は浮き上がり、視界には青空が写った。あ、それと宙を舞う食パン。


(って、これってもしかして…)


少女漫画的展開!


そう思うと同時に背中に強い痛みが走った。


「い゛っっったあぁァァァァ!!!」


「あの、すみません、大丈夫ですか?」


私が叫んだ瞬間、そう男性の声が聞こえた。


(ハッ!これはチャンス!)


私はすぐさま立ち上がりこの日の為に練習を重ねたセリフを口にする。


「ちょっと!あんたバカァ?どこ見て歩いてんのよ?気をつけなさいよね?!」


「え?」


(くぅ〜〜っ!決まった…!これぞ少女漫画の第1話ってやつよ!)


と、心の中でガッツポーズを決める。


(あれ?でもこれテンション的には少女漫画ってより某残酷な天使のテーゼ系ヒロインじゃね?あーセリフのチョイスミスったわ〜〜〜)


しかし、私はこんな一人反省会をしている場合ではなかった。


「……え?」


なぜならぶつかった相手が、少女漫画に出てくるような王子様では無いことに気がついたから。


(え、ちょっ、ちょまちょまちょまちょま……ちょ待てよ!!)


自分の中に宿る内なるキムタクが動揺しているのを感じ、彼の姿を見ずに話しかけたことを後悔した。


ゆっくりと立ち上がった男の身長は威圧感を感じるほどの高さで、190近くはありそうだ。髪型は銀髪のセンター分けウルフで、チェーン付きの丸いサングラスが怪しい風貌を引き立てている。


それに加え、耳にはピアスがバチバチについており、手の甲から腕まで、胸元から首までの見える範囲だけでもビッシリとタトゥーが入っているのがわかった。


そんな男が、私を見つめて…いや見おろしていた。


こんな時に常人がもつ感想はひとつ。


(やっばー!!!)


やっばー!!!である。


(あー詰んだわどうしよコレ。え?どう考えてもこの人カタギじゃないよね?うそでしょ?やべぇ、これじゃ少女漫画の1話目どころか人生の最終話じゃん。ファーwwwウケるwwwいやwウケてる場合では無いwwいや、ホントマジで。マジで笑えないからな?花子。この状況、普通に。)


私の脳内は冷静にパニックを起こしていた。


(ヒィー!怖くて何言ったらいいかわかんないけどなんか言わなくっちゃ…あークソもう知らねェ!もうどうにでもなれ!!)


そして自暴自棄を起こした私は、パニック状態の勢いそのままに口を開いた。


「ちょwおにーさん冗談じゃないですか〜☆どこ見て歩いてんのってそりゃ、私の方やないかーい!ってはーなーし!はは!いや〜思わず関西弁出ちゃったな〜!ま、私別に関西に縁もゆかりもないんですけどね!はは!もうね、ゴリゴリの東京生まれ横浜育ちのシティガールなんですわ!」


「………」


地獄みたいな空気になった。


(はい、完全に終わりました〜お父さんお母さん今までありがとうございまーす♪)


「じゃあ私もう行くので!さよーーならーーーーー!!!!!!」


ただ呆然と立ち尽くす男をその場に残し、自分でも引くほど元気な声でその場を後にした。


ちなみに私は東京生まれでもないし、横浜で育ったこともない。ただ、埼玉県民として生きた17年の人生がもうすぐ終わりそうなことに恐怖し、つい意味不明なことを口走ってしまったようだ。


(いや、ていうかあんだけビビってたのに一切謝罪の言葉が出てこなかった私の人間性って…なんかめちゃめちゃウソの自己紹介して終わったな)


生きた心地のしないまま、とりあえず私は学校に向かった。


キーンコーンカーンコーン…


「おはよ…」


「おはよー今日バリバリ遅刻じゃん…って、なんか花子死にかけてね?」


登校早々、優子は私の様子がおかしい事に気づいたらしい。


「優子…んもう♡いつも冷たいくせに、以外と私の事見ててくれてるんだから…ふふ、本当に素直じゃないオ・ン・ナ♡」


「先生ー、田中さんが遅刻したくせにしれっと教室入ろうとしてまーす」


「キィィィイ!前言撤回!この爆速チクリ女!」


しかし、爆速チクリ女によって白日の元に晒された私の罪が問われることはなかった。


なぜなら我らが担任、チワワティーチャー佐藤(いつもチワワのように震えている佐藤先生のあだ名)がこちらの声が届かないほど、いつも以上に何かに怯えていたからだ。


そんな彼の様子を不審に思った私は、優カスに問いかけてみる。


「ねぇ、今日のチワティー(チワワティーチャー佐藤の略称)なんか震えにブーストかかってない?」


「あーなんか今日、朝からずっとああなんだよね。顔色もマジ激ヤバのヤバって感じ」


「いやあんたの語彙力の方が激ヤバのヤバでしょ。あ、てか聞いてよ!激ヤバのヤバで思い出したんだけど」


「激ヤバのヤバで思い出す思い出って何?」


私はボキャ貧優子に今朝出会った激ヤバのヤバな男について話した。


「ってことがあって…」


「ブハハハハ!wwマジwウケるwww花子wちょw花子最高wあんたマジ最高!!ハハ!www」


(あ〜相談相手間違えたな〜!コイツ人の不幸話を聞くと異常にテンション高くなるクソ野郎だったわ〜!)


「このカスが!…はぁ、でも本当散々だよ。少女漫画だったら爽やかなイケメン高校生とぶつかってさぁ、その子が転校生としてうちのクラスにやってくる流れになるだろうに」


と、私がボヤいたその時だった。


ガラガラ!!!


勢いよく教室の扉が開かれたと同時に入ってきたのはキラキライケメン高校生……ではなく、黒いスーツに身を包んだムキムキマッチョ白人だった。


(……え???)


突然の黒船襲来に唖然とする私たちを他所に、スキンヘッドにサングラスといったいかにもな風貌なその男は、入ってくるなり何故かチワティーの胸ぐらを掴んだ。


「おいゴルァア先公!いつまでうちのバンリ様待たせとんじゃい!さっさと紹介しろボケカスがァァア!」


流暢な日本語で怒鳴られたチワティーの震えに拍車がかかる。


「ヒィィイ!あ、あ!すみません!すみません……!」


(え、なにこれ…てか誰?!)


突然の殺伐とした状況に、私を含めクラス中が困惑していると、先程開けられた扉から今度は二人の男が入ってきた。


一人は最初の男と同じような格好をした、これまた大柄なスキンヘッドの黒人男性。


そしてもう一人は…


(え…?えぇぇえ?!?!)


例の激ヤバのヤバ男であった。

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