弱かった僕はあの夏、

うるえ

僕は馬鹿だから

「ちょっととしを取りすぎたみたい」

 どういう意味なのか、君は疲れたような表情かおで静かにそう溢した。


「僕は頭が悪いし、君みたいに賢くないから、だからその意味がわからないけど、でも、僕は君に死んで欲しくないよ」

 回らない、いつももやがかかったようにはっきりとしない頭の中でどうにか言葉を掻き集め、搾り出すようにそう言った僕の声は、はっきりと分かるくらいに震えていた。君はそんなことないじゃないと、困った風に笑った。僕は思えば、君のそんな表情が好きだった。


 風が少し冷たくなってきていた、ある夏の終わりの日のことだった。


「君は賢いよ。君が思っている以上に」

 どくどくと心臓が脈打っていて、そこでなんだか僕は不覚にも泣きそうになって、それを隠すように君にしがみついた。

「嫌だ、居なくならないで。僕、僕は君が居ないとムリなんだ。僕だけじゃ何にもできないし、それに──」

「大丈夫だよ、君は強いから。僕なんかよりもずっとね。僕は先に行って待ってる。いつか2人で、今までよりもうんと沢山居られるように。ちょっと行くタイミングが2人ずれてしまっただけだよ。絶対、僕は君を待ってるから。ほら──次会う時はさ、あの空よりもうんと遠くまで行こう。誰も居ない静かな場所で、2人でしたいこと沢山しよう。君が来る時は基地に──僕たちが小さい頃よく遊んだ公園の木の下においで。そこに来れば絶対に僕が待ってるから」

 うん、うん、と僕は泣きじゃくりながら君の足元に座り込んだまま、けれど駄々をこねるように嫌々と首を横に振っていた。

「だって、それじゃ、僕、君とまた会える日まで、どうやって生きていけば、いいの。やだぁ、置いてかないで、ここに居てよぉ」

 子供のようにわんわんと泣き続ける僕を、君は何も言わずにぎゅっと抱き締めてくれた。君の腕の中はとても温かくて、それが一層僕を泣かせた。

 暫く君の腕の中で泣きじゃくり、ガンガンと痛む頭と詰まった鼻で重くなった身体をそっと離した。

 泣いたせいでいつも以上にぼんやりした頭のまま君を見た。

 君はハンカチと、それに包まれたものを僕にくれた。あの困ったような笑顔をその顔に浮かべたままだったので、僕はまた少しだけ泣きそうになって、それを抑えようときゅっと唇を噛んだ。

 それを見た君はハンカチに包まれたものを取り出した。

「え…口、紅?」

 うん、と君は小さく頷いて、僕の唇にあかいその口紅を塗った。

 似合ってる、と言われたけれど、僕は嬉しいのか何なのかよくわからなくて下を向こうとした。その時、唇に柔らかいものが押し付けられた感覚と共に、君の香りがふわりと僕の鼻腔をくすぐった。

 顔を上げると唇をほんのりと紅く染めた君の姿があった。その現実離れした美しさと消えてしまいそうな儚さに、僕は一瞬息をするのも忘れるくらい見惚れていた。


「そろそろ行くね」

 君は笑って言った。僕は、……何も言えなかった。


 それが、君を見た最後だった。

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弱かった僕はあの夏、 うるえ @Fumino319

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