青い鳩の気まぐれ

ソブリテン

本編

 青く透き通った空に包まれた、静かな場所がありました。静かは深く。そして、広大に。寂しさを見つけられないぐらい、音のない場所。音どころか、生命の気配もなく。風は立たず。色もなく。夜すらもなく。ただただ、何もない世界。一本のアカシアの木だけが、そこにありました。


 アカシアはひどく退屈していました。何も感じることができず、誰とも話すことができず。木なので、動くこともできず。絶望には青すぎる空に飲み込まれていくように、何もない毎日に耐えて。孤独の本当の意味を知ることすらできずに、ただ生きることしかできなかったのです。


 アカシアはある日、ついにこの日常を終わらせたいと思い、太陽に向かって叫びました。

「お日さん、お日さん。どうか僕を焼き尽くしてくれないか。」

 しかし、何も起こりませんでした。太陽に、その声は届かなかったのです。アカシアは憤りました。休まず毎日空に昇っては、沈んでいく。不気味なぐらい表情を変えない青空に、唯一変化をもたらす存在。それが、アカシアにとっての太陽でした。そんな太陽なら、自分の願いを聞き入れてくれるのではないか。希望に酔いしれた一瞬は、儚く錆びて砕けてしまったのです。


 涙の出し方もわからずに。また明日が来てしまうことをひどく恐れて、アカシアはどうしようもなく項垂れていました。そんなアカシア の前に。

「太陽は遠いんです。」

 突然、青い鳩が現れて。

「月よりもずうっと。だから声なんて届きませんよ。」

 励ますわけでも、慰めるわけでもないようなことを言いました。ぱたぱたと翼を動かしては、空気にしがみついて空中を漂う青い鳩。どういうわけか、アカシアはそれを見て。心が悲しみでいっぱいになってしまいました。

「ちょっと、なんでそんなに悲しむんですか。」

 心無いことを言われたから、ではありません。正直、太陽に声が届かないことは薄々アカシアも気づいていました。それよりも、アカシアは今。生まれて初めて、他者と話しているのです。どんなに待ち望んだかわからない、この状況こそが。アカシアの心を悲しみの一色に染めたのでした。

「僕は今、初めて誰かと話した。今までは誰とも話したことも会ったこともなかったから、孤独という言葉は難しくてわからなかったんだ。だって、その反対を経験したことがなかったから。だから……。」

 話しているうちに、何年分もの寂しさが押し寄せてきて、わけがわからなくなって。もうそれ以上、アカシアは何も言えなくなってしまいました。


 青い鳩は、アカシアを少し可哀想だなと思い。

「孤独は、幻想ですよ。」

 言って、アカシアに向けて強く翼を振りました。抜け落ちた羽根が空気に溶け、青い風を生み出して。アカシアへと降り注ぎました。

「これ、は……。」

 眩しい青に包まれたのちに。アカシアの根が地面から抜け、その背中には大きな青い翼が生えました。

「これであなたは自由です。よかったですね。」

 少しぶっきらぼうに言って、青い鳩はどこかへ飛び去ってしまいました。根が抜けて、翼が生えて、自由になったアカシア。太陽に向かって飛び、燃え尽きることも。どこか遠くへ旅立ち、誰かと出会って話すことも。今のアカシアには、きっとできます。しかし彼は、どこにも行こうとはしませんでした。その身が枯れてしまうまで、その場を動かず。青い鳩が飛び去った方角の、その先の青空を、ただ見つめ続けていたのです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

青い鳩の気まぐれ ソブリテン @arcenciel169

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ