月と街灯

ソブリテン

前編

「貴女はあまりにも明るすぎるのです。」

 お月様の声が、霜月の寒空を照らした。照らされた空は、霧を晒して身震いをする。身震いと言っても、空は地面のように揺れたりはしない。ただ風に吹かれて、散らかって、移ろいでいくだけである。

「貴女ですよ。貴女。」

 貴女。それは、誰のことだろうか。お日様は今頃ブラジルだし、お星様方も確かに明るいけれど、お月様には敵わない。彼女が嫉妬するほど明るいモノなんて、真夜中には存在しない。

「ちょっと、聞いているのですか?街灯さん。」

 存在しない、はずなのに。お月様は、私に向かって問いかけていた。私みたいな、住宅街の街灯に向かって。

「私、ですか……?」

 細々とした私の声は、枯れ木に遮られ、上手く空まで届かない。だけれど、お月様はそれを拾って、頷いて。

「そうです。貴女です。わたくしは、貴女に嫉妬しているのです。」

 その答えを聞いて、噛み砕いて、砕いて、でも、飲み込めない。コンクリートに硬く掴まれた私の足が、ふるふると震えるのを感じる。お月様が、私に。

「私に、嫉妬を……?」

 そんなことは有り得ない。だって、私はただの街灯。寂れた住宅街のすみっこで、ひっそりと、虫も寄ってこないほど微かな明かりを灯す、落ちこぼれの街灯である。そんな私に、お月様が嫉妬なんて。「明るすぎる」と言うなんて、有り得ない。

「冗談はやめてください。私なんかより、お月様の方がずっと明るいです。私が照らせるのは、私の立つこの辺りだけ。でも、お月様は、夜の下にある全てを照らしているじゃないですか。私には、到底敵いません。」

 そう言葉を灯すと、私はなんとなく居心地が悪くなって、からからと電子を揺らした。私の取れる時間と空間への抵抗は、これぐらいしかない。どれだけ居心地が悪くても、私はここから動けないのである。撤去されるとか、暴風に飛ばされるとかを除いて。

「そんな事は、わたくしもわかっています。わたくしが言いたいのは……。」

 言葉に詰まったお月様は、地球の周りを歩みながら、私の漏れた光が漂う町かどを、そっと見詰めた。そして、もう一度。

「……貴女は、明る過ぎるのです。」

 幽玄な声を照らした。

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