第20話

 案内された部屋でエレーオに傷の手当てをされ、シオンをまじえて話していた。

「これからどうするんです。おじい様の元へ戻ります?」

「その前に、ラズ、その二匹は」

 ラズの傍には二匹の子犬。

「シロの子供」

「……」

 いつの間に。シロは雄だった。クロも。

「犬にまで先を越されたか」

「師匠ぉ」

「シロはハルディのとこ。ハルディを護ってねって」

 置いてきた。

「この二匹だけ?」

「ううん。四匹。一匹はミリャが。一匹は城の人。一匹は姉上につけようと思って。姉上、エレーオやクロフトおいて暴走するって」

「誰がそんなことを」

 エレーオがれてくれたお茶を飲む。

「次はここに行こうと思う。エレーオ、考えといて」

 分厚い手紙をエレーオに。

「シオン、話しが」

 ソファーから立ち、エレーオ達とは離れた場所に。

 ディーンも傍に。誰かが来れば、話しに夢中になっていても止める、知らせてくれる。

「あれはレルアバドにいる。いくさは竜やすえおびき出すため」

 声をひそめ。

「どういうことだ」

 アニクスは見聞きしたこと、父ということは隠し、聞き出したとして、すべて話した。

 シオンは口元に手をあて、ディーンも青い顔。

「一番狙われやすいのは」

「ハルディ」

 シオンは愕然がくぜんと。

「その通り。本当は傍にいてほしいけど、私一人じゃ勝てない。あれやトカゲ人間が直接行かない限りは大丈夫だと。ミリャもいるし」

「イオはまだ国内だ。奴と対峙たいじするぎりぎりまでいてもらうよう、伝えるべきか」

「交代する?」

 アニクスはおどけた口調で。

「いや、行って戻っては」

 シオンは真剣。

「話すことは話したからね。今のところ狙われているのは私だけ。戦うのなら、いずれシオン達のこともばれる。もし、子供がいるってばれたら」

「ばれる前に倒す」

 はっきりと。

「子供のことを知っているのは」

「フィーガ親子、グラナートと息子、孫、ここの王子と護衛の兄弟。ばらせば私が斬るって師匠の脅しつき」

義父ちちには直接伝えたかったが」

「今は戦場。落ち着いているけど」

「お前が撃退したから」

「はいはい、そうですね。でも危なくなったら、奥さんだけでもそっちへ送るって」

 ふざけた口調から沈んだ口調に。

そろって来てほしい。父も、母も大喜びしていた」

「負けられないね」

「ああ」

 こぶしをぶつけ合う。

「お二人とも、エレーオ殿が」

 ディーンの言葉にエレーオ達を見ると、こちらを見ている。シオンと頷き、ソファーに。

「お話しは終わりました」

大体だいたいは。それで、エレーオはどう思う。私は行こうと思う。ナサロクに」

 エレーオから手紙を受け取り、シオンに渡す。エレーオは難しい顔に。

「ここにいるよりは、いいと思います。ですが、向こうのごたごたに巻き込まれるのは確実。おじい様の所にいても、いつレルアバドが動くか。このまま静観、はないでしょう。連合はうまくいけば」

 エレーオは腕を組んで難しい顔。

「うーん、でも、でも」と呟いている。もう少し時間が必要そうだ。

「ナサロクに行くの?」

 ラズは首を傾げ。

「そのつもり。友達もいるからね」

「ジュライ王子?」

「王様になってる」

 覚えていたようだ。

「このザラフっていうのは」

 手紙にざっと目を通したシオンが。

「私についてくれた三家の一つ。アルサババ家の長男」

「文句がつらつら書いているな」

「あははは」

 テーブルにある皿からチョコを一つ取り、口の中へ。

 ジュライの双子の妹の一人が一人の男からしつこく手紙や贈り物をされ、迷惑している、と。どこかで体験した話を聞き、紹介した。紹介して、代筆で返事を書いたが、本人が来て「結婚しよう」と強引に。断っても、何度もしつこく。殴る、蹴る、ひっぱたいても諦めず。頭にきた妹はザラフを婚約者だと言いはなち。

 その文句をつらつら。いずれ内乱になるよ、と物騒なことまで。だが他から攻められなければ、そうなっても。

 ジュライは穏健おんけん派になるのだろう。強行、戦で領地を広げようと考えている王もいるとか。ジュライがやっているのは時間稼ぎのようなもの。どこまで稼げるか。勝手に動く者も出てくるだろう。

「最後にウエディングドレスを用意して待っています、と女の字で」

「そこまで読まないで」

 情けない声で。アニクスも見た。もう一人の妹だろう。

「ここの王子は」

「それも忘れて」

 シオンはにやにや笑い。


「おい、弟子」

「はい?」

 師匠に声をかけられ。師匠は窓辺。外を見ている。手招きされ、傍に。

「お前、あの王子に言ってないことあるだろ」

 ちらりと見たのはエレーオと話しているシオン。ナサロク行きのことを話し合っている。

「なんのこと」

「あの王子はだませても、俺を騙せるか」

 鼻先をつままれ。

「女の嘘をどれだけ見抜いてきたか」

「たらし」

「なんだと。まあ、いい。吐け、何を隠している」

 どうするか考えていた。話しても。だが。ぐるぐる考え、考え。

「シオン達には黙っていて」

「話しによる」

「黙っていてくれないのなら、話さない」

 子供のように、ふいっと師匠から顔をそむける。

「とっとと吐け。この先どうなるかわからないだろ」

「……父さんに、会った」

 顔は背けたまま。

「親父に? どこで」

「戦場。体を乗っ取られていた」

「……」

「倒せって。倒したら、体を母さんの元へ。一緒に眠らせてくれって」

「そう、か」

 師匠はなんともいえない顔。今まで見た覚えのない顔。

「師匠」

「断る」

「まだ何も言ってないけど」

「自分が倒れたらって言いたいんだろ。断る。親父も母親も、お前とはまだ会いたくないはずだ。だから断る。お前が頼まれた。お前がしっかりやれ」

 でこぴんされた。

「痛い」

「それがあのトカゲとお前の違いだ」

 でこぴんなど、あのトカゲ人間には効かない。

「ミリャに薬、頼んでおこう」

「本人が来るかも」

 それは嬉しいが、ハルディが。


 ナサロクへ行くと決めれば、タイミングをはかったように扉が叩かれ「はい」とシオンが返事。部屋はそれぞれ用意されているが集まって話していた。それまで誰も来ず。早く追い出したければ誰かが来る。リンドブルムの王子だと知れても誰かが挨拶に。余程関わりたくないのか。

 とうとう来た。荷物はまとめている。いつでも行ける。この時間だと。窓の外を見ると暗くなり始めていた。

「夕食の準備ができました。どうぞ」

 来たのはイレク。

 あれ? とアニクスは首を傾げた。

「いえ、十分休ませてもらいました。もう出て行こうと」

 答えたのはシオン。

「今日はここでお休みください。誰も危害は加えません。国王陛下を助けてもらい、礼もせず、追い出したとなれば」

「追い出されたのではなく、自分から」

「どうぞ。準備した夕食を無駄にされますか」

「ここに運んできてもらえば」

 アニクスは小さく手を上げ。

「理由はどうあれ、あなたはリゲル様の妃となっています」

「へえ」

「ほお」

 シオンと師匠に見られ。

「だ、か、ら、それは」

められたんです。離縁届けはこちらに送ったのでしょう」

「大量に」

 アニクスを気に入らない貴族、フレサの父親にも。エレーオに頷く。

「手紙はすべて私とリゲル様が確認して、貴族のかたに送りました」

 つまり、王子とイレクの手によりはばまれて。暇なのか、とつっこみたい。

「国王一家だけです。うるさく言う臣下はおりません」

「行くぞ」

 シオンは決めたらしい。

「いってらっしゃい」

「アホ言ってないで行くぞ、ほら」

 シオンに後ろ襟を掴まれ。

「猫?」

「そんな可愛いものじゃないだろ。竜、だよ。一度暴れだしたら」

「むぅぅ」

 荷物をあさって、部屋を出た。

 変わっていない。歩いていると使用人や臣下、貴族がアニクス達を見て、ひそひそ。

「早く出たいのも頷ける」

 そう言うが師匠は気にせず。子犬二匹は時々唸り。

「すいません」

 イレクは謝り。

「俺としては妃というのが」

「忘れて。私よりかわいい婚約者がいる。結婚するとも聞いたし。そうですよね」

 前を行くイレクに。

「周りが勝手に決めたようなもの。リゲル様はあなたを迎えに行こうと」

「やぶへび、ていうの」

「ここは一夫多妻なのか。現国王には何人も妻が」

「一人です。ですが特に決まりはなく」

「リンドブルムは一夫一婦?」

「ああ。だが子供が生まれなければ別。今のところうるさく言われていない」

 子供が、次期国王、後継がいなければ、どこもそうだろう。

「ナサロクも、だろう。ま、あの妹が口うるさく」

「それももういい」

 アニクスはうんざり。

「失礼します。お連れしました」

 イレクは止まり、入り口で一礼すると再び進む。

 国王一家は立っており。服は先ほどとは替えて。アニクス達が場違いと思うほどきちんとしている。

「お招きいただき、ありがとうございます。ですが、これほど気をつかわれる覚えは」

「命の恩人をないがしろにできると。それに経緯けいいはどうあれ、アニクスは」

 失礼なのはわかっているが、うんざりして顔をしかめる。

「何度も言いますが、められたんです。見ればわかるでしょう。王子の隣には相応ふさわしい人が」

 エレーオの言う通り、テーブルを挟んだ対面には王、王妃、弟王子、兄王子、女性。背後にはそれぞれ使用人が控えている。

「遅くなりましたが、ご結婚おめでとうございます」

 アニクスは頭を下げる。

「周りが勝手に決めた。俺は認めていない。不本意極まりない」

 隣の女性は傷ついた、悲しそうな顔。

「男らしくない」

「だったら、アニクスは。約束を守らなかったのはそっちだろう」

「女ですから」

「お前なぁ」

 シオンは呆れ。

「あ、これ、結婚祝いです。花嫁の父親にでも渡してください」

 近くの使用人に持ってきた離縁届けを渡そうとしたが「私が預かりましょう」とイレクに取られた。

「どうぞ」

 国王は椅子をすすめ。

 シオンは「失礼します」と椅子に腰を下ろす。アニクス達も座ると、国王も座る。

 テーブルにはナイフ、フォーク、スプーンがずらりと並び。隣のラズを見れば困惑している。

「適当でいいよ」

「でも」

「あれ、見て」

 師匠を指す。好きなものを皿に取り、フォークで一刺し。近くにあるびん、おそらくお酒。グラスに遠慮なくそそぎ。

「あんなことさえしなければ」

「好きに食って何が悪い。マナーだ、なんだと言うのなら、呼ぶな」

「ごもっとも」

 控えている使用人はいい顔をしていない。

 シオンは息を吐き。アニクスも並んでいる料理を皿に取り、使いやすいフォークを持つ。

「向こうでは王様と一緒に食事しなかった?」

 アニクスと一緒の時は何度か食べた覚えが。その時も何か言われた覚えはない。好きに食べていた。ラズは戦場に連れて行けないのでリンドブルムの城に預け。ごたごたが片付き、城に戻っても、また出て。

「した。気にすることはないって」

「心が広いのかなぁ」

 使用人も何も言わなかったのだろう。使用人も心が広い、のか。

「あ、シロがぐちゃぐちゃにしたけど、ほめてくれた」

「は?」

「食べようとしたら、シロがえて、テーブルの上に乗ってぐちゃぐちゃに」

「……」

 それをなぜめる。

「毒が入っていたって、ミリャが」

「うわぁぉ」

「王様はすごいってほめて、ミリャも賢いって。だから子犬を一匹もらってくれて」

「そういえば、そんなこと言っていたな。そんな訓練していたのか」

「していた覚えは」

 武道の訓練はしていた。

「もしかして、フィーガ、かな」

義父ちちが」

「私宛に毒物が送られてきていたから。フィーガはこっそり始末していたけど、もしかして二匹に覚えさせていたのかも」

「さらりと物騒なこと言うな。お前そんなに」

「本当のことだし、邪魔なんでしょ」

「またまたさらりと言うな」

「シオンが怒らなくても」

「お前は怒らないのか」

「怒ってもどうしようもないし。フィーガが必死に隠してた。フィーガに何かあれば激怒してたね」

「笑顔で言うな」

「それなら、クロも」

「クロがどうしたの?」

 ラズは首を傾げ。

「クロも同じことしているかも。手紙書いて知らせておこう。そういうことをしても毒を疑って、誉めてって」

 隣国キートは大人しいが、ロディはいまだ復興中。隣国は一つではない。

「ぼくも」

「うん、一緒に書こう」

 ラズと笑って頷き合う。

「すまない」

 突然の謝罪。

「?」

「護れなくて、すまない」

「なぜ謝られるのかわからないですけど。それに護ってくれとは一言も」

 アニクスは首を傾げて謝ってきた王子を見た。隣の女性は「リゲル」と声をかけ、腕に触れている。その女性を護ればいいのでは。

「姉上のかつやくも聞いた」

「活躍、というのか。苦情が」

「苦情? ついてきた貴族の苦情?」

 アニクス達四人では一国は救えない。リンドブルムの兵、貴族も一緒に行っていた。

「違う。その貴族がお前の苦情を」

「ちっ、あいつら」

「何をした」

 シオンは右手で顔の右半分をおおう。

「何って、勝負して、完膚無かんぷなきまでに叩きのめしただけ」

「だけ、じゃないだろ。どうしてそんなことに」

「だったら、シオンは店の商品勝手に持っていっても怒らない。歩いている女性、気に入ったって連れ去ろうとして、黙っている」

「いない」

「ほら」

「つまり、そいつらは」

「自分達が護ってやっているんだって、偉そうに言って。そのくせ戦場では後ろ。商品勝手に取っていく、女性に声かけて連れ去ろうと。苦情は全部私に。商品の代金はエレーオに調べてもらって、私が払った。クロフトには見回ってもらって」

「すまん」

 シオンはアニクスに向かい頭を下げる。

「私も注意してたよ。でも馬鹿にして。はいはいって笑って、りないから、私に勝てたら、好きにしていいって」

「叩きのめした」

「そう。しかも公衆の面前で。調子が悪いっていう言い訳は通用しないって言って」

「あの時はすごかったですねぇ」

 エレーオは遠い目。

「で、でも、それから姫様は人気にんきでしたね」

「人気だった?」

「ええ。兵や町の人からも」

 クロフトは頷きながら。

「町の人にひどいことしなければ大抵のことは許していたからね。やることさえやってくれれば、お酒飲もうが、寝ようが、博打ばくちしようが」

 アニクスも出撃しない日はその国の幼い姫と遊び。美味おいしいもの探し。

「どこかの木につるすか、首から下を埋めるっていうのも」

「やめろ、それをやらなかっただけ誉めてやる」

「見世物にしてやったのに」

「やめろ、やるな」

 シオンは額に手をあて。師匠は笑っている。その師匠も一緒だった。

「人気だったが、こんなうわさも広まった」

 師匠はグラス片手に。

「そいつと勝負して、勝てば結婚できる」

「おい」

「知らないって」

 エレーオ、クロフトを見た。

「はい。兵達の間では」

 クロフトは頷き。

「なぜそんな話しに」

 アニクスは首を傾げる。

「兵達の間で人気だって言ってただろ。めるとこは締め、ゆるめるとこは緩め。あれやれ、これやれと言わず、一番に斬り込んで。めるとこは誉め、食事にも誘い誘われ。こいつらが姫様と言うから、リンドブルム内のどこかの貴族と思われていたんだろう」

「ついて行くのは大変でした」

 エレーオとクロフトは疲れたように。

「うぉい」

 シオンのつっこみ。

「大人しくしているのは」

「こいつより強い奴なんて限られる。ははっ」

 シオン、イオ、カディール。笑っている師匠も、か。

「兄上も城で一番強いですよ」

 弟王子が口を開く。

 王子相手に本気になれるのか。

「護りたかったから。だが」

 兄王子はうつむき。

「これから護ればよいのでは」

 隣の女性を護るのなら十分だろう。さらに王子を護る者がいるのだから。

「あ、ニノに会ったよ」

「ぼこったか」

 シオンはげやりに。

「うん。骨の何本か。当分は動けないね。指示はできるだろうけど」

「……そうか。お前が味方でよかった」

「敵だったら」

 ラズはシオンを見て。

「強敵」

「姉上は強いんだ」

「シオンも強いって」

「どっちが強い」

 ラズは興味津々といった目。

「師匠?」

「当たり前だ。誰がお前をきたえたと」

「フィーガ、ミリャ」

「そう考えるとめぐまれているな」

「恵まれてる?」

「ああ、強者ばかりに教わった。俺は父から。あとは学校」

「うう、何が悲しくて姫様を戦場に」

「私はあちこち行けて楽しいけど。城で大人しく、よりは」

「戦場が楽しい、ですか」

 冷たい声。王子の隣にいる女性が冷たい目で。

「戦場は楽しくないですよ。苦しい、嫌なことばかり」

 そう、苦しく、目を、耳を閉じたくなる。だが兵、将として立っているのなら、目を、耳を閉じるわけにはいかない。やるべきことをやるまでは、倒れるわけにはいかない。きれい事は言っていられない。安全な場所にいて報告を聞くだけ、というのは。彼女には一生わからない。

「兄上はフレサと結婚するんです」

「ライル」

 国王は困ったように。弟王子は嬉しそうに。

 それなら、あの冷たい目をした女性は。

「そうですか。先ほども言いましたが、結婚、おめでとうございます」

 頭を下げる。

「いいのですか」

「何が、です」

「兄上が結婚しても」

「? いいのでは。それをあなたも、皆様も望まれているのでしょう。それに私の役目は本当のお妃様を護ること。十分に役目を果たしたと思いますけど」

「姉上も結婚するんだよね」

「えっ」

 ラズの言葉に弟王子はなぜか驚き。

「ウエディングドレス用意して待っているって」

 しっかり聞いていた。

「いや、あれは」

「ここよりはいいんじゃないか。周りを見てみろ。その子供でもお前が歓迎されていないことをわかっている。そんな所より、歓迎されている所に行けば」

「師匠、また適当なことを」

 ジュライを知らないのに。だが以前訪れた時はこのような目で見られなかった。ジュライも友人と紹介して。王族の友人をいぶかしい、おびえた目で見るのも。知らなかったからで、知ったら。本当のことを知ってもジュライなら。

「その顔見れば答えは出てんだろ」

「顔?」

 見えないのでどんな顔をしているのかわからない。

「姉上、笑ってる。その人のこと好きなんだね」

「好き」

 深く考えたことはない。嫌いではない。世話にもなった。今回だって。

「リゲル?」

 国王の声。王子は椅子から立ち、出入り口へ。出て行くのか。隣に座っていた女性、フレサも立ち、どこかほっとした様子で後をついて。

 王子は出て行かず、長いテーブルを周り、アニクスの傍に。

「?」

 エレーオ達も何を、と不思議そうに。師匠はにやにや。シオンは「俺は知らない」と食事。

 いきなりひざまずき。

「……なんです」

 アニクスは引く。

「これを」

 王子の手には小さな箱。

「びっくり箱?」

 開けたらバネ仕掛けの何かが。

「違う」

 王子が開けて、中身を。入っていたのは指輪。

「渡す相手間違えていません」

「いない」

「目が悪い」

「悪くない」

 それなら他の部分が。

「結婚してくれ」

「ごめんなさい」

「考えていないだろう」

「はい。考える必要もないので。相手は傍にいるじゃないですか。私と違って、ずっと傍で支えてくれた、これからも支えてくれる人が。私なんかよりずっと護りがいのある。彼女となら幸せになれますよ」

 今は受け入れられなくても。いずれ、時間をかければ。周りに押し付けられ、反発したいだけでは。

「幸せ、か。俺が支えたい、傍にいたいのはアニクスでも、か。手紙や毒から護れなかったことは後悔している。傍にいれば」

「護ってくれとは言っていませんし、結構です。私より弱い人を護ってあげてください。私は護られるほど弱くはありません」

 傍にいても同じだっただろう。送られてくるし、女性や親が来て。いや、今以上にひどい目に。だからおとりが必要だった。

「だから家を構えた。二人で暮らせる家を。誰の目も気にしない家を。その、料理や掃除はまだまだだが」

 王子に料理や掃除など。もし暮らし始めたとしても、国思いの誰かが王子の留守を狙いアニクスを始末、国から追い出す。

 あれとの戦いになればアニクスはどうなるかわからない。それに巻き込むのも。

 シオンを見ても目を合わせてくれない。

「アニクス」

 王子はじっと見ている。背後のフレサは唇をみ、両手を握って立っている。

「俺はアニクスが好きだ。愛している。一日も忘れたことはない。迎えにいきたかった。約束通り」

「ごめんなさい。フレサ様と幸せになってください。彼女と一緒が幸せです。周りも」

 誰もが認めている。使用人は苦々しい顔。

 汚れきったアニクスより。いつか見た夢の通り。戦場に立ち、斬って、斬って。それはこれからも。目的を達成するまでは。さらに汚れていく。

 フレサや王子は汚れてなどいない。臣下、貴族、国王にしても。

「周りは関係ない。俺の正直な気持ちだ」

「しつこいですよ。私も正直な気持ちです」

「理由はどうあれ、君はリゲルの妻になっている」

 国王の静かな声。

「国王命令で破棄できるでしょう」

「私としては息子の意思を尊重したい」

「臣下全員に反対されても」

 国がたちゆかなくなっても。

「イレク、バルトスがいる。おそらく、ザイガンも。息子のことがかなりこたえているようだからな」

 国王は苦笑。息子を見た。

自棄やけを起こされ、馬鹿を言われても、な」

「ぼく達のせい? ぼくが君の先祖に力を与えたから、君はかたくなにその人を拒絶するの」

 幼い声が響く。アニクスにしか聞こえない声。

「違う」

 声にせず。

 もし、これがなければ。左腕を掴んだ。なければ。……今どうしていただろう。何の目標もなく、生きているだけ。生きている、のか。無気力に毎日を過ごして、学校にも行っていなかったかもしれない。シターやラズとは会っていたが、ロディまで行っただろうか。行かず、見捨てて。

「っ」

 自分を抱くように両腕を体に回す。

「見捨てていないよ。なんの力がなくとも君は行った」

 行って、何もできず。いや、その前に、ここで、この城で、あの狩り場で。シターにもラズにも会えず。

「あなた達に会えた。あなたに力を与えてもらったから」

 目標ができ、生きている。

「君なら自分の道を進んでいる。自分で選んで」

 自分で選んで。今は竜のいた道を。

「アニクス!」

 両肩を掴まれ、強く揺すられる。

「なんです」

 揺すった王子を睨んだ。

「心ここにあらずといった様子だったから。大丈夫か」

「大丈夫ですよ。心配するのは後ろの人でしょう。顔色悪いですよ」

 肩に置かれている両手を払おうと。

「俺はアニクスの心配をしている」

「されなくても大丈夫です。丈夫なんで」

 竜のおかげで。

「理由はどうあれ、会えてよかった。今はうるさいけど、こんな力なければよかったとは思っていない」

 再び声にはせず。

「そう考えてくれているのならいいけど。やっぱり血筋かな。君、あの子に似てる」

 あの子? 初代か。

 どんな人、だったのだろう。王だと言っていたような。外見は父に似ていたような。

「アニクス」

 再び揺すられ。

「うるさいですよ」

 思い出すこともできない。

「リゲルはあなたを心配しているのです。それを」

 フレサは声をあげ。

「王子が姫様に無理を言うからでしょう。姫様は断ったんです。男なら諦めてください」

「怒ってくれる人を大切にしたほうがいいですよ。大切に想ってくれているのでしょう。それもわからないと」

「それなら、俺の気持ちは。俺の想いは」

「彼女と穏やかに過ごしていれば、一時の気の迷いだと気づきますよ。何度も言いますが、私は護られるほど弱くはありません。護れなかったという思いと、父親に言われた責任を恋愛感情と勘違いしているのでしょう」

「勘違い、だと」

「はい。ですかっ」

 肩に置かれたままの手を力強くひかれ、椅子から王子の胸に。

「勘違いしているのはアニクスだろう。好きでもないのに、一時の気の迷いで愛していると、結婚してくれと言えると。指輪や家が用意できると。こうして抱きしめられると」

 時には感情を殺すことも。誰かが言っていた。伯父は感情を殺し続け、王という役割に縛られ続けた。母は感情を殺しきれず。ここの王子は素直。いや、それなら大人しく臣下や父親の言うことを聞いてフレサと結婚している。

「く、くるしい」

 胸に顔を押し付けられている状態。ばたばたと暴れ、さらに力を込められ、さらに苦しく。

「姫様! 離してください。離してください~」

 エレーオは騒ぎ。

「気にするな」とシオンはラズに声をかけて食事。師匠も。


 なんとか離れられた。王子の背にはフレサが抱きつき。エレーオは王子とアニクスの間。アニクスは呼吸を整え。

れて、くれないか。息子の、リゲルの気持ちはわかっただろう。ライルも、君がくと思って言っただけ。会いたがっていた」

「姉上」

 眉を下げた弟王子が。フレサにかけた言葉なのか。

「断り続けたら」

「何度も同じことを言う。指輪を受け取ってもらうまで」

「受け取るだけ受け取って、売るのも」

「おい」

 シオンのつっこみ。

「なくしたと言えば」

「リゲル、わかったでしょう。もうやめてください。私でなくてもかまいません。この人でなければ」

 レルアバドの姫でもいいのだろうか。

 フレサは王子の背に抱きついたまま必死に説得している。

 何が、気に入らないのだろう。あれほど想われて。対するアニクスは嫌な女。自分でもわかっている。アニクスが男でもフレサを選ぶ。

「同じものを贈る」

「しつこいですよ!」

 エレーオは怒鳴り。

「そんなに諦められないんですか」

「ああ」

「……」

 即答に少々呆れ。

「条件付きでいいのなら」

「姫様! 何を」

「このままじゃ終わりそうにないし、明日には出たい。兵に囲まれたら破るだけ。それやると、この国で罪人になるから喜ぶ人が」

「そんなことさせない」

 権力乱用?

「それで、条件とは」

「私にはやることがあります。それをやりげるまでは自由に」

 ここにいても乗り込んでくる。いますよ~。閉じ込められていますよ~、とあれに伝われば、向こうから。ただそれをやれば巻き込まれる人が大勢。なので、最終手段。

「それと愛人で」

「どういう意味だ」

 王子は眉を寄せ。

「正妃はフレサ様。結婚式も盛大にしてください。私は一切表、王子の隣には立ちません。結婚式もやらなくていいです。どこかに行く、おおやけの行事もすべて正妃であるフレサ様と。それでよければ、受け取りましょう」

「嫌だと言えば」

「強行突破、ですね。この国には近づきません。兵も入らせないでしょう。罪人、ですから」

 アニクスとしてはそれでかまわない。この国をシオン達と無事出られたら。出れば今度こそ入らせない。

「考える時間はたっぷりあるでしょう。好きなだけ考えてください」

 椅子に座り、食事を再開。

「いい、だろう。それで、受け取ってくれるのなら。傍にいてくれるのなら」

「やり遂げることがあると言いましたよ。それを終えるまでは自由」

 サジュのように手に入ったことで満足して、ほっておかれるかもしれない。

「……ああ。受け取ってくれ」

 指輪の入った箱を。

「私より先にフレサ様でしょう」

「先に約束していたのはアニクスだ」

 王子はアニクスの左手をとり、薬指に指輪を。なぜかぴったり。

 小さな空色の宝石がはまっている。竜の目のほうがきれいだなぁ、と見ていた。

 これで満足したかと思えば。

「はめてくれ」

 もう一つ指輪が出てくる。

「……二つもはめろと」

 どう見てもサイズが合わない。アニクスの手は刀を握っているので、男ほどではないが、ごつごつしている。それでも出された指輪はどの指にも合わない。

「違う。これは俺のだ」

「……」

 同じ。お揃い。

「お返しします」

 薬指にはめられた指輪を取り、王子に。

「受け取ると言っただろう」

 王子は受け取らなかったので、テーブルの上に。

「正妃はフレサ様と言いました」

 お揃いの指輪をはめるのはアニクスではない。

 王子は自分で自分の薬指に指輪をはめ、テーブル上の指輪を取ると、アニクスの左手を取ろうと。再びはめられたくないので、かわす。


「いつまでやっているんだ」

 師匠は呆れ。

 王子の手をかわし続けていた。

「諦めるまで」

「さっき言ったように受け取って、こっそり売りゃあいいだろ。失くしたと言って」

「あっ」

「忘れたのか、間抜け弟子」

 それでもかわし続け。その間もいた手で食事。ラズに「それ食べたい」と食べさせてもらい。シオンにも頼めば無視された。

「ごちそうさま。俺達は休む」

 シオン達も食事は終わっている。

「私も休みたい。というわけでなんとかしてください」

 国王を見た。

「受け取れば満足してやめるだろう」

「それは失礼でしょう。お揃いでなければ受け取りますよ」

「君も頑固だな」

「私は当たり前のことを言っているだけです」

 愛人とお揃いの指輪など。しかも結婚を控えて。式でははずすとしても、見ているフレサとしてもいい気はしない。

「止めて聞くようなら、苦労はしない」

 国王は小さく笑い。

 つまり止める気はないと。そうなれば。

「おい、物騒なこと考えていないだろうな」

「何も言ってないのに」

「やっぱり考えているんだな」

「気絶させるだけ。すこ~し、手荒くなるけど」

「少しじゃ済まないだろ」

大袈裟おおげさにして、記憶喪失。それも」

「だから、どうしてそっち方向にいく。話し合って解決しようと思わないのか」

「聞く耳持つと」

 シオンと会話している間も左手は動かし続け。

「ムキにさせたのは誰だ」

 シオンは大きく息を吐き。

「シオンはどっちの味方。ジュライなぁっ」

 油断していた。狙っていたのは左手、右手は動かさず。その右手首を掴まれ。引かれ、腰が椅子から離れる。さらに引かれ、部屋の出入り口に。

「へ? え? へ?」

「明日には出る。無理させないでくれよ、王子様」

 師匠はそんなことを。

 ずんずん進んで行く。

「ちょっと、どこへ。離してください」

 強く握られている手を叩くも、離してくれない。

 外に追い出されるのなら荷物を取りに行きたい。アニクスのせいでシオン達まで追い出されたら。

 使用人は驚いたように見て。見ている者の中には笑っている者も。無礼を働き、とうとう追い出される、と思っているのだろう。アニクスもそう思っていた。

 外ではなく、どこかの部屋。なぜこんな所に連れてこられるのか。

 ソファーに座らされた、と思えば押し倒され。

「俺のことをなんとも思っていない、嫌っているのなら、斬って逃げればいい」

 見下ろされて。

「それやれば犯人は私しかいないじゃないですか」

 呆れをにじませ。

 ただでさえ周囲の国は騒がしいのに、さらに混乱を。

 わかっているから。自分の価値を、斬れないことを。……とどめを刺さなければいいのか?

 刀は持っていないが小物入れは腰に。各種薬に短剣も。

「子供ができれば、ぼくはそっちに移るよ~」と呑気な声が。

 そんなことになって、約束を守れなくなれば。

 王子はアニクスの左手をとり、薬指に指輪をはめる。

 その隙に右手で小物入れから小瓶を取り出し、王子の顔に中身をかけた。

 王子は顔をしかめただけ。かかった液体は少量。ぬぐいもせず。

 アニクスは息を止め。

「待っていた。来るのを。約束を守って、来てくれるのを。迎えに行きたかった。こうして、近くで」

 指輪をはめ、満足なのか。穏やかな顔でアニクスの左手を頬にあて。

 まぶたが落ち、アニクスへと倒れこんでくる。掴まれている力は弱い。手を払い、ソファーから転がり、顔面から床に。高くはないので、痛みもなく。

 押し潰される前に脱出。

 王子にかけたのは睡眠薬。しまっている場所は覚えている。そうでないと間違えれば。貴重な物もある。

 効いている、眠っている間に部屋を出ようと、起き上がろうとすれば、右足首を引かれ。

 恐る恐る見ると、顔をしかめた王子が床に。アニクスの右足首を握っている。

 ホラー?

「人とは思いもよらぬ力を発揮する。それは時には薬も効かないほど。意志、というのか。別の何か、か」

 ミリャがそんなことを。

 どうすれば。さらに強力な睡眠薬をかける。殴る、といってもアニクスの力では気絶させられない、かも。息を止め続けるのも限界がある。助けは、こない。師匠は人をあてにするなと。

 右足首をさらに引かれるのと息を止める限界は同時。

 足首から手は離れたが、背から抱きつかれ。ぶはぁ、と吐き出し、吸ったところで睡眠薬の香りが。ここで眠るわけには。そう思うが、さすがミリャの作った薬。眠く。

なつかしい。前にもこうやって」

 前。いつの話。誰かと間違えて。首を左右に振って眠気を払おうとするが。

「細い、な。こんなに、細かった、か?」

 王子の口調も怪しい。眠気と戦っているのだろう。

「アニクス」

 王子はアニクスの右肩に額を押し付けて。

 こんな時にどうして竜は静かなのか。やかましければ。

 まぶたが落ちてくる。閉じるな、と気力で開け、また落ちかけ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る