第19話
「姫様、気持ちはわかりますが」
ぶすぅと誰が見ても不機嫌顔。
昨日、行ってくれ、行かない、で友人兄と
「護衛としてついていってくれ。金は払う」と。破格の金額に師匠は「行ってやればいいじゃないか」と買収され。
「後金は城に着いたらデュロスが払う。デュロス」
「わかっている」
友人弟も不機嫌顔。
「城でも気を抜くな。サジュの
友人兄は王子の肩を叩いている。
「姫様」
フィーガ、グラナート、ハトゥムが傍に。
「ここにいたかったのにぃ」
三人はなんともいえない顔。ここは危険。だが城も。
「ヴォルクがついています」
「見捨てられそう」
「お前なぁ」
師匠に両頬をつままれる。
「自分の身くらい自分で護れるだろ。王族、貴族の剣の腕なんて」
「ニノ、シオン」
「ああ、あの王子は別だ。なにせ強くならないといけない理由がある。それに比べ、ちやほやされている奴の腕は」
友人弟は盛大な舌打ち。王子は不機嫌に「出発する」と。
「グラナート、フィーガ、ハトゥム、気をつけて。体を大事に。無理しないでね」
「姫様も」
グラナートとハトゥムは微笑み。
「危なくなれば、リンドブルムに妻だけでも向かわせます」
「フィーガぁ」
アニクスは情けない声で。
「姫様もお気をつけて」
「はい」
三人と友人兄に見送られ、ギーブルの城へ。
「はぁぁ」
「何度目だ」
「仕方ありませんよ。姫様にとって、いい思い出がないのでしょう」
城は目の前。馬を走らせ続けたら五分ほどで着く場所まできた。次に来るのは王子の結婚式。遠くから見るだけ。もしくはもう二度と訪れないと。
王子や友人弟は何も言わない。護衛の兵も。
昨日は領主の屋敷で一泊。
アニクス達は護衛と一緒に食事し、休む部屋も一緒。王子と友人弟は領主家族と食事、休むのは客室。
別れる時、王子に呼ばれ、手を差し出されたが、わけがわからず。訪れたのも初めて、迷っては、と人目もあるので王子に頭を下げ、護衛の後に続いた。
「いいのか」
「何が?」
「お前、本当にわからないのか」
「だから、何が」
師匠は呆れ。
「いいんです」
エレーオは笑顔。やはり、わけがわからず。
翌日、顔を洗い、着替えようとして、
「なぁにやっているんです、姫様!」
「なにって、着替え」
「ここがどこだかわかっています」
エレーオ、クロフト、師匠、他の護衛達と寝ていた部屋。仕切りも何もない。寝台があるだけ。荷物は寝台の下に。
「こいつの貧相な体見てもなぁ」
「カディールみたいにムキムキの筋肉はつかなかったから」
つけようと頑張ってみたが。
「そんな筋肉つけなくていいです。着替えるのなら、人目のない所で着替えてください! おじい様やお父様にも言われたでしょう」
「あ~、そういえば」
「はいはい。人目のない所」
エレーオに背を押され、離れた場所にある大浴場に。昨夜、風呂に入る時もエレーオ、クロフトが入り口に立っていた。そこまでしなくてもいいのに。
着替えて、師匠達と話しながら朝食。
食事が終わると出発の準備。馬に荷物をくくりつけていると、王子と友人弟が領主達と一緒に。王子の馬は護衛が準備。アニクスなら断り、自分でやっている。馬の調子も確かめたい。今日も一日頑張って、と
王子の傍にはきらびやかな女性と男性。
「護衛が終われば好きにしていいんだよね」
「ええ。ラディウス様に頼まれていたのは城までの護衛、ですから」
クロフトも馬を撫でている。
駐屯地を出る際、分厚い手紙を渡された。差出人はナグマの息子、ザラフ・アルサババ。あそこも情報収集能力がすごい。
護衛が「おはようございます」と王子に向かい頭を下げるので、アニクスも下げた。エレーオ、クロフトも。
領主達は別れを
「姫様」
エレーオに声をかけられ。王子は馬上。アニクスも馬に乗った。
城まで馬を走らせ。
「リゲル様」
「王子」
入り口で王子を見つけた兵は声をあげ。
「早いお戻りで」
「ああ。だが、まだ終わっていない。城は変わりないか」
「ええ」
「そういえば、先ほどサジュ様も来られて」
王子と友人弟は顔を見合わせ。
「ここまででいいですか」
アニクスがそう尋ねると、
「後金が欲しければついてこい」
友人弟は振り返りもせず。王子とどこかに駆け出した。
それほど欲しいわけではない。サジュがいるということは面倒なことに。巻き込まれたくないが、馬を降り、ついていった。
「っ」
王子、友人弟の息を呑む音。
その部屋には人が倒れ、鼻をつく嫌な匂い。覚えのある匂い。国王や王妃様を護るように兵が。
「サジュ!」
王子は剣を抜き、サジュに。サジュは剣も
サジュを護るように頭から布をかぶった者が王子の剣を軽々と受け止め、弾く。王子はよろけ。さらに友人弟も剣を抜き。サジュは笑みを浮かべ、それを見ている。
「サジュ、お前」
床に膝をつき、青い顔、震える声で男がサジュを見ている。
頭に血が
「どう見る」
「負ける」
師匠は背後から。
「どうする。助けるか。護衛、だろ。ここの兵も役に立たない。転がるものが増えるだけ」
見ている者は腰が抜け、震えている。手を出そうとして出せずにいる。
「私でも勝てるかどうか」
「
「そうですね。手伝いお願いします。師匠ももらっているんでしょ。お金」
アニクスは息を吐いて争っている三人の近くへ。
「デュロス!」
王子の焦った声が響く。
剣を手から弾かれ、友人弟の首に剣が振られる。
友人弟の後ろ
「おいっ」
「はいはい。下がって、というか、とっとと逃げてください」
「はあ!」
「いいから腰抜かしている奴ら連れて、逃げてください」
冷たい声で。
「お前一人でなんとかできると」
友人弟は首を撫でながら。王子は「デュロス」と傍に。
「そちらより場数踏んでいるんで」
歯ぎしり音。剣を拾い、構え直す友人弟。王子も。
「あれ、もしかして、アニクス、かい?」
「お久しぶりです、サジュ様」
ちらりと見ただけ。
「君はリンドブルムに嫁いだんじゃないのかい」
「嫁いでいません」
刀を抜く。
「ところで、サジュ様はどこについたんです。レルアバド? 連合? 他の国?」
「聞いてどうするんだい」
「どうしましょう。場所によってはまた会うでしょう」
「はは、残念だけど、もう会わないよ」
「そうですか。できれば会いたくないですね」
両手に剣を持つ者に向かっていった。
一撃一撃が重い。だが余裕でかわせる。
刀が右腕に触れた。しかし、かぶっていた布が斬れただけ。
この感触。
一旦離れ。
「どうした、弟子」
「覚えのある感触だったから」
「覚えのある?」
「あなた、ロディに仲間がいなかった」
「……」
「ふむ」
布をはぎとればわかる。
さらに速さを上げ、斬り込む。幸い邪魔は入らず。入っていれば誰だろうと
届く。刀から片手を離し、かぶっていた布へと手を伸ばした。
やろうとしていることに気づいたのだろう。とられまいと、剣を持ったまま頭部分の布を押さえる。
布が音を立てて
悲鳴が響く。知らなかったのか、サジュも
「やっぱり」
一度見た覚えのあるトカゲ人間。
「師匠、ロディで会ったトカゲ人間」
「そーいや、そんな話ししていたな」
「手伝って」
手伝いをお願いしたのに、今まで見ているだけだった。
「一人でなんとかできないのか」
「無理無理。あの時も苦労して倒したから」
「倒したんだろ」
「いいから手伝って。クロフト、エレーオ、手は出さないで、出したら、あの世行き。そっちも。大人しくしているか、国王連れて、とっとと逃げて」
固まっている王子と友人弟を見て、右手を振った。
「あいつと一緒にするな」
「あら、話せるの」
「あんな失敗作と」
無駄だと思ったのか、残りの布も捨てる。
「ロディに送った奴が倒されたのは聞いた。竜を
「私のこと知っているの」
「あの
「つまり、生きていないといけない」
「生きていればいい。どんな状態でも」
「そう」
小物入れから小瓶を取り出し、刀を握り直す。
このトカゲ人間はロディのものより人の意識がはっきりしている。成功作、というものか。
「皮膚が硬いのにどうやって倒す」
師匠も加わり、再び剣がぶつかる。
隙を見つけなければ。刀を振り続け、師匠の作ってくれた隙を。
小瓶を投げつけた。右肩に当たり。
「そこ斬って」
師匠の剣が右肩を斬る。トカゲ人間は
「斬れた、な」
「ミリャにもらった強力熔解液。もうばれたから。はい、師匠。あ、傷はすぐ
「できるかぁ!」
アニクスと同じ反応。
「人の姿のまま、竜を手に入れておいて」
暗い声。
「こんな
赤い瞳はアニクスを見ている。
「醜い?」
「ああ。醜いだろう。周りを見ろ。悲鳴を上げ、
言う通り、周りの者の目は恐怖の色が濃い。気絶する者も。
「あなたは、あいつに無理やり力を与えられたの?」
「いや、望んで、だ。だがこのような姿は」
「望んでいなかった。なら、何を望んだの。力? 不老不死? 動物と話せる能力? 代償もなしに何かを得られると」
「なん、だと」
「初代は違った。たとえ姿が変わろうと、人と竜の未来を望んだ。強い信念があった。あなたは?」
トカゲ人間の赤い瞳を見る。
「あなたは何かあった。強い信念が、やり遂げなければならないことが」
「黙れ」
「自分の欲を満たしたかっただけじゃないの。姿だって」
「黙れぇ!」
両手の剣を振ってくる。右肩の傷は癒え。
「図星か。凶暴化させてどうする」
「まさか当たっているとは」
剣をかわし、熔解液の準備。
「ったく、何をしている」
「えっ」
「ぐわっ」
トカゲ人間の背に振り下ろされた槍。トカゲ人間は背後に顔を。師匠は隙を逃さず、熔解液を首に。しかし、かかったのは左肩。それでも剣を振る。アニクスも。
「ちっ、ただの人ごときに」
刀はかわされ、師匠の剣も弾かれ、新たに加わった者の槍も空振る。
トカゲ人間はアニクス達と距離をとり。
「ここは退く」
開けられている大きな窓に。
「あれに伝えといて、こっちから行くから、首を洗って待っていろって」
「首を洗うのはお前だ」
窓から飛び降りた。
静かな部屋。
「シオン」
刀から右手を離し、上げる。シオンも右手を上げ、ぱん、と打ち合わせる。そして、
「無茶するな、馬鹿」
頭をはたかれた。
「ひど」
「あれは追いかけなくていいのか」
「今さら」
「俺はごめんだ。疲れた」
師匠は気だるげに。
「戻る先はわかっている」
「レルアバド、か」
シオンは小さく息を吐き。
「怖かったぁって飛びつけばよかった?」
アニクスは刀を
「姉上!」
「え?」
飛びつく前に飛びついてくる者。
「……ラズ? どうしてここに」
シオンを見た。ラズはリンドブルムにいる。連れてこられるのは。
「どーしても来たかったんだと。誰かが心配で」
シオンはにやにや笑っている。
「だからといって」
成長し、力も強くなった。抱きついている腕にも力が。
「ぼくが無理を言って連れて来てもらった。姉上が心配で」
さらに力を込められる。
ラズの頭を撫でた。
「姉上、やせた? 前より細くなったような」
「……今まで動いていたからじゃない」
「怪我、怪我は」
エレーオ、クロフトも傍に。
「あ」
ラズはぱっと離れ、
「ごめんなさい。会えたから嬉しくて。怪我は」
心配そうに見上げてくる。
「ない」
なんでもないように。
「わけないでしょう! 顔、頬、姫様の顔に傷がぁ」
「だから大丈夫」
「じゃないです。顔ですよ、顔」
「前もあったけど、きれいに」
「だからって、何度もぉ。
「自慢できる顔じゃないから」
目が大きい、
「自慢できますぅ」
エレーオは騒ぎ。
「一人、じゃないよね」
シオンを見た。
「ディーンと」
つまり三人。
「ここにいていいの?」
「ああ。片付いた。お前からの手紙も。見つけたんだな」
「会った」
「そうか」
「会って戦って、ぼろぼろにされたらしい」
「師匠!」
「おまえはぁ。怪我していなかったら、頭はたいて、頬ひっぱって、胸倉掴んで、何してやがると」
両手がわきわきと動いている。
「落ち着いて、シオン。場所考えて」
「あ」
アニクスも今の今まで忘れていた。
シオンは頭を乱暴にかき、
「どうするんだ、これから」
「とりあえず、ここを出る。頼まれていたことは終わったから」
「部屋を用意する」
そう言ったのは。
「部屋を用意する。そこで休んでくれ」
背後には女性が抱きついて。
「リゲル様!」
「王子、何を言っているのです」
「そうです。先ほどのことを見たでしょう。あんな化け物と」
「今すぐ出て行きます」
アニクスは笑って王子を見た。
この反応が正常なのだ。
「イレク、部屋まで案内して、そのまま彼らの面倒を見てくれ」
「陛下まで何を」
国王は兵の囲みからアニクス達の傍へ。
「陛下!」
悲鳴のような声が上がる。
「助けていただき、ありがとうございます。シオン、とはリンドブルムの」
国王は頭を下げ。
「同じ名前の別人です」
さらりと。
「色々迷惑かけたようで。すぐ出て行きます」
シオンは丁寧に。
「助けてくれた恩人を追い出しては、ギーブルの名に傷がつきます。そう言い触らされても」
「言い触らしませんよ。気持ちだけで十分です。陛下」
笑顔で。
「その姿で出て行けば、目立つのでは」
国王が見ているのはアニクス。
師匠は服が少し斬られているだけ。
「そんなに
エレーオを見た。自分の見える限り、大きな怪我はない。痛みも。少し疲れたが。
「こう言っているんだ休ませてもらえばいいじゃないか。殺されないとわかって、無茶な戦い方していたからな」
「師匠!」
シオンに睨まれた。
「お前も、そっちも疲れている。手当てと小休憩くらいさせてもらえ」
「馬でとばして来たからな。俺は大丈夫だが」
シオンが見たのはラズ。
「ぼくも、大丈夫」
こんな目の中にいるよりは。
「それなら別に家がある。そこで休めばいい」
王子まで傍に。
「アニクスと一緒に住もうと」
「は?」
シオン達はきょとん。
「なあ~に言っているんです。なんのことです。さあ、行こう、すぐ出て行こう」
シオンの背を押す。
「アニクスは」
「はい、行こう」
大きな声で。
「俺の妻だ」
「……」
「違う、違う、違う。見ればわかるでしょう」
背には女性が抱きついたまま。
「そうです。
エレーオも。
「ここが嫌なら二人で住もうと家を構えた。中は、まだだが。二人で一緒に決めようと。アニクス」
手を伸ばしてくる。
「リゲル」
背の女性のか細い声。
臣下達も「王子! 」「リゲル様! 」と非難するように。一部とっとと出て行けとアニクスを見ている。
「行こう」
手を取ったのはシオン。
「お前、結婚していたのか」
「していない! 行くよ、はい、行くよ。いつまでもいたら迷惑でしょ。ラズもわかっている。それにシオンに何かあれば」
ハルディが、国が黙っていない。
「ここで何かあったら大問題だな。今、ちょうど揉めている。どこかに手を貸し、全力でギーブルを潰しにかかる。ミリャ達もいるし、な」
「師匠!」
戦を
「私が盾になってでも護る」
「お前に護られるほど弱くない」
「わかっている。でも、ハルディに、私と同じ思いをさせないで」
シオンの手を握っている手に力をいれる。
父親の顔を知らない。ハルディと子供は国、リンドブルムで護られている。それでも。
アニクスは
「お願い」
再び頭をはたかれ、むぅ、と顔を上げてシオンを見る。
「何度も言うが、俺はお前に護られるほど弱くない。ハルディを一人にしない」
傷ついていない頬をつねられた。
「馬鹿にするな。俺の実力はお前が知っているだろ」
知っている。三年一緒だった。その後も。
「それにお前に何かあれば」
「それは大丈夫だと思う。私はもう目を付けられている。もし、私がここの人達に倒されたことを知ったら、あれとトカゲ人間が来て、大暴れ。シオン達もいずればれるだろうけど、今のところ見つけた貴重な一人、だからね」
「胸を張って物騒なことを言うな。ったく、来て正解だな。目を離せば」
「暴走しては」
「いるだろ。この二人じゃお前を止められない。お前の師は止めない」
シオンはエレーオ、クロフトを指し、二人は「すいません」と。師匠は「どうしようと馬鹿弟子の自由」と放任?
「連れて来て正解、だったな」
見ているのはラズ。
「はい。ハルディにも頼まれたから、しっかり姉上の暴走を止めます」
「……」
「そういうわけだ。なんでも一人で片付けようとするな」
右肩をぽん、と叩かれた。
「一人で片付けようとしていないけど」
「なんだと」
右耳を引っ張られる。
「うう、ごめんなさい」
「わかればいい」
「でも」
「ん?」
「でもシオンが危なくなれば」
「お前なぁ」
シオンは怒りをにじませ。
「ハルディを悲しませたら、許さない」
握っていた手を離し、シオンの腹を軽く叩く。
「悲しませない。お前に何かあっても悲しむ」
「そうですよ」
クロフトも頷き。
「話はまとまったかな。イレク、案内を。世話を頼む」
忘れていた。
「いえ、出て行きます」
アニクスは国王を。
「休めばいい」
国王は穏やかに。
「こちらへ」
シオンと顔を見合わせる。臣下の目は出て行けと。
「アニクスを傷つけたのなら、俺がその者を斬る。盾となる。アニクスに何かあって悲しいのは俺も同じ。いや、それ以上だ」
王子はそんなことを。そっとアニクスの右手に触れて。
「斬らなくていいです。馬鹿言わないでください。国のためにそうしたのでしょう。そう信じて。傍にいる
アニクスは距離を取る。
「行こう」
「いいのか」
「いいよ」
「では、こちらに」
「だから、出て行くと」
「どうぞ、こちらへ」
強く言われ。
「これ、兵に囲まれて連行される?」
「覚悟決めるか」
「暴れる覚悟?」
「アホ。ここで休む覚悟」
「覚悟を決める時点で」
「先ほどのものは無理でしたが、ここの兵からなら、お二人をお守りします」
クロフトは胸を叩いている。
師匠を見た。師匠は頷き。次にシオンを見て、
「任せた」
「……それでは、お世話になります」
シオンは国王に頭を下げ、国王はイレクに目配せ。イレクの後について部屋を出た。
◆◆◆
手を取ってくれないアニクス。話しも、彼らとばかり。
アニクスの手助けをしようと、いや、アニクスの手を
助けを求めたのも。リゲル達には逃げろと。期待も何もない。邪魔。
鍛錬、していた。だがアニクスはもっとずっと先を行き。ただ見ているだけだった。
話しの内容もわからない。リンドブルムの王子は、アニクスの師はわかっていた様子。クロフト、エレーオも知っているのか。
二人も手出しはしなかったが、戦っているアニクスをはらはらしながら見ていた。二人もわかっている。ついていけないことに。邪魔をせずにいるのがアニクスのためになることに。
あの化け物が去れば、リンドブルムの王子と親しそうに。見ている者にしてみれば嫁いだと思われても。
「リゲル」
か細い声。背に抱きついて来る誰か。だが目は楽しそうに話しているアニクスに。背に抱きついてきた者は何か話しているが、それも耳に入らない。ここに来るまで不機嫌だった。それが一変して。
父が休めばいいと言っても断り。リゲルの申し出も。周りは早く出て行けと。アニクスに抱きついている子供でさえわかっている。悪意とまでいかないが、それに近い目で見られては。
渋々部屋に。
「デュロス、リゲル様」
城に来ていたのか、バルトスが傍に。
「大丈夫ですか」
「自分の姿を見て言え」
デュロスはぶっきらぼうに。
バルトスもあちこち傷ついて。傷ついている、気絶した者は運ばれ。
「お前達、というか、彼女達が来てくれて助かった」
「はっ、助かってこれか。これなら助けなければよかっただろう。あの女の見捨てて、さっさと去っていれば」
「デュロス!」
「本当のことだ。助けてもらっておいて追い出そうと。今も考えている。いつか言ってた奴の言う通りだな。助けてもらっておいて自分勝手にわめく。くそっ」
デュロスは床を蹴り。
手も足も出なかったことが悔しい。いや、助けられた。アニクスがいなければデュロスは、父は、リゲルは。
デュロスのように言い、八つ当たりできれば。
「兄上」
ライルもいたのか駆け寄って来る。
「無事だったのですね。よかった」
「
「そうですか」
バルトスは冷静に。
「その一旦退いたのもあの女のおかげだ」
「場所を変えよう」
父の落ち着いた声。
「無事でよかった。本当によかった」
背後からはか細い声。泣いているのか。
「フレサは兄上をとても心配していたんですよ。僕も、ですけど」
「ライル様の言う通りです。フレサ様もライル様も、リゲル様を。助かったのは確かですが、約束を破り、リンドブルムに嫁いだ者より」
「見たでしょう、あの仲の良さ。盾になるとまで」
私と同じ思いをさせないで。アニクスは父親を知らない。もしリンドブルムの王子に何かあれば。
「連合をまとめる王が暗殺されたことは」
「は?」
好き勝手話していた臣下は寝耳に水、と。
「本当か」
父とバルトスは真剣な表情。近くにいるのに、こちらに情報は入っていない。いや、あの王子、国王が。
「さらなる戦になるかもしれないのに、そんなことを言えるとは。ずいぶん、
怒りに声が低くなる。
「場所を変えよう」
父は再びそう言い、歩き出す。リゲルもついて。
「連合の王が暗殺されたとは、どこから」
歩いているとバルトスが。
デュロスもついてきている。フレサ、ライルはついてこず。
「ナサロクの王からリンドブルムに。それをアニクスに伝えに来ていました。リンドブルムの戦は落ち着いてきていると。そして、こちらに」
「移った、か」
父は息を吐き。
「連合に隣接、近くの領主には手紙を送りました。勝手をされても困るので」
「うちから攻め入れば攻撃の理由を与えることになる、か。今は次の王を話し合っているだろう。
「レルアバドから攻めるのでは」
「グラナート・ボルシェはうちが狙われていると。両方から攻められれば」
「レルアバドの二の舞、ですね」
バルトスも息を吐き。
「アニクスはグラナート・ボルシェ達といたかったようですが、無理を言って来てもらい」
助かった。リゲル達だけでは、サジュの狙い通り。
「そのサジュは」
いつの間にかいなくなっていた。
「逃げられました」
バルトスは小さく肩をすくめ、なんでもないように。
「ですが、行き先はレルアバド、でしょう。あそこの姫が滞在していたでしょう。その時に仲良くなり」
国を売った。
「王になりたいのはグング家だけではないと」
「我々を疑っています?」
バルトスの口調は軽い。
「ラディやデュロスが俺を始末している」
「するか」
デュロスは吐き捨てるように。
「ザイガンにその気はないですよ。息子の行動に驚き、茫然自失。あとで陛下に謝りにくるでしょう。自決してもおかしくない。見張りはつけています。ノイシャにもその気は。おそらく惑わしたかったのでしょう」
その気がないなら、なぜアニクスとのことを反対するのか。
父の執務室に。
「アニクスはリンドブルムに嫁いでいません。手伝っていただけ」
「そう思い込みたいだけ」
デュロスを睨む。
「冗談だ。だがあの二人には何かある。おれ達では入り込めない、何かが」
父は椅子に座り、背もたれにもたれ、深々と息を吐いた。
「バルトス」
「はい?」
父は天井を見上げている。
「私は、俺は間違えただろうか」
「それは、なんとも」
「父上?」
父は天井を見続けている。
「あの子の、アニクスの母は俺の初恋の人」
「……」
「会ったのは、何歳だったか。あの時レルアバドは大国。こちらは小国。国境付近に国王一家が来ると聞いて、バルトスとこっそり見に行った」
「懐かしいですね。国境付近の領主の屋敷でレルアバド国王の歓迎パーティーを開いており、こっそり潜入」
「そこで会った。彼女が年上。笑顔の可愛らしい女の子だった。国王、父親は厳しい人で傍にいたくないからパーティーを抜け出して来た、と言って」
「そのまま屋敷の片隅で話していましたね。私は気が気ではありませんでした。相手は大国の姫。誰かに見つかれば」
バルトスは苦笑。
「その後も、国境付近に来ると聞けばのぞきに。アニクスを三家の元に帰し、休暇に別荘に呼んだだろう。彼女にそっくりだった。出会った時の彼女がそこにいるのかと。彼女のように笑ってはいなかったが」
父は姿勢を変えず、目は閉じている。
「彼女が城を出たと聞いた時は国境付近によく行った。こちらに来てくれれば、と思って。だが見つけることはできず。あちらも
父は恥ずかしげもなく、小さく笑い。
母を大事に想っているのは見ていればわかる。
「月日は流れ、レルアバドに戦を仕掛けた」
「理由はわかっています」
そうしなければ飢えていた。城の食事も質素なもの。それでも父はリゲル、ライル、母にはよいものを。
「彼女の娘があちらの城に戻っていると、そこで初めて知った。戻ったのは娘だけだと。会ってみたくなり、アニクスをこちらに。ただ会いたいのでは、何か理由がいると思って、お前の妃に、と話したが。今、考えれば、隠して私の娘として育てていれば」
「いずればれますよ」
「初めて会った時は
城の兵ですら
「初恋は実らなかったからなぁ。お前に押し付けた」
「押し付けられていません。俺はアニクスが好きです」
むっと。父から言われたからだと、責任からだと。
「彼女も遠くを見ていた。あの子も」
リゲルではない、別のものを見ている。
「来たばかりの頃はすべてを諦めたようだったが」
来たばかりの頃。覚えているのは水色の瞳。静かな湖の色。空の色を映しただけ。他は何も
「手元において、一緒に成長する姿を見たかった」
いたのは二年。あとは。
「誰に似たのか」
「父上でしょう」
諦めきれずにいる。もし、リゲルが諦めたら。……。首を左右に振る。
「フレサが心配していたのも本当だ。意地を張っていないで」
「父上は誰の味方です。アニクスは」
「わかっている。リンドブルムには嫁いでいない。あの王子と仲は良いようだが」
いつの間にかリゲルを見て。
「好きにすればいい。お前の人生だ。周りの言うようにフレサと結婚だけして、ライルの子を王にするのも。アニクスを待ち続けるのも」
「それまで国があれば、の話でしょう。なければ」
すべて意味はない。
「そうだな。これからの話しをしなければ」
父は表情を
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